第一章 第七話
僕達と一緒にいる彼女は、リゲル王国の第三王女だそうだ。蹲っていたらいつのまにか寝ていて、起きて体をほぐしていたらナオルニシアさんが説明をしてくれた。
彼女を筆頭に、僕達を除けばあとは騎士団、それも近衛騎士の人たちだけらしい。実力は相当だとか。
けれど僕はあまり興味がわかなかった。勢いで旅に出てみたけれど、危険をきちんと考えていなくて僕は死にかけたから。これ以上進めないのがわかってしまったから。
僕は弱い。魔力もない。剣術は錆びついた。殺し合いという場にいられない。いくら努力したところで、何もかも変わらない。変えようともがいたところで叩き落されるのがオチだ。
あの時の記憶がまたよみがえってきたため僕はのそのそと当てもなく建物の影へ行き、盛大に吐く。
こみ上げるは絶望感。心を支配するのは今も残る生々しい感触。
叫ばなかっただけでもほめてもらいたいと思うほどこらえた僕は、息を整えながら壁伝いに歩き出す。
「どこへ行くんだ、弟子よ」
「……お、師匠、さま……」
が、すぐにお師匠様が僕の前に立ちふさがった。
視界が少々ぼやけているまま壁を支えに立っていると、「同じ過ちを繰り返したいのか?」と聞いてきた。
それに対し僕は、何かを言った。意識が朦朧としてきた中、僕が屁理屈ともいえる何かを。
それを聞いたお師匠様は黙って踵を返し、そのまま歩き出した。
僕は、それを力が抜けつつある状態でまぶたを閉じながら見送った。
――おい大丈夫か?
……この声。
僕が見ているのは夢。聞こえているのも、答えているのも、すべて僕にとっては過去のもの。印象に残っているのなら、風化せずに覚えているもの。
あの時僕は何て答えたんだっけ? どういう状況だったんだっけ?
だけど風化していく記憶。時間が、本能が、「忘れた方がいいよ」散ってるかのごとき勢いで段々と消えていく。
ただ一つ、僕に一生消えない過ちの傷を残したまま。
――しょうがねぇな、おい
そうそう。僕に手を差し伸べてくれたんだっけ。どういった状況で、僕がどうなっていたのかなんてもう覚えていない――記憶の奥底に沈めてある気がする――けど、その人は僕に遭遇して、僕の状態を見て、親切心を見せてくれたというのは覚えている。
人は大事なところは意外とすぐには覚えない。何度かやって、ようやく体が、頭が、意味を理解する。
逆にどうでもいいことは割とすぐに覚えてしまう。簡単だからなのかどうか知らないけど、ともかく蛇足部分に関しては大事な部分より割と早い段階で覚える。
なんでそんな風なのかと疑問に思った時がある。あるけれど、それを深く考えることはなかった。
どうして考えなかったのか。それは、分からない……。
思い出す記憶というのはいささか美化されているんじゃないかと思ったりするんだけど、案外事実を事実として切り取ったものではないかと思えてくる。
揺さぶられているのがよくわかる。これは死にかけた時と同じ、意識が覚醒している証拠。
僕は何で倒れたんだっけ? 揺さぶられながらそんな疑問を抱いた僕はついさっき――倒れる前――を思い出して納得する。
そうだったね。僕に旅は無理だという話だった。
それじゃぁこのまま寝てようかなと思っていたけど、ずっと同じ調子で揺さぶってくるから寝られず、僕は仕方なく目を開けてゆすってきた人を見る。
その人は女だった。
髪は僕みたいに金髪ではなく銀色。
顔立ちは子供っぽさを残しているのに表情がほとんどない。
けれども、彼女はどこか雰囲気を醸し出していた。
まるで、王族みたいな。
生まれてこの方、僕は王族にあったことはない。ただ、チャオズお爺さんいわく、『どこかそういう雰囲気を持っている』そうだ。
具体的表現がなかったのはおそらく、感じ方が人それぞれだということだろうか。
まぁどうでもよかった僕は、自分がどこにいるのか気にせずそのまま目をつむって不貞寝しようとしたけれど、彼女がそれを妨害した。
「……大丈、夫?」
その言葉と同時に今度は僕の事をつついてくる。それがあまりにも続くので、さすがに僕はあきらめて体を起こし、彼女の方を見る。
彼女は、首を傾げていた。
どうしてそんな仕草をするのだろうかと思いながらも起き上がると、倒れていた場所ではなくどこかの部屋のベッドの上だった。
ここへ運んだのはきっと彼女ではないだろうという推測が容易に立ったけど誰なんか聞かないでおくと、もう一度「大丈夫?」と聞かれた。
何が大丈夫なんだろうかと考えた僕だけど、きっと体調のことなんだろうなとあたりをつけて「大丈夫だよ」と強がる。
「本当に?」
何を見て僕が嘘をついていると考えたのか知らないけど、彼女は確信を持った口調で聞き返してきた。
すごいなぁと感心しながら、それでも僕は肯定を重ねる。
けれども、彼女にそんなことは通用しなかった。
「うそ」
「!」
たった一言。彼女がどういった感情でその言葉を言ったかわからないけれど、それは僕を――強がりで何とか表に出さないようにとしていた気持ちを――打ち砕いた。
激しく狼狽しかける。動揺や汗も尋常じゃなくなる。呼吸も荒くなる。
…なんだよ。なんだよなんだよ! こんな惨めで哀れで弱い僕を晒してなんになるんだよ!? どうしてこんなに直球でくるんだよ! どうしてそっとしてくれないんだよ!! どうしてこんなに……
いらだちながら心の中でやり場のない文句を吐き続けてのに、ある時を境に別な感情が沸々と湧き上がり、怒り狂った僕は、段々と力なくなって……いつの間にか振り上げていた手を静かに下していた。
……どうしてこんなに
「泣いてる?」
「……」
――|悔しいのだろうか。
「うわぁぁぁ!!」
お…僕はこの日、久し振りに泣いた。




