31.変人になりたかった
私は変人になりたかった人です。
字義どおり『変わった人』になりたかった。普通とは違う、平均的ではない人。
ところで変人や奇人ではない人というのは居るのだろうか、と思うことがあります。誰だって、他人と同じなわけがない。一卵性双生児であっても、同じ人間ではありえない。
誰もが誰もと違う。似通った要素があるとしても、必ず別の要素を持っている。
多くの人が想像する『平凡な人』や『平均的な人』というイメージがある。こういう『平凡な人』や『平均的な人』は実際には存在しないだろう。ただ人が想像するだけであって。
多くの人を見て、そこから似通った点を抽出して常識的価値観を付与させて『平凡な人』というイメージは作られる。しかし、実際にイメージに合致する『普通な人』を見たことがあるだろうか。
少なくとも私はない。
誰もが『普通』とは違う要素を含んでいる。ならば、全ての人は『平均的な人』ではないのだから『変人』と呼んでもいいのではないか、なんて思ったことがあります。
天才と呼ばれる人間は、概して変人や奇人というイメージを人から持たれることがあるけれど、実際のところはそういう人ばかりというわけでもない気がします。
誰だって変なところを持っている。
他の人とは違うモノを持っている。
ただ単純に、天才と呼ばれる、呼ばれた人間は多くの人の興味に晒され、その人が持っている変わったところが表沙汰になり、多くの人が知るところとなる。そうして、いつしかその変わったところがクローズアップされるようになり、人は天才を変人や奇人というイメージと結びつけてしまう。
そんなところではないか、と思います。
昔から私は変人になりたいという願望を持っていた、様に記憶しています。他の人とは違うことをしたかった、違う何かをしたかった。
結局のところ、多くの人と同様な道を歩き続けているわけですが。
波乱万丈な人生ではなかった。
変わったことをしたかったけれど、同時に普通ということにも惹かれた人間だった。そして結局、後者の気持ちが勝ったのだろうと思います。
平々凡々。
この言葉に惹かれるし、憧れる。
非凡にも憧れるけれど。
これから変わったことが出来るだろうか、それとも今までと同じように平凡を続けるのか。
どっちだろう。
個人的には、どちらでもいいかな、なんて。




