第31話:どちらかの自分
・5月9日(木曜日)
ーオプティマスー
・オメガ寮にて
「それではオプティマス様、明日よろしくお願いしますね」
ロビーの逆側でほぼ全員のクラスメイトたちが
遊びに行く話をしているところで
私とアンバーはクレイの挑戦に勝つ方法を模索している。
そして明日はその決定的な一打につながる可能性がある人のところに行く。
「何か持っていったほうがいいのか?服とかはどうすればいい?」
「何も持っていく必要はないですし、服装もいつもので問題ありません。相手はオメガの卒業生です。多少無骨な方が印象もよいでしょう」
そう、明日会いに行くこととなっているのはオメガクラスの卒業生にして、
最強の世代の一人、『ヘンリー・ガンテル』だ。
この人がアルドニス先輩に私とホームカミングという名の舞踏会に
一緒に来てくれるように頼めば、アルドニス先輩は断れないらしい。
……私はその話を完全に信じてはいない。
アルドニス先輩と過ごした時間は短いけど、
男に限らず、誰かの『命令』を”はいはい”と聞くような人ではない。
ウィリアムに心酔しているあのメスライオンのように、
崖から飛べと彼に頼まれたら
『喜んで』と答えそうなヤツとは違うのだ。
アルドニス先輩はとてもしっかりしていて、
芯が強く、尊敬できる人だ。
だから、私はこの作戦が成功するとは思っていない。
命じればアルドニス先輩を好きに動かせる人がいると想像できないからだ。
だけど、アンバーはいろいろと私の力になってくれている。
無下にはできない。
そして、アンバーには私が見てまねることができない才能がある。
人との接し方だ。
ある意味、戦闘術や魔術を覚えるよりも難しい。
アンバーは仕草や声などで相手の変化、感情に気づき対応する。
私はそれを見ているが、コピーはできない。
基本的な仕組みを理解できないからだと思う。
ということで無意味になる可能性が高くとも、
今回はアンバーを信じて動くこととする。
「オプティマス、ちょっといいかにゃ?」
私とアンバーが話していたところにフェリックスがきた。
「では、私はこれで」
アンバーはその場を素早く読み、
優雅に両手でスカートの裾を軽く持ち上げて挨拶し、
女子部屋に戻っていった。
「気をつけることにゃ。あんなベッピンさんと仲良くしていることがミランダに知られたら大変にゃ」
「……それは脅しか、フェリックス?」
「ち、違うにゃ。冗談にゃ。マジで睨むなにゃ」
「……悪かった。用件はなんだ?」
「頼まれていた件、……調べられたにゃ」
「こんなに早く?ありがたい、すぐにでもヤツらの居場所を教えてくれ」
「ちょっと待つにゃ。報酬が先にゃ。これは善意じゃなくてビジネスでやってるんだにゃ」
……セバスチャン先生にお金を頼むしかないか。
提示された額を自分で稼ぐのには時間がかかりすぎる。
「わかった、明日までに用意する」
「うん、報酬さえもらえたらすぐに教えてやるのにゃ」
5月10日(金曜日)
・午前、大教室にて
「セバスチャンがミレニアム騎士団の急な任務で数日不在になる。よってそれまでは彼の授業を私が受け持つことになった。教科書56ページまで進んでいると聞く。その続きから始める」
……なぜよりによって今日。
まずい……、あやつらをほっておくのは危険だ。
一刻も早くこの状況を片付けなければならないのに……
・放課後、オメガ寮にて
「だからそこをなんとかと頼んでいるんだフェリックス!オマエだって私がなぜそれを頼んだのか知っているのだろ?ミランダたちが危ないんだ。金は必ず用意する。だからヤツらの居場所を教えてくれ」
「ダメにゃ。事情はわかった。だけど、依頼を引き受けるときにはっきりと言った。報酬は前払いにゃ。それが情報屋としての決まり。クラスメイト、ダチだからって変わらないにゃ。情報屋はただ働きしないのにゃ」
「フェリックス!」
「……オプティマスの事情もわかるにゃ。だからこんなに早く調べたのにゃ!だからってルールを破るわけにいかないのにゃ!俺は依頼を引き受ける前にちゃんと注意したにゃ!」
確かに依頼したときに注意されていることだった。
それでも……
「オプティマス様、準備はできましたか?行きますよ」
二人の会話を止めるかのようにアンバーが私たちの間に入ってきた。
……おそらくはわざとだろう。
対人関係において突出した才能を持つアンバーが
さっきの状況を読めないはずがない。
