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第35話:グーロイネ・カイボーネ医師の過去

 ズィーブントは俺を抱えたままグーロイネ先生の病院に駆け込んだ。

「おい! 頼む!」

 ズィーブントの声を聞いてか、奥から先生が姿を現す。

「……あんたらどこ行ってたんだい」

「すみません……」

「それについては後だ。こいつを治してやってくれ」

 先生は黙って俺達を奥の診察室へ案内した。

 やはり骨が折れているのだろう。さっきからまるで痛みが引かない。ずっと同じ痛みが続いている。

 診察室に入ると、そこにはマティ姉も居た。

「オーア! どこ行ってたの!!」

「いや……ごめん」

「喧嘩は後にしな。どれ……見せてみな」

 先生は椅子に座らされた俺の右手を優しく触り、診察し始める。

 やはり触られるだけで痛い。今まで骨が折れた事なんて記憶してる限りでは無かったためか、この痛みを抑える方法が見つからず、いつも以上に痛む気がする。

「……こりゃあ折れてるね」

「……そうですよね」

 先生は近くにあった棚から包帯を取り出すと、その包帯を俺の右腕に巻きつけた。

「悪いがね、今は治療道具が足りてない。これで一先ずは我慢しな」

「ええ。大丈夫です」

 治療を終え、俺が立ち上がろうとすると、マティ姉が俺に詰め寄ってきた。

「……待ちなって。何で勝手に行ったのさ?」

「…………」

「答えてよ」

「……マティ姉なら分かるでしょ? ここに居た人達の姿を見たら察せた筈だよ。今回の暴動は明らかにおかしいんだ……」

 俺はそれ以上は口をつぐんだ。

 俺は……マティ姉を巻き込みたくなかった。もちろん、父さん達も。頼らなくちゃいけないって思ってても、どうしても……あんな危険そうな場所に行かせる訳にはいかなかった。

「分かったからって何? あたしはね、あんたのお姉ちゃんなの。もしあんたが困ってるなら助けるのが当たり前なの」

「……マティ姉さ、そういうの……もうやめなよ」

 その言葉を聞き、マティ姉の顔がピクリと動く。

「……どういう意味さ」

「お姉ちゃんだからとかさ……そういうのやめようよ……。その気持ちは俺だって嬉しいけど、もう……息苦しいんだ。もう誰にも傷付いて欲しくない……」

 後ろで扉が閉まる音が聞こえる。恐らく、ズィーブントが気を利かせて出て行ったのだろう。

「俺は……皆に幸せでいて欲しい。お願いだから……もう、自分が傷付く様な真似はやめてよ……」

「あんたこそやめなよ」

 その言葉に対して、俺は何も言い返せなかった。実際、彼女の言う通りだったからだ。

 俺は今まで、皆を助けたくて、自分の事を知りたくて能力を使ってきた。他の人から見たら、俺は自分を犠牲にしようとしている様に見えるのかもしれない。

 俺は何とか反論をするため声を出す。

「俺は……やめないよ。俺の事を救ってくれたのは皆なんだ。父さん、母さん、マティ姉、ピール、ヘルメスお姉ちゃん、グーロイネ先生、メルヨーナさん、マルデダ……色んな人が俺の事を支えてくれたから、俺はこうして生きてるんだ。記憶が無かった俺には、皆だけが救いだったんだ」

