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第24話:殺意

 濁流に飲み込まれた俺は目を閉じていたため周りが見えていなかったが、すぐ側にマティ姉がいる事だけは分かった。

 この濁流の中でも、俺の事を離さないようにしっかりと捕まえてくれている。


 それから数秒ほど流された辺りで採掘場の入り口に到達した様で、俺達は地面の上に投げ出された。

 一応息を止めてはいたが、少し水を飲み込んでしまったため苦しさの余り咳き込んでしまう。

「ゲホッ! ゴホッ……! ハァ……ハァ……ま、マティ姉、大丈夫?」

「ゲホッ……! う、うん。何とかね」

 俺は辺りを見回す。

 そこには父さん達の姿は無く、どうやらグーロイネ先生達が避難させてくれた様だった。

 少し離れた所にはムラードが倒れており、咳き込んでいた。

 あいつ……まだ息がある。

 俺は立ち上がり、ムラードへと近付いていく。

「ちょっとオーア!」

 マティ姉が呼び止める声が聞こえる。

 きっと俺の事を案じて止めようとしているのだろう。

 だが、今は言う事は聞けない。今回ばかりは容赦は出来ない。


 ムラードに近付いた俺は相手を仰向けにし、馬乗りになる。

「ゴホッ……! て、てめぇ……!」

 ムラードは俺の事をマスク越しに睨む。

 こいつの素顔はどんな顔なのか。先程までは少し気になっていたが、最早そんな事はどうでもよくなっていた。

 こいつがどんな顔だろうと問題ない。

 ……殺すだけだ。

 俺はすぐ近くに転がっていた石を掴み、大きく振り上げる。

 思わず口が開く。

「お前、消えろよ」

 その直後、俺はムラードの顔に石を振り下ろす。

 グシャッ!