つまり、止められたのだろう。
……よい、今は元々するべきだったことをなそう。
(こ・ろ・せ)
……。
ーオラベラ・セントロー
アルファ寮にて
「ウィンスターくん、そこどいて」
「ダメ、どかない!」
「ウィンスターくん、私急いで向かわなければいけないところがあるの。今日を逃すとまずいの。話なら別の日に必ず聞くからそこを退いて」
「ううん、どかないよ。今出てはダメなの」
アルファ寮の玄関前で立ち塞がって
私を外に出させようとしないウィンスターくん。
しかも事情も説明してくれない。
ただたんに『今出てはダメなの!』の一点張り。
おそらく本人はいつもの『なんとなく』の感覚なのだと思われる。
正直、ウィンスターくんは小さくて、
そんなに強くないからこのまま持ち上げてどかせることは簡単。
だけど、なぜかそれはやってはいけないことのような気がして、
私は数分ここで足止めをくらっている。
しかもこんなときに限って
誰も寮を出ようとしなければ、
入る気配もなかった。
どうしよう……
本当に時間がないの。
すれ違ったら、
次にクリムゾン・オウル部隊のメンバーに会えるのがいつになるかわからない。
でもウィンスターくんは真剣に見えるんだよな。
ふざけてるようには見えない。
聞いてみよう。
「ウィンスターくん、なんで私にいじわるするの?私がウィンスターくんに何かした?したなら教えて。私が気づいてないだけかもしれない」
「いじわる?違うよ。オラベラはいつも僕に優しくしてくれるよ」
「だったらどうして?私、今日本当に大事な用があるの。遅れれば遅れるだけ不利になるの。お願いウィンスターくん、そこを退いて!」
「……ダメ!行かせない」
「どうして!?」
思わず大きな声を出してしまった。
ウィンスターくんは少し縮こまり怯えた。
だけど震えながらも玄関からは動かなかった。
「ご、ごめん。怒鳴るつもりは……」
ウィンスターくんは目に涙を浮かべていた。
それを見て、私のせいなんだと思い、
私も悲しくなった。
「……前に僕がこう言ったの覚えてる?『今日はきっと良い日になるよ』って」
震えるような声でウィンスターくんは言った。
「うん、覚えてるよ」
「その日はいい日になった?」
私はフェリアンさんに会って事件の調査が進んだことと、
何よりもウィリアムくんたちと夜の街を過ごし、
みんなで一緒の部屋に泊まったことを思い出した。
「……うん、とてもいい日になったよ」
「そっか、だからってわけじゃないんだけど、僕ね、なんとなくそういうのわかるんだ」
「そう……なの?」
「うん、そうなの。それでね今日はね『悪い日』になる感じがするんだ。特にオラベラにとっては」
「私にとって?」
「うん、だからできるだけ長くここにいさせる。ここに止まれば止まるほど『オラベラは』大丈夫になるから!」
……彼がそう信じていることは間違いない。
でもそんな感だけでここにとどまるわけには行かない。
「ごめん、ウィンスターくん。それでも私、行かないと。どいてくれないならウィンスターくんをどけても通るよ」
しばらく彼の返事を待ったが、
彼は動かなかった。
仕方ない、申し訳ないけど、
と思ったときだった。
彼は玄関から動いた。
「もう出ていいの?」
「ううん、よくないよ。でも、もう最悪にはならない……と思う」
「……そう、じゃ、いくね」
玄関を開けたとき、
「オラベラ!」
ウィンスターくんに呼び止められた。
「なに?」
「大丈夫、悪い日が来ても必ずいい日も来るから。負けないで」
彼の目は真剣で本気で私のことを心配してるようだった。
「……いってきます」
そうだけ告げて私はビランシア教会に向かった。
ーオプティマスー
・ホワイトシティに向かう馬車にて
(こ・ろ・せ……)
(こ・ろ・せ……)
(こ・ろ・せ……)
ここ最近おさまっていた頭の中の声
がこれでもかっていうくらいに大きく聞こえた。
なんとか今に集中しようとするが、
声がうるさすぎる。
「La, lalalala,lalalalalalala♪」
突然聞こえたキレイな歌声と
落ち着くメロディ、
しばらくそれを聞いた私は頭の中の声が静まった。
「大丈夫ですか、オプティマス様」
「あ、ああ、ありがとうアンバー」
「いいえ、頭が痛くなったらいつでもこのアンバーをお呼びください。いつでも好きなだけ歌ってあげますよ」
歌を聴いたら声が静まった?
