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塵も積もれば⑤

 ものの十数秒で到着。 ここは、どこだ・・・いや、知らない土地であることは分かっているのだが、そういうことではなくて。オメガの丘―つまり、里ではなくて、村でもなくて、町じゃなくて城でもない。人の住む処ではないのか。いくら何でもそれはダメだろう。道具屋を営む上で客が来ることは最低条件だ。人がいて初めて道具屋が必要とされるのだ。荷車から降りた俺を迎えてくれたのはテンガロンハットに和服、ジーパンに下駄を履いた運び屋、柳。そして2棟の建物。周囲を見渡せば三峡(さんきょう)というのだろうか? 眼前の建造物以外に人の手が入った様子はなく、こういった土地に踏み入ったことのない俺には表現する手立てがなかった。ただ、景色は美しいな、と。大自然に囲まれて、というのも悪くない。でも、繰り返しになるが、人の住める環境ではないと俺は思うのだが。

「え~、向かって右側が宿屋で、左側が如月さんのお店になります。それと外は危険ですので出歩かないようにお願いしますね。外の空気を吸いたい時もこの辺りまでにしておいて下さいね、それでは~。」

バビューン!

やれやれ、運び屋さんはお忙しいようで。明日の納品予定を教えてもらおうと思ったが、ま、いいだろう。

 まずは宿の予約を入れてしまおう。一泊幾らか知っておきたいし、荷物も邪魔だ。量は多くないが早く身軽になりたかった。独り残された俺はもう一度辺りを見回した。運び屋が危険だと言ってはいたが、静かなものだ。静か過ぎて恐怖を感じるくらい。あれか、足場が危ないということだろうか。それとも落石。現状あまり危険は感知できないが、どういう考えでこんな所に店を構えんたんだか。未開の地だぞ、これじゃ。立地条件とかは考慮しないのかね。店、客、運び屋。一体誰が得して喜ぶというのか。そんなこと俺が考えても仕様がないけれども。

 トコトコと宿に向かって歩きだした。足取りはどことなく重い。新天地を前に興奮や心機一転といった前向きな精神状態というより、緊張と不安。何かをやってやろうというよりも何が起こるのだろう。ああ、そうだ、運び屋に聞いてみれば良かったな。『オメガの丘』って大層な名前の土地だけれども、魔王の城か何かが近くにあるのかと。


 「お帰りなさい、如月さん。」

驚きと安堵と歓喜が押し寄せた結果、照れ隠しをする俺の口から出た言葉は

「女将さん、どうしてここに?」

もうほんと、これじゃ、失礼極まりない。迎えてくれたのはクゴートの里でお世話になった宿屋の女主人だった。。あちらに驚いた様子がなかった所を見ると、知っていたのかもしれない。髪の毛がサラサラで、細くて、声が低めで言葉遣いが丁寧で、加えて知的で料理上手。120パーセント理想のタイプ。んでもって、目を疑うほどに力持ちで、あと、食事が過剰に特盛り。これらも含めて、宿に戻るのが楽しみになった。あまり大きな声では言えないが、この宿、お客さんは少ない。つまり、女将さんと一緒に食事を摂る機会が多い。

「他にお客さんがいないので、ご一緒しても宜しいでしょうか。」

断るわけがない。何ならカウンターテーブルを挟むのではなく隣同士でも構わない。ただ残念というか後悔していることがひとつ。名前を聞くタイミングを逸してしまった。ず~っと女将さんと呼んでいる。ちなみに女将さん、控えめに言っても俺の2倍は食べる。俺から指摘することはないし、女将さんも気にした様子は見せないし、話題にも上らないが、見間違いや勘違いではない。

 「驚かせちゃいましたね。ここも私のお店のひとつなんです。事前にお話しておけば良かったんですけれど、如月さん、急な出発だったので―」

こういうのを接客というのだろうな。客の遇(あしら)いが上手い。はにかんだ笑顔でこんな風に喋られては気分上々に決まっている。俺も接客業に携わる端くれとして見習わなくてはならない。

