独りじゃない③
その晩。オリベイラの隣の宿にて。ベッドに寝転がりながら物思いに耽る。数字がグルグル回っていた。思いつくままに色々とこなしていたら、夕方近くになってしまった。計算が半分と、目が回っているのがもう半分。翌日からの仕事に影響が無いようにと早めに床に就いたのだが、横になって目を閉じると黒い渦が現れるは、体が浮遊する錯覚に襲われるわで、なかなか寝付けなかった。正直、普段の仕事よりも疲れた。
日中、昼食をとるのも忘れて発注票を調査。薬草に毒消し草、月見草に帰還の翼というラインナップは変わらず。道具屋のいわゆる定番アイテムという奴だ。加えてターバン、拳法着、そして『パワーリスト』なるアイテムが記されていた。明朝、運び屋に質問状を出しておくかと筆記用具を探していると、書くものと一緒に『取扱いアイテム一覧』と銘打たれた用紙が目に入った。妙に親切だな。どういう風の吹き回しか。とにかく、一手間省けそうだ。
『パワーリスト』は武道家専用の防具だそうで、価格は500ルナ。装備すると防御力が5ポイント、クリティカル率が3パーセント補正されるらしい。果たして武道家にとって魅力的な効果なのかどうかは分かりません。次。鋼シリーズとして3種類の防具を取り扱う。『鋼の鎧』、『鋼の盾』、『鋼の兜』。名前を聞いているだけで肩が凝りそうだ。そして、その強度と重量感もお墨付き。従って魔道士系のジョブは装備できないし、武道家も無理。身に付けられるのは勇者と戦士。しかし勇者の場合は素早さが2ポイントずつ減少するという注意書きが記されていた。それが戦闘の際にどのくらい重要なことなのかは知らないが、注文を受けたら伝えればいいだろう。防御力は鎧、盾、兜の順に30、20、15ポイント上昇する。何なら張り紙でも貼っておくか、冒険者にとっては有益な情報のはずだからな。残念ながら俺の興味はそこにない。
売価と原価。1個売ったら幾らの利益が出るのか。薬草10ルナの売価に対して鋼の鎧は2000ルナ。200倍だぞ。薬草を200個売ってようやく鎧ひとつ分。期待していいだろう。いきなり五千ルナの報酬を達成して、とは言わない。まずはオリベイラ。1泊500ルナ・・・
ギュッと、右手人差し指で数字を追い、左拳を握った。原価は1400ルナ。鋼の鎧ひとつで600ルナの利益だ。盾と兜も1個当たり500ルナ儲かる。金額は申し分ない。道具屋とはコツコツやっていく商売だというのはクゴートの里、オメガの丘でよく分かったつもりだ。そして、そのコツコツでは遠すぎること、遅すぎることも。足りないのだ。間に合わないのだ。そこに救いの手が差し出された。無論、一日何個売れるかは分からない。1週間に1ヶ、2ヶでは話にならない。是非とも安定した販売に繋がって欲しい。そうでなければ糠喜びに終わる。どうだろう、ライバルの道具屋でも鋼シリーズは売っているのだろうか。防具屋の品揃えはどんなものだろう。専門店だろう。道具屋の防具なんて見向きもされない可能性だって否定できない。むしろその可能性の方が・・・イカン、イカン、全部後ろ向きの憶測だ。自分の目で確かめに行こう。
「頭はお天道様に近い場所。足は地球と繋がっている場所。どっちかじゃないの。どっちも鍛えなさい。」
政樹の母ちゃんが言っていた。
ひとまずは、自分の店の転送陣に慣れておくことにした。ちなみに、完全崩壊を果たした俺の転送陣の価値観。導かれし者が選ばれし日に、神聖な場所で厳かに送られるという勝手な思い込みは消え去った。言わせてもらえば勝手という表現には語弊があって、そういう教育を受けてきた。少なくとも俺の故郷では。現実は、目の前に俺専用の転送装置があって、その使用目的が品物の移動なのだから、ねぇ・・・
一応、鋼の防具も持って試してみた。注文を受けて、2階に商品を取りに行って、転送陣を使って1階に戻ってくるというシミュレーション。知らなかった、鎧ってこんなに重いのか。こんなものを身に付けてどうやって動くのだ。装備できるジョブが限られるというのも納得だ。それはさて置き、盾や兜はまだどうにかなる。鎧と比べれば小さいし、持つ所、握れる所がある。だけども鎧は洒落にならない。台車を買ってこないと、いつか落とすかぶつけるかするだろうな。
一通り転送陣と戯れてから外に出た。まずは俺の店に程近い『預かり所』なる店を覗いてみた。
「らっしゃい。ん?お前さん、一般客かい?魔王討伐隊じゃないだろう。そしたらここには用無しのはずだ。さ、帰った、帰った。」
このままでは一言も喋らないまま追い出されてしまう。ちょっと待ってくれ。
「お忙しい所、すみません。すぐそこの道具屋です。明日より営業致します。宜しくお願いします。」
早口で、言い訳でもするかの様に挨拶を済ませると、若干、店主の反応が変わった。
「ほう・・・道具屋か。ま、せいぜい頑張りな。こちとら討伐隊が持ちきれなくなったアイテムを預かるだけの商売さ。お前さんの店の邪魔はしない。」
「討伐隊というのは、勇者一行のことですか?」
「ああ。呼び方なんぞどうだっていいんだがな。お前さんも散々道具を売ってきたのだろう。俺の店の客もあいつらだけ。だからって下手に出る必要なんかないんだぜ。高慢ちきな勇者がいたら運び屋にチクってやれ。この町にいる奴等のレベルなら10秒で片付くだろう。」
「えっ、運び・・・柳さんのことですか?」
「ふむ、喋りすぎたな。さ、帰りな。」
武器屋の様子も伺い、いよいよ西側にある道具屋―俺の直接的な競合店の偵察に向かっている。初めて武器屋の武器を、やや遠目ではあるが拝見した。溜め息が出る程かっこよかった。やはり花形小売店は武器屋だよな。剣、斧、ロッドやナイフ。輝いて、強そうで、ネーミングもスタイリッシュ。「薬草、毒消し草、月見草」よりも、「バスターソード、シルバーアックス、クリスタルナイフ」の方が響きが素敵だもの。
そんで、運び屋は有名人なのだろうか。強いらしいぞ。ちょっと信じられないが、この辺の勇者達なら一捻りだそうだ。まさかの魔王討伐隊か?そう、薄々は感付いていたが、そうだよな。勇者様の目的は大魔王を倒すことだよな。その為に命をかけて戦っている。改めて指摘されると大変な職業だよな、勇者様も・・・
無事だろうか、政樹は。あの日、協会で別れて以来、会っていない。見掛けてもいないし、似たような人物にも遭遇せず。道具屋を営んでいればその内にと思っていたが、冒険者にも多様なルートがあるらしく、再開は果たせていない。しかしながら、ここダイヤ・セガタの城下町。どうやら各ルートに散った全てのパーティーが訪れるとのこと。無事に勇者をこなしているだろうか。