どんな歌でも効果があるのか?
それともアンバーの歌だからなのか?
調べなければ。
頭の中の声を抑制する方法があれば是非ともそれを知りたい。
「ありがとう。それにしても本当にいい歌声しているね。それは何かの能力なのか?」
「ふふふ、お褒めに預かり光栄です。でも、ただの歌ですよ。歌詞もないですし、ちょっとしたメロディ。ですが、才能のない私にはこういったことを磨くのがせめてのあがきです」
「才能がないなんてことはないと思うぞ」
「いいえ、実際にそうですから。自分の欲しいものは自分の才覚だけではとれない。だからこうして才能のある方に力を貸す。向こうもそれに応え、私に力を貸すことで初めて私の夢が実現します」
表情などはいつものアンバー、
話し方も声のトーンもそうだ。
だけど今、明らかに普段は絶対言わないことを言った。
「なぜ、私に力を貸すのかと思ったが、自分の目的のためってわけか」
「ええ、そうですね。自分のためです」
「どうした?今日は随分とはっきり言うな」
「ふふふ、そうかもしれません。ですが、そろそろお話をしないといけない頃合いだと考えていたので……。嫌ですか?それとも幻滅しました?善意でやっていたとでも思っていましたか?」
「いや、そんなことはない。むしろ、そっちのほうがいい。自惚れかもしれんが、私に恋愛的な感情を持っているとさえ思ったこともあったからな。それだったら応えられないためどうしようか悩んでいたところだ」
「ふふふ、そうだったのですね。ですが、自惚れということはないでしょう。オプティマス様の美貌は世界上位から数えたほうが早いほどです。それにタイプもあると思いますが、なんというか大勢にうける顔立ちです。私のような人でなければあなたの魅力に逆らうことはできないでしょう。ですので、その美貌は決して自惚れではなく、オプティマス様の立派な武器です。そして、ご安心を。このアンバー、美貌で男を判断したり、恋に落ちることはありません。そして、そもそもオプティマス様は私のタイプではございませんので」
「……そうなのか。じゃ、アンバーはどんな男がタイプなんだ?」
「……うーん。どうでしょうね?好きな人ができたことがありませんのでわかりません。ですが、それが絶世の美男子であっても、汚く、太っている、ハゲた人であっても私には大きな差ではありません。大事なのは私の欲するものに近づかせてくれるかどうかです」
「……アンバーが欲しいものとはなんだ?」
「ふふふ、それを話すのには時期尚早でしょ。まずはこの挑戦を勝ち抜いて、オプティマス様をオメガの本リーダーになってもらいます。細かいことを話すのはそれからでも十分です」
「……そうか」
アンバーには計画がある。
彼女がその計画を実行するために私がオメガのリーダーになる必要がある。
つまり彼女はある意味、私を利用しようとしている。
だが、それを私に伝えた。
ある意味クリーンではある。
でもそっちがそのつもりならこっちだってアンバーを利用する。
彼女には私にはない才能がある、
彼女が私の弱点を補い、
二人を中心にクラスがまとまればクラス対抗の優勝も夢ではない。
そうすればセバスチャン先生に恩を返し、
自分もミランダとの明るい未来に進んでいけるだろう。
……だからか。
アンバーがなぜ今それを打ち明けたのかということがわかった。
彼女には私がこの結論に至るとわかっていた。
そして打ち明けることで
『これはお互いに利用しあう共犯関係』
ということを伝えたかったのだ。
ああ、そっちのほうが信頼できる。
でも一つだけ紛れもない嘘があった。
『才能のない私』
人脈や情報だけじゃない。
アンバーは相当に頭が切れる。
それにまだ実力の全てを見せていない気がしてならない。
「馬車で行けるのはここまでです。ここからは歩きましょう」
アンバーが言った。
「ああ、わかった」
私たちは馬車を降りて歩き出した。
歩きながら私はアンバーの意外な一面を見れたことを嬉しく思った。
アンバーのその隠された一面を私は一切『嫌』とは思わず、
むしろ居心地が良かった。
自分の他にもこうして仮面をかぶって生きている人がいる。
それも身近に。
それを知ったことで私に安心感が生まれた。
それに私に対する恋愛感情がないから要らぬトラブルも避けられる。
アンバーは最高の協力者になりそうだ。
私たちは一度、目を合わせて互いに少し微笑んだ。
そしてヘンリー・ガンテルの経営するレストランに向かった。
ーオラベラ・セントロー
私は馬に乗り、急いでビランシア教会に向かった。
到着するのと同時にシスターにオードリック・ファンが来たかと聞いた。
「先ほど帰ったばかりです」
間に合わなかった……
学園で無駄な時間があったから。
ウィンスターくん、本当に洒落にならないよこれ。
どうしよう、彼に会えなければ今日はだいなしだ。
フェリアンさんを除く、
今唯一、居場所がつかめそうなクリムゾン・オウル部隊のメンバーなのに。
いや、あきらめない!