 俺は自分でも感情が少し不安定になっている事に気付いたが、上手く制御する事が出来なかった。

「皆が居なきゃ、俺は半端なままで生きられないんだよ!!」

 俺は自分の中のものを全て吐き出す様に叫んだ。

 院内が静まるのが自分でも分かった。

「……そんなん、あたしだって同じだよ」

 マティ姉は一息吐く。

「あたしもさ……小さい頃はヘルちゃんみたいに引っ込み思案でさ……。今みたいな性格になれたのも、ピールのおかげなんだよね」

 正直、意外だった。ピールが言ってた事から考えると、小さい頃から今みたいな感じなんだと思ってた。

「妹が始めて出来て嬉しくってさ。あたしよりも小さくて、あたしよりも弱くて……あたしが守ってあげなくちゃなって思ってさ。それからだよ、今みたいになれたのは」

 ……俺はまだまだ知らない事だらけだな。

 俺は目を閉じ、呼吸を整える。

「……そっか。ごめん……ちょっと冷静じゃなかった」

「いや……あたしもちょっと自分の考えを押し付けすぎてたかもね……ごめん」

 俺はマティ姉の左手を握る。

「これで仲直りって事で……」

「うん。これで仲直り」

 マティ姉は軽く握り返す。

 俺達が落ち着いたのを見計らってか、グーロイネ先生が俺に尋ねてきた。

「それで? あんた、何があったんだい? 前にも腕が落ちそうになってた時があったが……」

「はい。実は……」

 俺はあの場所で起こった事を二人に説明し始めた。


 俺が説明を終えると、先生は怪訝そうな顔をした。

「オートマタが……本当に居たのかい?」

「ええ。皮膚は人間と同じ様な感じだったんですけど、その奥……つまり骨とでも言えばいいんでしょうか? それが明らかに人間のものじゃない様な感じでした」

 先生は腕を組み、考え事を始めた。何か知っているのだろうか。

 すると、マティ姉が尋ねてきた。

「えっとさ……あたしはそのオーレリアってのに会った事ないからよく分かんないんだけど、見た目は人間なんだよね?」

「うん。見た目は本当に人間なんだ。ただ、さっき戦った時は背中から機械で出来た羽みたいなのが生えてきたから、間違いなく人間ではないんだと思う」

「そっか。でも謎じゃない? オーアの話だと、前に会った時はそんな敵対的な感じじゃなかったんでしょ? むしろ味方っぽかったみたいだし……」

 そこが俺も気になっているところだ。何故彼はあんな事をしたんだろうか? 彼が言っていた任務というのはあそこで暴動を起こす事だったんだろうか? それにあの女性……彼女は誰なんだろうか? 何より一番気になるのはトリスメギストスがもう既にマスターとしての権限を持ってないという事だ。彼はどこでトリスメギストスの罪を知ったんだ……?

「そう……ヘルメスお姉ちゃんの味方みたいだった。今はどうなのかは知らないけど、少なくともトリスメギストスの事を敵視してるみたいだった」

「でも今まではそいつの命令で動いてたって事でしょ? って事はさ、居場所知ってるんじゃないの?」

 俺はハッとした。

 そうだ。何で今まで気付かなかったんだ。言われてみれば、彼なら知ってる筈だ。

「そうだ! オーレリアなら知ってるかも! 今なら近くにいるかも!」

 俺が立ち上がり、診察室から出ようとするとグーロイネ先生が呼び止めてきた。

「待ちな。どこに行くんだい?」

「どこって……今ならオーレリアさんがまだ近くに居るかもしれないんです!」

「無駄だよ。あんたが追える相手じゃない」

 何故この人はそこまで言える? まるで、オートマタの事を何か知ってる様な……。

「あんた、そいつに能力が利かなかったんじゃないかい?」

「それは……」

「図星、って感じだね。いいかい? オートマタってのは人とは根本的な部分が違う。体の構造も、それこそ精神構造もね」

 確かに体は違うかもしれない。だが、精神的な部分はどうだろうか? 本当に違うのか?

「……オートマタは命令に逆らえない。何も感じずに人を殺す事も出来る」

 やはり先生は何か知っていそうだ。

 俺はこの疑惑を確信に変えるため、先生に尋ねた。

「何か知ってるんですか?」

「……ここで働いてた事があったんだよ」

 予想外の答えだった。まさかここにオートマタが居た事があるなんて……。

「もう昔の話だがね……」

「それは、どんな見た目でしたか?」

「見た目は人間と何にも変わりゃしないよ。それに……恐ろしく流暢に喋ってた」

 俺はその発言に違和感を覚えた。

 何だ? 流暢に喋ってた? オーレリアはどこか機械的というか、流暢とは言えない喋り方だった。それなのに、先生が会ったオートマタは流暢に喋れてただと……?

「ちょっと待ってください。オーレリアさんはそんなに流暢には……」

「……あいつが自分で言ってたよ。『自分は失敗作だ』ってね」

「失敗作……?」

 俺は少し体が震えてしまう。ムラードが言っていた事を思い出したからだろうか。

「ああ……あいつは、多分オートマタとしては異質だったんだろうねぇ……。あいつにははっきりとした感情があったから……」

 はっきりとした感情があったから異質、失敗作……? それってどうなんだろう? 確かにオートマタは人間ではないかもしれないけど、感情を持つのっておかしい事か……?

