3.階段を上って降りて、また上る
勉強やイラストに取り組む時によく感じます。もっとも、イラストの方は少し練習して直ぐに止めてしまい、ろくに描いたことはないけれど。
考えても考えても分からないことがあって、「仕方ない。ええい、後回しだ」とそこの部分を放って先へと進む。少し経って振り返ると随分と見通しが良くなっていて、すんなりと理解できる。
そんなことが度々ありました。
地べたを這いずり回っていては地上のことがよく分からないけれど、ヘリコプターに乗ったり、山に登ったりして高い場所に上ると地上がよく分かる、みたいな感じです。
もう一つ挙げれば、中学生の時には中学数学は難しく感じたけど、高校生になって振り返ってみると簡単なように思う感じです。
視野が広がれば、それだけ思考の幅も広がるものです。
数学でいえば、自然数だけではなく、0の発見による数の拡張。
0と正数だけでなく、負数を考えることによって世界は広がり、有理数、無理数と更に世界を広げるで、より見通しが良くなっていく。
さらには複素数まで数を拡張して――
さて、分からないことを逐一その場で理解する必要はない場合というのが、意外とある様に思います。それは、概観を理解してからでないと細部を理解することが難しい、そういうことが今までの経験を通して結構ある様に感じるからです。
足元を固めてから先に進む、ということは勿論とても大事なことだけど、足元を固めることばかりに拘っていると何時までも先に進めない、ということになりかねないです。
自分の例でいうと、数学の勉強をしている時にそうなりました。自然数って何だろう、そう思って調べて数学基礎論とかに行き当たりました。
そうして記号論理学とか諸々に足を突っ込んで、挫折したものです。
高校生の時、自分は数学に対してとても懐疑的というか、細かいところまで納得しないと前に進みたくないと思ってねちねちと考えていました。
ちょうど高校3年ぐらいでそんな状況になって、受験数学の勉強にどうも興味が持てなくて……。
基礎を固めることは大事なことだと思っているけれど、それでもやはり、それに拘り過ぎるのはよくないと思っています。
小説を書くのに、母国語の文法から学び、漢字はどのような場面で開くのがベストで、句読点はどのくらいの頻度で使えばいいのか。
中黒・ではなく三点リーダ…を使い、しかもそれは2つ使うべきでダッシュ―も2つをセットで使うの基本。
そんなことを学んで、面白い小説が書けるかというとそうではない。
進むべき時に進むことが出来る様に、在りたいものです。




