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君の目は流れる雲を映し出す  作者: 高野悠
一章
1/2



 魔力は水であり光である


 火、水、木、風、土、全てを覆うもの


 人の魔力は熟し、全ては混じる


 一人が緩やかな終わりから逃げるとき


 泉は緩やかな終わりへ向かう


             (作者不明)


挿絵(By みてみん)






 森の中にある、S字に曲がった道から女性が歩いてくるのを見た。

――勝手に入ってしまったのか

 ワカトは佇まいを直し、軽くせきをした。

 見知らぬ人と話す前は、きちんと声が出るか不安になる。

「立ち入り禁止なんですが……」

 ワカトの静止を全く気にせず近付く二十代後半の女性に、彼は戸惑った。

「あの、」

「何があるの?」

 彼の言葉を軽やかに無視した女性は笑顔で問いかける。

「え、えっと、魔力の泉です」

 彼は一歩下がって答える。

 女性がラケシス大陸から来た旅人だとすぐわかった。服装と、ここに何かあるのか知らないだけで、それは明白だった。

「魔力の泉? ・・・・・・ああ、世界に流れる魔力の源、だっけ。へえ、いくつかあるうちの一つがここか」

「ええ。はい」


 アトロポス大陸にしか存在しない『魔力の泉』。この大陸にある国は全て、魔力の泉を中心に持っている。魔力の泉はだいたい「泉」と呼ばれる。

 ここは、ハクヨウ第一国家。大陸の一番中央にある。第一という数字は、大陸の中心にある国から順に振られているもので、権力などは関係ない。

 癖っ毛の彼はワカト・クルーシス。今、内門の前に立ち、ここにはいないもう一人と見張りをしている。


「ねえ、あたしさっさと出てなきゃ駄目? 面白そうだしちょっと話したいんだけど」

 できることなら帰って欲しいのだが、

「・・・・・・まあ少しなら」

 断れないのは規則のせいだ。規則の最後にこうある。侵入者が危険人物とわかるまでは穏便に対処せよ、と。実際、旅人のように意図せず侵入者になってしまったものがほとんどで、悪意を持つ者はほとんどいない。

「ありがとう。なあ、なんで入ったら駄目なんだ? いい観光資源じゃないか。それなのに二重に壁があって、その間には森まであるし、ここには見張りもいる」

「あ、外門にも見張りが……」

 外門の見張りは外壁の一部の見張りも担当しているため、どうしても隙ができる。その時に入ったのだろう。

「そうなのかい? 気付かなかったよ。で、なんで?」

「ええと、ですね・・・・・・」

 ちらりと門の中を確認しても、もう一人の姿はない。これでは、彼より遥かに社交的なもう一人に質問を任せることはできない。

「魔力の泉は、あまり、研究が進んでないんです」

 旅人はわかったというふうに頷く。

「なんで?」

「えーと、泉に近付くと、その濃い魔力ゆえ、魔力が吸われてしまうんです。あー・・・・・・、人間の中にある魔力が外の魔力に引っ張られて吸い取られるというか。魔力は同じ濃度でいようとしますから。魔力が空中に多いほど、その力は強くなります」

「よくわかんないけど大丈夫なのかい? 私みたいなよその大陸の人間は魔力ないのがほとんどだけど、あんたはここの人だろう?」

「ああ、違う、いや、違わない。確かに俺は魔力持ってますが、年齢がありまして。大体、三十から四十過ぎてからが駄目なんです」

「ややこしいもんだねえ」

「歳を取るにつれて、自分の魔力の色というか、癖? 性質がなくなっていくようでして……だから、同化して、吸い取られやすい。性質によってどうしようもなく現れる苦手な魔法はなくなりますが」

「駄目だ、半分くらい理解してない。けど大丈夫」

 旅人は目を閉じて、首を振った。その時に何か聞こえたのだろう。

「・・・・・・門の中から誰か来るよ」

 ワカトの耳には何も聞こえなかったが、正体ならすぐにわかった。

「アルタだ。もう一人の見張りです」

 内向的なワカトより、アルタの方が今は頼りになる。女好きでなのが難点だが、いつものことでもう気にしない。


「帰ってきたぜー・・・・・・んん? お客さんか」

 ワカトの予想どおりだ。

「ああ、今ちょっと説明している」

「なるほどなるほと」

 ワカトはアルタの後ろに回る。

「俺、駄目だ会話。パス」

 アルタはその言葉を聞き、笑って旅人に話しかける。

「何話してました? あと何か聞きたいことありますか?」

 彼女は意図せず侵入者になったとはいえ、侵入者と見張りの会話に思えないにこやかさだ。

「魔力が吸われちまうとか。大変だね」

「それね、本当にそうで。知識経験豊富な方々が入れないから研究が進まない」

「そう、そういう話。でもさ、それ以外の人は何の問題もないのに入れない。なんでさ」

 会話から外れることができたワカトは、これ幸いと壁にもたれ、雲が動くのを見ていた。

「ああ、それね。魔石って知ってますよね? 魔力が固まって石になった、あれ。見たことあるでしょう?」


 魔石とは名のとおり魔力が結晶化したもので、高濃度の魔力さえ常にあれば、どこにでもできる。

「知ってる知ってる。故郷ではあんなに高かったのに、こっちではびっくりするほど安いんだ。――ああ、わかった」

 魔力の同じ濃度でいようとする力は、濃度が薄まれば薄まるほど弱くなっていく。泉から――つまり、この大陸から離れれば離れるほど魔力は薄まる。ラケシス大陸ともう一つのクロート大陸にはほとんど魔力が行き渡らない。だから魔石ができるのはほとんどこの大陸のみ。当然、他の大陸における魔石の値段は跳ね上がる。