「すみません、私オラベラ・セントロです。この国の王女です。オードリック・ファンさんにどうしても会わなくてはなりません。どこにいったか教えてくれますか?」
「あ、はい、存じ上げております、オラベラ王女殿下。まだ小さかった頃、この教会のビランシア様の像に登って遊んでいたことはもうお忘れですか?」
「え?私、そんなことしました?」
「あははは、そうですよ。それで私たちはいつも王女殿下を追いかけるはめに。ですが、あなたが登った後のビランシア様はいつもに増して輝いて見えるので、ビランシア様はきっとオラベラ王女殿下が遊びに来たのを嬉しく思っていたことでしょう。なので私たちは怒るに怒れなかったのです」
「あはは、私ってそんなことをしてたんですね。すみません」
「それが学園の生徒となって久しぶりにあなたのことを見た時は感激でした。あの『やんちゃ姫』がこんなに立派に成長されたのだと」
「ありがとうございます。あ、あの、オードリック・ファンさんに大事な用事があるんです。というより彼の身に危険が迫ってるかもしれません。どこに向かったのかを教えていただけませんか?」
「え?あのお強いオードリックが身の危険?わかりました。あなたになら教えしても問題はないでしょう。彼はこの街を出る前に知り合いに会ってくると言い、冒険者ギルドに向かわれました」
「冒険者ギルド!?わかりました。ありがとうございます」
「あの、ですが!」
「ごめんなさい、急いで彼を追いかけないと。ありがとうございました」
急いで教会を出た。
最後にシスターが何かを言っていた気がするが聞こえなかった。
こうして私のオードリック・ファンさんを探す長い1日が始まった。
ーンズリー
専攻授業が終わって、私は支度するためすぐにデルタ寮へ戻った。
ブアにもお願いし、準備を手伝ってもらった。
こっちがお願いしている立場なのに
私に何か頼み事をされたことが嬉しかったのか、
「うぅ…、ンズリ様が私を必要とするなんて…、うぅ……」
「だから泣くな!」
と、頼っても頼らなくても泣くのは変わらないらしい。
だけどいつものようにすぐに元気になり、
うちとクレアを手伝った。
ブアも誘ったけど、
今日この後アルファ女子で集まりがあるらしい。
なので、ブアは急ぎながらも丁寧に私たちの準備を手伝った。
うちはいつも通りウィリの我慢の糸が切れるのを狙って
これでもか!ってくらいのエロい服。
なんというか、
派手なのは元から好きだったけど、
最近のうちは『狙っている』
と言われてもおかしくないくらい大胆になってきている。
まぁ『狙ってる』からなんだけど。
それにこういう服はウィリといるときだけだし、
ウィリが近くにいないとこういう服は着れない。
だって男が寄ってきてうざい。
それに自分でもここまではちょっと危ないというのはわかってる。
マジでこの格好で一人街にいたら完全に娼婦と間違われる。
だからウィリと一緒にいるとき限定!
