第一章 第八話
どうやら僕は二日ほど眠っていたらしい。外傷はないのにどうしてここまで眠っていられたのかという周りの疑問に対しては、心当たりはあったけど答えなかった。
それは自分だけが知っていればいいこと。他人に話したところで意味はない、自分の中での切り替えというだけのこと。
俺が決意した……ただそれだけの事だ。
目を覚まして泣いた僕はその泣き声で押し寄せてきたお師匠様達に質問されたそのことに対して答えないでいると、お師匠様が『変化』に目敏く気付いたようで、「弟子よ。眠ってる間に何か決めたのか?」と訊いてきたけど、それに対しても答えなかった。
で、眠っている間の二日間で、どうやら王都へ行くことが決定したらしい。僕以外の全員で。
まぁ確かに僕は戦力外通告を受けても仕方ないだろうけど。どうせ彼らの待つところへ行ったところで
「全滅するだろうね、確実に」
「……何?」
気がつけば漏れていた言葉に三日前僕に剣を突きつけてきた人は食いつく。
その反応を見て僕はあれ? って思ったけど、そんな考えはすぐさま言葉で上書きされていく。
「だから全滅するんだって。どれだけお師匠様が桁外れだろうとも、どれだけリニアさんが人間から外れていても、どれだけ近衛騎士の人たちが強かろうとも、ね」
知らず知らずのうちに言葉が漏れる。体の中からなのか、脳内に奇跡的に残っていた『分割されたらしい記憶』の一部なのか、天啓なのかわからないけれど。
なぜこうもすらすらと言葉が出てくるのだろうと思いながらも、僕は反論させることもせずに続けていく。
「だって彼らは人の体を借りて、体を動かして生活している。正味な話、僕にはいないけど君たちの家族が人質になっている状況と変わらない。その上僕達にもその影響は及び、最悪自害させられるのだから。行ったところでどうすることもできない。下手に動けずに全滅するのがオチだね」
「……貴様」
案の定同じ人が僕に鋭い視線を向ける。
それぐらい想定内だったため、僕は特に気にせずそれでいて不敵な笑みを浮かべ――
「だから部外者は引っ込めよ。お前らに意味なんてないんだからよ」
すんなりとそんな言葉を吐き、荒れ狂うその人を無視して僕はここを出た。
――Level1解放。
――『就寝時の記憶の一部を思い出す』機能が作成・実行されました。
――これにより、三十年前のジークの知識の一部が解放されます。
――オリジナルへ戻るまで、残り三千年強――
僕はそのまま村を出て王都へ向かって南下している。
『逃げたい』という願望を捨て、『行動する』と決めた時から、僕の体に変化があった。
今でも怖いものは恐い。できないものはできない。ないものはない。
それでも、何かが僕の中を埋めていき、そのおかげで体の内からやる気があふれている。
別に『やりたい』と思ったわけではなく、あの王女の言葉に悔しいと思ったから。
あの直感で言ってそうな、人の心を容赦なくえぐる言葉の数々に。
数々、とは言ったもののそれほど彼女と言葉を交わしてはいない。さらに言えば、僕と彼女の接点はあそこぐらいしかなかった。
それでも不思議なことに、僕の心の中に自然と悔しさを覚えさせた。
あれは彼女の能力かなんかだろうかと思いながら走っていると、隣から声が聞こえた。
「どういう風の吹き回しだ?」
「どうしたんですか、ソミリナさん。別についてくる必要性はないですよ?」
「勘だよ。いつぞやに言った予知夢通りになるんじゃないかと思ってな」
「だったらそれは外れですよ」
「何?」
怪訝そうな雰囲気のお師匠様に対し僕はそちらを見ずに前だけ見ながら、正直に答えた。
「だって人間が悪魔と戦うなんて、ナンセンスですからね。僕が行く理由は、ただ『悔しかったから』ですよ。どうやら僕の今までの記憶は、別な誰かが保有しているみたいなので」
「何を言ってるんだ?」
「個人的なことです。今回の件が終わったら話しますから」
「……そうか。だったら、なおさら弟子を一人にさせるわけにはいかないな。お前、自分が弱いことを知ってるだろ?」
「もちろんですよ。ただ、僕はもう狙われません」
はっきりと宣言する僕。そういうだけの自信や核心は、すべて記憶の中にある。
僕の宣言を聞いたお師匠様はフードを脱いで声高に笑った。しかし足が止まるということはない。
どうでもいいので普通に無視していると、腹を抱えて笑っていたのか目にたまった涙を指で拭きながら「一気に豹変したな。あんなにやる気なかったのに」と言ってきた。
「僕は今でもやる気なんてないですよ。あるのは悔しさをばねにして行動する決意だけです」
「十分だ。なぁリニア」
「そうですね。今まで別な意味で心配していましたので、こうなるのは嬉しいことです」
「……え?」
素に戻った僕はお師匠様の反対側――今声がした方を――へ走りながら首を向ける。
そこには、平然とした顔で走っているリニアさんがいた。しかも、なぜか王女様を抱えて。
「いきなり飛び出すので反応が遅れました」
「ああそう……ちなみにどこから追い付いていたのか聞いてもいい?」
「『悪魔が…』なんて仰っていた時ですね」
それほぼ最初からじゃないか! ちっとも遅れてないから!!
思わずそう言いそうになりながら、僕は視線を前方に戻してから質問することに。
「なぜ王女様も?」
「ついていくと仰られたので」
「……うん」
小さくうなずいたらしい。が、そんなこと僕にとってはどうでもいい事実。
勝手についてきたんだから、不便や死の危険なんてものはこちらの責任ではない。死ぬならどうぞご勝手にっていう感じである。
「皆さん置いてかないでください!」
「……」
もはや何も言わない。というより、ナオルニシアさんが来るのはある種の予定調和なのだから。
昔の俺のメンバーとはだいぶ違うなとぼんやり思い返しつつ、僕はお師匠様に訊いた。
「お師匠様って転移魔法使えますよね?」
「ああ。とはいっても今の私じゃ一度に二人が限界だな。昔だったら十人ぐらい問題なかったが」
「ですか」
「なんだ、一人でさっさと行きたいのか?」
実際その通りだけど、今の僕には必要ないのが解った。
感覚なのか、それとも体の奥底から呼び起されてきたものなのか。多分その両方なんだろうけど、それで知った事実。
彼ら――この騒動の中心点にいる悪魔達は、僕という存在を一刻も早く消すために一人にさせるということに。
それを考えていたところ、急に霧が立ち込めてきた。
急に立ち止まる僕以外の気配。だけど僕は何も言わずに突き進む。
「おいジーク!」
お師匠様が僕の行動を止めようと叫ぶのが分かったけど、その時僕の耳にはその声が遠くに聞こえていた。
霧が立ち込め、ジークがその中を進んでしまった頃。
ジークに叫んでも反応がなかったことに舌打ちしたソミリナ。
しかしすぐさま切り替え、近くに気配がするリニア、ナオルニシアに声をかけることにした。
「リニア、ナオルニシア! お前らその場から動くな!!」
「分かってます」
「は、はい!!」
立ち止まってすぐに霧が晴れる。そして、
「チッ」
「……」
「え!?」
「……いない」
予想通りになった現状に舌打ちするソミリナ、何も言えないリニア、驚いて詳しく把握してないナオルニシア、そして状況を把握したうえで事実を述べる王女。
そう。一人突っ走ったジークだけがこの場からいなくなっていた。