 初めての、感触だった。

 骨が砕け、筋肉が潰れるような感触。

 今まで俺が受けてきた痛みに似てはいたが、俺自身が自分の手で誰かにこういう事をしたのは初めてだった。

 ムラードの顔を見ると、マスクが大きくひしゃげ、レンズの所には血が付着していた。

 俺は石を横に薙ぐ様にしてマスクを殴る。

 するとマスクは鈍い音を立て、横へと転がっていった。

 マスクの下の顔は鼻が潰れ、血に濡れていた。

 こいつの顔には特にこれといった特徴が見られない。強いて言えば、睫毛が少し長い位か。

 いや、そんな事はどうでもいいか。どうせ覚えても意味無いんだし。

 俺は再び石を振り下ろす。

 また、あの鈍い感触が俺の腕に伝わる。

 ムラードは顔中血塗れになり、息が上がっていた。それに何かを訴えるような目で俺を見てきた。

 まさか命乞いでもしようと言うのだろうか。

 俺は石を振り下ろす。

「消えろよ」

 石を振り下ろす。

「消えろ」

 振り下ろす。

「消えろッ!!」

 そこで俺の腕はピタリと止まった。

 見るとマティ姉が俺の腕を掴んでいた。

 何とか動かそうとするものの、全く動かない。

 俺の力では抵抗する事すらままならなかった。

「オーア……そこまでだよ」

「……離してよ。こいつ殺せない」

「オーア……駄目だって」

 俺は腕を掴まれたままムラードから引き離される。

 その力はとても強かった。いや……俺が弱いだけか。

「駄目だよ……それだけはやっちゃ駄目。最後の一線だけは、越えちゃ……」

 俺はムラードを見る。

 後少しでこいつを殺せる。もう虫の息だ。

 俺だけを狙うならまだ許せた。

 だがこいつは、父さん達を狙った。

 俺を誘き出すためだけに、父さん達を利用した。そして……傷付けた。

 ムラードは俺を見てニヤリと笑う。

 その瞬間、俺の頭に血が一気に上るのを感じた。

 しかし、マティ姉の掴む力は強く、離れる事は出来なかった。

「あんたは優しい子なんだから。人殺すなんて、やっちゃ駄目でしょ……?」

「あいつは人じゃない。だから殺すんだ」

「そんな事したら、親父達悲しむよ? それに……きっとあんたも耐えられなくなる」

 確かに父さん達は悲しむかもしれない。

 でも、俺が耐えられなくなる? そんな訳ない。

 俺が自分で殺したいと思って殺すんだ。後悔なんてする訳がない。

「あいつを殺したら、あんたもあいつらと同じになるよ? 自分の目的のために人殺す様な奴らに」

 だから何だと言うんだろうか? 俺は家族を守るために殺すんだ。大切な家族のために。

 家族を守るためなら、俺は悪魔にでも外道にでもなってやる。

 いくら赤の他人が苦しもうと、命を落とそうと、俺には家族が居てくれればいい。それだけで……幸せなんだ。

「あいつがいるとまた皆が狙われる。そんな奴はいちゃいけないんだ」

「オーア。ちょっと落ち着きなよ。あいつはもう攻撃を仕掛けてきてない」

 確かにマティ姉の顔に開いた穴は増えずに止まっている。

 だが、そこは問題ではない。

「関係ないよ。あいつは父さん達を狙った。それだけで殺すに値する」

 俺がそう言うと、マティ姉は石を持っている手に軽く手刀を入れた。

 俺は思わず石から手を離してしまう。

「もしあんたが、どうしても一線越えなきゃならない時が来たら、その時はあたしも一緒に超えてあげる。だから今は……ね?」

 最早、抵抗する気も起きなかった。

 この人と俺とでは、器のデカさが違いすぎる。

 俺はとてもこの人みたいな事を言える自信がない。

 マティ姉は俺の腕を離し、ムラードに近付く。

「さて、まだ意識はあるんでしょ?」

「ぐ……へ、へへへ……私を、殺すか……?」

「そんな事しないよ。あたしも人殺しの汚名は着たくないんでね。ただ……それなりの償いはしてもらう」

 そう言うと、濁流に流されてきていたと思われるつるはしを拾った。

「あんたはあたしの大切な家族を傷付けた。それは分かってるよね?」

「フッ……血の繋がりなどないというのに……何故そこまで入れ込むか……」

「教えてあげるよ。あの子はね、あたしの家族だからだよ」

 何だよそれ……理由になってないじゃないか……。

「家族に血の繋がりなんて無くてもいいんだよ。一番大事なのは、心の繋がりだ」

「馬鹿が……」

「ああ、あたしは馬鹿だよ。妹に勉強を教えてやることも出来ない。でもね、あたしにはあの子達がどれだけ優しい子かってのが分かるんだ。誰よりも分かってるつもりだよ」

 俺が、優しい? ピールはともかくとして……俺が……?

「この子は自分のせいで家族が傷つく事を何よりも恐れてる。それは、優しい証拠。人の事を思える優しさの証拠なんだ」

「一時の感情に、身を任せ……私の事を殺そうとしたのにか?」

「それもこの子なりの優しさだった。家族を思うが故の優しさ。だから、オーアに敬意を表して、あたしがお前にケジメをつけさせる」

 そう言った瞬間、マティ姉はムラードの腕につるはしを振り下ろした。

 先端部分がムラードの皮膚を貫き、肉に到達するのが遠目から見ても分かった。

「ぐっ!?」

「もう二度と、お前があの子を傷付けないために、こうしてやる」

 マティ姉は腕に力を込め、つるはしをどんどんムラードの腕に押し込んでいった。

 しかし、ムラードは決して叫びを上げたりはしなかった。

「ククククク……そうかぁ……今分かったぞ……」

「……何?」

「オーア、だったか? 今、私の感覚を無意識に感じただろう……?」

 何? 今、俺が無意識に能力を使った……?

「そうかそうか……フフフ……失敗かと思っていたが、どうやら成功だったみたいだなァ……」

「ちょっと、どういう事? 答えな」

「そのままの意味さ。私は失敗していなかった。ボスの命令をキチンと遂行出来たって話さぁ~……」

 そう言えば、こいつ最初もそんな事を言ってた。

「おい! お前達の目的って何なんだ!」

「直に分かるさ……私が答える必要も無い。もう私は用済みだ」

 そう言うとムラードの体は突然発火した。

 マティ姉は急いで飛び退いたため怪我は無かったが、ムラードからこれ以上情報を聞き出す事は出来そうになかった。






 結局あの後、ムラードは完全に燃えつき、灰の山になってしまった。

 恐らく、情報が漏れない様にするためなのだろう。

 だが、安心は出来ない。まだあいつらの仲間は残っているのだろう。

 そいつらを倒さない限り、皆は安心して過ごせない。

 まだまだ心配事はあったが、俺は早く父さんに会いたかった。

 きっと先生達とヘルメスお姉ちゃんが何とかしてくれているだろう。

 そう信じ、俺達はグーロイネ先生の病院へと向かっていった。

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