「わかっちゃいましたか?」


 魔石の力はおまじない程度のものから、魔力を持つ者が自身の魔力の予備として使うもの(主に、他大陸を旅する時に使用する)、魔力を持たない者が石を使って魔法を使うなど、多岐に渡る。

「泉の周りにそれがたくさんあるんだね? 上等なやつが。それを盗られては大変だ。高く売れるだろうしね」

「あはは、そうです」

「ここの魔石は特別だろうし、盗られたら大変なことになったりするのかい?」

「重大な何かが大変なことに!とかはないんですけど、刑罰ならまちまちですね。罰金から国外追放。持てる最大の魔力の量を減らされたり――どうするか知らないんですけどね」

 知っているのは一部の人だけですと、アルタは少しだけ小さな声で言った。

「へえ」

 おそらくこの旅人は、魔力に関してあまり詳しくないのだろう。何とか理解したという風貌で、反応は鈍かった。


「君らはここで働いているのかい」

 ワカトは感心していた。今知ったばかりの人物に、よくこんな量の質問ができるもんだ。

「いや、手伝いみたいなもんですね。この国には魔力に関する研究施設がありまして、次年度からそこで働くものです。学生から研究者になる人が見張りしてます」

「面白いねえ、そういう話。あたしの国にそんな賢そうな建物なかったよ。勉強する場所はあったけどね」

 旅人は辺りをぐるりと見渡し、もう一度アルタを見る。

「うん、気がすんだな、ありがとう。それじゃあお暇させてもらうよ」


 帰ろうとする旅人に、ずっと黙っていたワカトが口を開く。

「名前は」

 彼女は数歩進んだところでくるりと回転し、姿勢を正した。

「そうだあたし、侵入者だしね。私はアデリ・キュグリ。ヨウレンって国の出身さ」

 ヨウレンが数年前に滅亡したことを、ワカトは思い出す。

 立ち去ろうとした旅人は続けた。

「しばらくはこの国にいるつもりだし、また会ったらその時は今のお礼でもさせてくれよ」

 束ねた髪を左右に揺らしながら、キュグリは道の湾曲した部分に差し掛かり、木の向こうに見えなくなった。


 ワカトがはあ、と息を吐く。

「やっといなくなった」

「ひどいこと言うなよ」

「なんだ? また惚れたとか、そんな感じか?」

 アルタの女好きはかなり有名で、十秒以上話した全ての女性に恋に落ちると言われている。とはいえ、常に知り合う女性がいるわけではない。面倒になった女性たちが彼に関わるのを止め始めたからなおさらだ。おかげで最近の恋は長続きすると、アルタは言っている。

「いいや。……あれ? 自分言うのもなんだけど、珍しいな」

「ふーん。普通だろ。いや、あんたの場合は変か」

 アルタ自身が驚いていたが、「まあいいや」と首を振った。

「てことで、今のとこミモザちゃん一筋だ」

 ワカトはまたため息をついた。

「今のとこ、ってなあ……」


 ミモザはワカトの幼馴染である。アルタがなぜ惚れているのかというと、アルタにとってミモザが一番最近知り合った女性だからだ。

「いつもどおり、心変わりが早すぎるから告白するつもりはないけどさ」

「この前聞いた。次、行ってくるぞ」

 興味なさそうに切り上げた。

「はいよー。よし、もうすぐで終わりだ!」

 後ろで声が聞こえる。


 ワカトは門の中に入る。魔力は光であると誰かが言ったように、壁の中の空気そのものが光を放ているように見える。彼は目を細めた。

 入ってすぐ右手、尖った魔石に大部分を覆われた神殿が見える。魔力の泉はその中にあるという。神殿の中に入った者はいないので真相はわからないが、魔力が流れ出ているのは確かだ。

 神殿から緩やかな風のような魔力を感じながら、ワカトは辺りを見回した。塀を越えようとしている怪しい者がいないかを確かめ、いつもどおり誰もいないので、ゆっくりと神殿を一周する。

 魔石があるせいで正確なことまでわからないが、神殿は一辺二十メートルほどの四角い箱のようで、四隅に三十メートル程の塔が建っている。地面と建物が交わり九十度になっている部分、円柱の塔の壁と平らな壁が交わるところを主として魔石がある。上質な魔石は透きとおり、さまざまな色を反射する。

 まだ二十のワカトが泉に魔力を吸われるのは先の話だが、それでも自分の中にある魔力が引っ張られるような感覚がする。神殿から一定の距離を置いて、ワカトは何事もなく回り終える。


 時間にして十分程度。二人は二時間の間、交代しながら中を一周するのがこの場における、見張りのルールだ。

「終わったぞ。帰るか」

「さっさと行こうぜ」

 午後二時ごろ、気温は一番高くなる。温暖な地域であるとはいえ立春の今、これくらいが一番いい気温だ。

 S字にうねった道を歩き、外門まで行けば他の見張りたちもばらばらと集まり始めていた。

 全員が集まった後、報告しあう。キュグリが侵入してきたのともう一つ、外門で人影を見たというのがあった。外門と正反対の場所でだが、門を見つける前のキュグリだろうということで、場は解散となった。





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