「その人は今どこに?」

「死んだよ……もう居ない」

「死んだ……?」

「……情けない話だよ。人間の精神についても勉強しとくべきだったと感じたね……。あたしはあいつの側に居ながら、あいつを助けてやれなかった」

 マティ姉が先生に尋ねる。

「何があったのさ……?」

「あいつはずっと苦しんでた。自分が本来やるべきだった事が出来ないせいでね……」

「やるべき事……?」

「何を指してるのかは知らないよ。だが、オートマタにとっては感情は命令を実行するのに邪魔なものなんだろうさ」

 先生は椅子から立ち上がり、背中を向ける。

「……あの日、いつも朝の挨拶に来る筈のあいつが来なかった。色々探し回ったよ。そして見つけたんだ」

 先生の背中が震える。

「あいつは街の外れにある教会の側に居た。……体がバラバラになってたよ。飛び降りたんだろうね。見た目は人間の癖に、血の一滴も流しちゃいなかった」

 そのオートマタは自分がオートマタとして不完全な事に苦しんでいたんだな……。きっと先生の仕事を手伝っている時も失敗とかがあったんだろう。あって、当たり前なのに……。

 俺もマティ姉もそれ以上は何も聞けなかった。段々声が震えていく先生なんて今まで見た事も無かったからだ。

「……悪いが、少し一人にしてくれるかい? カルテを書かなきゃいけない」

「……はい。失礼しました」

 俺とマティ姉が診察室の外に出るとズィーブントが立っていた。

「……居たのか」

「ああ。……君達は一旦家族の所に戻れ。俺とマルデダはもう少しここに居る。俺達もあの先生を手伝う必要があるだろう」

 恐らくズィーブントはさっきの話は聞こえてなかったのだろう。あの部屋はかなり防音性が高そうだし。

「そうか……何か分かったら教えてくれ。場所はあの店で」

「ああ。分かったらすぐに行くさ」

 マティ姉がズィーブントを睨む。

「母さんに迷惑掛けたら……分かってるでしょうね?」

「……ああ。もう取り立てはやめるさ。もう俺は、自分に嘘をつきたくない」

「マティ姉、行こう?」

 俺はマティ姉の左手を掴み、半ば無理矢理引っ張る様にして病院から出て行った。


 外に出た俺達は誰も居ない通りを歩き、母さんの店へと向かっていた。

 いつもは賑やかな通りが不気味な程静かで、それは非日常性を知らしめるのに十分だった。

「マティ姉……ズィーブントを信じてみようよ」

「悪いけど、あたしはあいつを完全には信じられない。今まで散々母さん達に迷惑掛けてきた様な奴だよ? 許せないし、信用出来ない。オーアが居なかったらぶん殴ってるところだよ」

「まぁ、そうだよね……そう簡単に信じろって方が無理か」

「うん。無理だね。ただ……根っこの部分は良い奴だと思ってる」

 それなら信じてやればいいのに……。

「だったら……」

「だからこそだよ。あいつは本当は良い奴の筈なのに、『恩義』なんてものに縛られて、あんたを苦しめた。それが許せないんだよ」

「マティ姉、母さんを苦しめた事を怒ってるんじゃないの?」

「もちろんそれも怒ってる。あいつらは利息を膨らませて母さんを苦しめた。でも……あれは今思えばあたしにも非があったんだ」

 マティ姉は溜息をつく。

「……母さんにあいつらを紹介したのはあたしなんだよ。あの時はあいつらがどういう奴らかも知らなかった。よく調べもせずに母さんに紹介した」

「……それじゃあ」

「そっ。あたしは自分も許せないんだよ。そりゃあいつらが一番悪いけど、碌に調べもしなかった自分も悪いんだからさ」

 そういう事だったのか……。

 俺はマティ姉の手を強く握る。

「でも、今はあいつらも味方だよ?」

「うん。だからこれはチャンスだと思ってるんだ。あたしにとっても、あいつらにとっても」

「チャンス?」

「一度犯した罪は一生消えない。でも、償う事は出来る筈。あたしはそう信じてる。だからあたしは必ずあいつらと一緒にトリスメギストスをとっ捕まえて、オーアや皆を苦しめた報いを受けさせる」

 マティ姉も力強く握り返してくる。今までの様に、力加減が苦手な彼女らしい握り方だ。だが、その感覚は懐かしく、決して嫌なものでは無かった。

「無理は駄目だよ?」

「こっちの台詞でしょ?」

 俺達はお互いの顔を見て笑い合い、無人の通りを歩いていった。

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