ほんの少し前まではこの格好をするうちに対して
クレアはいろいろと言ってきたんだろうけど、
今では何も言わなくなった。
それどころか、服装のチョイスがうちに似てきている。
うちほどは出してないけど、
際どいところを攻めてる感じ。
入学した頃の素朴な感じとはだいぶ違う。
だいぶ『女』を出すようになった。
「ね、クレア。最近エリオット先輩といい感じね」
うちはクレアに聞いた。
「……うん、そうね。いい感じかも」
へー、認めるんだ。
クレアにしてはだいぶ素直かも。
だけど、昨日そのエリオット先輩がいる場で、
ウィリアムの腕に絡んだんだよな、クレア。
なので確認、確認。
「じゃ、もうサムエルとウィリはいいのね?」
「……わかんない」
「え?どういうこと?」
「……エリオット先輩はすごいいい人、いじりがいがあって、一緒にいて楽しいんだけど。なんかいい人過ぎて燃えないというか。なんか変だけど危険を感じないんだよね」
「え?それっていいことなんじゃないの?危険な男とか嫌じゃん」
「最も危険な男に惚れてるンズリだけには言われたくないなそれ」
「え?ウィリ全然危険じゃないよ。絵本とかに出てくるプリンスみたいな感じだよ」
「それは好きフィルタが入っているだけ。外から見ればあの男は危険よ。それにこっちは一度それを身をもって味わってるんだ。ルミナーレの夜、私はウィリアムが何を求めてきても拒まなかった。というか喜んで受け入れたと思う。そのときは彼の行動全てがカッコよく見えて、彼が何かするたびに体の底から燃え上がるような炎が溢れ、私を高揚感であふれさせてくれた。でもその後に思った。これは身を焦がす炎だってね」
「ちょっと何言ってるの、クレア!?」
「本当のことだからしょうがないでしょう!ウィリアムを王子様と思っているのはおそらくンズリとアルファの王女様だけ。彼を気に入ったとしても、あとは危険を感じて彼と距離を置いてるわ」
「はあ?なんでウィリが危険なのよ?一緒にいてあんなに安心感を与えてくれる人ほかにいないんですけど!それに他にウィリを気に入った人って誰よ!」
「その安心感に依存しちゃうから危ないって言ってるの!私はンズリみたいになりたくない!」
「あっそ」
「そうよ」
「……」
「……」
「……で、誰よ?」
「何が?」
「他にウィリを気に入ってる人は誰って聞いてるの!」
「……気づいてないの?」
「もしかして、ザラサ?あれはペットみたいなもんで、そういうのじゃないっていうか」
「違う」
「じゃ、誰!?」
「……ガウラ先輩だよ」
「え?」
「先輩はウィリアムのことをとても気に入ってる。ウィリアムが近くにいるとき、いつもと違った感じになるのわからない?」
「な、なに言ってんの?ガウラ先輩だよ。オメガ二年のエースで、彼女がいるからオメガの二年は優勝争いができるって、いつもおもしろくて、楽しくて、美人で、男なんて彼女に群がってくる最高の先輩だよ。わざわざウィリにいく必要ないでしょう。クレアの勘違いだよ」
「……だからだよ」
「え?だからって何がだからなの?」
「そういう人だからだよ。気づいてないのンズリ?男女問わず、ウィリアムを気に入る人の特徴」
「特徴?ウィリを気に入る人にどんな特徴があるというのよ?」
「才能よ。天才と呼ばれている人ほど彼と仲良くなる。そうではない人は彼にあまり興味を持たず、凡人と言われてるような人は彼を嫌う」
「はあ?なに言ってんの?そんなことあるわけないでしょう?」
「いつも一緒にいるのにンズリは彼の周りは何も見てないんだね。今私が言ったことが全て正しいとは言わないけど、完全に外れてるわけではないと思うよ」
そうなの?