「さっ、2階へどうぞ。時計とタンスはお部屋に運んでおきましたから。」

コイツは真似できないが。

 「女将さん、どうやってクゴートからここまで来るんですか?」

部屋へと案内される途中、思わず尋ねてしまった。自ずから湧き上がる疑問だ。

「・・・・・・運送屋さんに運んで頂くんですよ。」

「そうでしたか・・・」

違和感を覚える一瞬の間を聞き逃さなかった。聞き逃せなかった。感づいてしまった。この手の質問は予測できたと思うのだが、単純にこの人は嘘をつくのが下手っぴなんだな。そこも含めて素敵なのだが。自信がなかったり不安が滲むと、ちょっと俯き加減になる。緊張が走ると微かに耳の先が赤く染まる。細い目がコンマ数ミリ見開く。だから女将さんの直情はそれとなく推測できるのだ。


 案内された部屋のベッドに腰を掛けて、食事中の会話を思い出していた。

「へぇ~。じゃあここは次の町に向かう途中、ダンジョンの中間地点ということになるんですね。」

「はい。宿を出て東に向かえばクゴートの里に戻れますし、西へ進むと『ダイヤ・セガタ』の城下町になります。」

どうやらここはラストダンジョンに程近い丘ではなく、冒険者にとって初めてとなる洞窟の中間地点、そえがオメガの丘だそうだ。

「勇者御一行もここの宿に泊まるのですか?」

「いいえ、ここの宿は一般の方のみ宿泊できる決まりになっています。冒険者の方達が利用できるのは如月さんの道具屋さんだけ。勇者様への最初の試練、ということらしいですよ。」

「そうなんですか。何か変な決まりですね。」

「そうですね。昔からのルールというか、伝統みたいなものらしいですよ。」

ここでの情報収集は難しそうだ。薬草くらいは買っていくだろうが、世間話程度かな。さて、明日に備えて今の内に在庫でも確認しておこうか。重いお腹をさすりながらベッドから腰を離した。


 部屋から看板を持って店に向かった、洗い物をする女将さんに声をかけて。店舗の広さはクゴートと同程度。品揃えは・・・例の3アイテムと、『月見草』20ルナ。なんか美味しそうな名前だな。それと・・・そうか、これらも道具の括りになるのか。ちょっといいよな、使い捨てではないモノを売れるというのは。親切に数個の在庫と名札まで置いてあった。『棍棒』30ルナ、『皮の盾』20ルナ、『拳法着』300ルナ、『ターバン』50ルナ。棍棒は思ったよりも重く、反対に皮の盾は軽かった。ターバンは名札がなければ包帯として売っていただろう。拳法着は俺の地元で人気のあった漫画とデザインが似ていた。例によって効果は分からないので、今の内に記入を済ませてしまう。負の要素はない。これまでの取扱い商品にプラスしてちょっとした武器と防具を売って良いようだ。専門店と比べれば量、質ともに見劣りするが気にはしない。損をするわけではないのだから。何より、このオメガの丘にはその武器や防具の専門店がないわけだし。今まで通り道具を売って、需要があれば武器や防具を売る。そうすればもうちょっと稼げるようになりそうだ。聞く所によれば、ここはダンジョンの中間地点。モンスターと戦ってさぞかしルナも溜まっていることだろう。手持ちの薬草も残り僅かではありますまいか。値段を釣り上げてやりたくなるよな。


 布団に入ってからもしばらくの間、考え事をしていた。明日からの仕事が嫌だとかそんなことではない。この1ヶ月、特に最初の1週間はそれなりに苦労もあったが、総じて無難に、道具屋としての生活を過ごしてきた。はっきり言って、仕事としては楽チンだ。来る客にアイテムを渡し、金を受け取るだけ。在庫が無くならないように発注する。それだけだから。ただ何かこう、本気になれないというか、心酔できないというか、夢中になれないというか。別に困難だとか煩雑さを求めているわけではない。そんなもの御免だ。

「お仕事は順調ですか?」

女将さんの問いにも「はい」と間髪入れずに答えた。嘘、偽りはない。不満もない。同時に目標も。モチベーションの上がらない理由、それは。売って稼いでそれでどうするのか。どうなるのか。それが全く見えないのだ。俺の売った薬草ひとつひとつが勇者を支え、魔王討伐の足掛かりとなる。そんな戯言は全く響かない。あ、そう、で終わってしまう。そこには俺にとっての具体的なアメが見えないから。

 ここら辺で眠りに落ちた。きっと環境の変化に疲れているのだろう。あまり考えすぎないことにした。

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