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Chapter 1 プロローグ + Chapter 2 少年と旅人

Chapter 1 プロローグ


「この手、どうすんだ?」


低く、静かな声だった。

少年が固く閉じていた目を開ける。

昨日出会った旅人の男が、剣を振り上げた役人の手首を掴んでいた。


「な、何だ貴様は?!」

役人が叫ぶ。振りほどこうとするが、腕は微動だにしない。

男は何も言わない。表情も変わらない。

しかし、少年へ剣を振り下ろすことだけは、決して許さなかった。



話は、一日前に遡る。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

Chapter 2 少年と旅人


――大陸歴一四一年、白鹿の月(四月)、中央緩衝地帯、山奥。


山奥を、少年が走っている。

いや、正確には逃げている。


少年の後ろには、巨大な熊が迫っていた。


少年の村は、貧しかった。

最近は働ける人間も減っており、父親も母も畑仕事で手いっぱいだった。

そんな両親を少しでも助けようと、止められていた山奥まで薪を拾いに来た。


それが、誤りだった。


「っはあ! はあっ! はあっ……!」


息を切らしながら、必死の形相で逃げる。

背負った薪を下ろすことさえ、忘れている。


「うわっ!」


木の根に躓き転倒し、背負った薪が散らばる。

振り向くと、熊が前足を大きく振り上げていた。


「っ!」


少年が目を瞑り、腕を交差する。

しかし、予想していた衝撃は来なかった。


「……?」


少年が目を開ける。


そこには、もう一頭の熊――ではなく、熊毛皮の外套を羽織った大男が立っていた。

男は少年に背を向け、鞘に収まったままの大太刀を両手で構えている。

その大太刀が、熊の前足を受け止めている。


熊が前足に力をかけると、男は大太刀を傾け、前足を外へ流す。

熊が体勢を崩した次の瞬間。

男は一歩踏み込み、鞘尻を熊の鼻面へ叩き込んだ。


熊が短く悲鳴を上げ、たたらを踏んで下がる。


少年は、信じられないものを見る目で、その大きな背中を見ていた。

男は、威嚇するでも構えるでもなく、ただ少年と熊の間に立っている。


熊が低く唸りながら、男を見ている。

男も、熊をまっすぐ見ている。


それから、時間にして数秒。

熊が一歩、後ろへ下がる。

そして背を向け、森の奥へ消えていった。


少年はしばらく呆然としていた。

すると、男が辺りに散らばった薪を掴み、少年の方を向いた。


「どこだ?」

「え?」

「持っていく場所」

「あ……村。あっち」

少年が村の方向を指さす。


「あ、そ、そうじゃなくて!」

「?」

男が少年を見る。

少年はまだ状況に追いついていない。

それでも、どうにか口を開いた。


「た、助けてくれて…ありがとう」


「ああ」

男はそれだけ返すと、薪を拾い集め始める。

少年も慌てて立ち上がり、薪拾いに加わった。


村へ向かう道中、少年が男の背中を追いかける。

いつもの倍近い量の薪を、男は片腕で持っている。

「重くないの?」

「ああ」

「どこから来たの?」

男は少し考え、森の奥を指さす。


「向こう」


少年が吹き出す。

「そりゃ見れば分かるよ!」

「そうか」

ようやく緊張が解けたのか、少年がげらげらと笑う。



村の入り口まで来る。

「そこ!家の横に置いてくれればいいよ」

男は言われた通りに薪を置く。

「ありがとう!」

「ああ」

それだけ言って、男は行こうとする。


「ねえ!」

少年が男を呼び止めると、男が振り返る。

「腹減ってない?」

少し間があり、男が答える。

「ああ」

「じゃあ、俺んちで食ってかない?」

男は少年を見て、村を見る。また少年を見ると頷く。

「食う」

「こっち!」

少年は意気揚々と歩き出した。

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