でも確かにウィリといるとウィリにだけ注目しちゃうから、
まわりはわかんない、つか見てない。
ウィリを気に入る人ってそんな特徴あったんだ。
「……教えてくれてありがとう。今度ちゃんとウィリのまわりも見てみる」
「……うん」
「エリオット先輩は危険じゃないから付き合わないの?」
「そうは言ってないけど、サムエルとウィリアムに比べると物足りなさはあるよね」
「ははは、あの二人なんだかんだ言って超すごいもんね」
「……うん、めっちゃすごい」
「……ごめんね。うちがあのときウィリに怒ってなければ。多分今も毎日四人でいたよね……」
あくまでもおそらくだが、
うちは本当にそうだと思っている。
うちがあのとき怒ってなければ、
一度バラバラになることはなかった。
もしかしたらザラサがウィリに終始くっついている
今の状態も避けられたのかもしれない。
避けられなくとも、
今のような最悪な関係ではなかった気がする。
なんというか先にウィリのそばにいたうちを
あのバカ犬はリスペクトしてたような気がする。
まぁ、根拠なんどなく、
なんつか獣人の感ってやつだけど。
それに、オラベラとウィリがあんなに仲良くなることもなかった。
……最初、ウィリはうちだけを見てたんだ……
全部うちのせいなんだ……
「……もういいよ。今は徐々に元通りに戻ってるじゃん。今日は久しぶりに四人で遊ぶんだし」
クレアは頭がいい。
うちよりもいろいろ見えてるし、分析能力も高い。
さっきはちょっとむかついたけど
ウィリの分析をはじめ、
今までにもそう思わせることが何度もあった。
だからクレアもうちのせいだってわかっている。
それでも優しくそう答えてくれた。
「うん、他の大勢もいるけどね」
「ははは、そうだね。ね、ンズリ、ウィリアムにホームカミング誘われた?」
「ううん、まだ。でも男子はクレイが出した『挑戦』があるじゃん。あの影響でウィリがクラスのために動いたらうちは誘われないかも。ちょっと悲しいけど、まぁクラスのためだし理解はする」
「……ウィリアムはそういうことに流されるような人じゃないと思うよ」
…………さっきからなんなの、クレア。
うち以上にウィリをわかったふうに話してさ。
やっぱりちょっとじゃなく普通にむかつく。
「できました、これで完成です」
ブアが言った。
私とクレアは鏡で自分たちの姿を見て、
お互いを見て、
何も言わずにハイタッチした。
二人ともこれでもかってくらいに決まってた。
「ありがとう、ブア」
「ありがとうございます、ブアさん」
「いいえいいえ、お二人の手伝いができて光栄でした。いつでもこのブアをお使いください」
ブアがそういうと
もうそろそろ行かなければと帰っていった。
「その格好……、今日はマジで抱かれるかもね」
クレアが言う。
「いつもそれ狙いでいってんだけど、いまだに手を出されないんだよね」
「クスッ」
「はぁ!?なに笑ってんのよ。そんなにうちが手を出されないのが楽しいか!?」
「ううん、違うの。そういう格好したときのンズリを見るポン・ホウ先輩の顔を思い浮かべちゃって、ふふふ、ははは」
「あ、確かにめっちゃおもろい顔するよな」
「うん、食べたいのに、食べられない!って苦しんでる顔って感じ」
「そんな顔なの?どちらかというと息できなくて死ぬ!って顔じゃない?」
「どうだろう?どっちにせよおもしろい顔だよ。ははは」
むかついて、
笑って、
少しの沈黙の後にうちは聞いた。
「エリオット先輩、サムエル、ウィリ。誰か一人だけ選んでって言われたら……誰を選ぶの?」
「……どんな答えであっても怒らない?」
「……怒らない。約束する」
「……実際のところ自分でもわかんないよ。三人とも会って一ヶ月しか経ってないんだもん。だけど同じところに住んで、過ごすことでなぜか前からずっと知っているような感覚にもなる。でも本当は知らないことのほうが多いんだから、今日の答えが明日の答えと違ってるかもしれない。それでもあえて答えるのだとしたら……」
「答えるのだとしたら」
「はぁー、こんな感じ。エリオット先輩とはいやすくて、安心できることに魅力を感じてる。結婚するならこういう人かなって感じ。顔の好みで言われると完全にサムエル。なんというか三人ともタイプなんだけど、その中でもサムエルが断然かっこいい。私の中ではほかの二人の頭二つ分抜けてる」
「おお!じゃ、サムエル?」
「でもね、人生で唯一全てを預けてもいいかもって思わせてくれたのは一人だけなの。だから今は彼が勝ってるかな。といってもその人は私が眼中にないから、そのうち、他の二人に抜かれるだろうけど、私に残したインパクトは一生消えないと思う」
クレアはあえて名前を言わなかった。
言いたくないというのが伝わった。
名前を言ってしまえばクレアの中で何かが変わるのかな?
彼女の中で認めてしまうということになる?
そうなれば……クレアはどうするのだろう。
「だけど安心して、私はンズリと王女様の争いに加わる気はない」
ニコッと笑い、クレアが言った。
うちを心配させないように無理して言っているのがわかった。
だからうちもそれ以上は突っ込まずに話を切り替えた。
「それがね、もしかしたら争わずに解決できる方法に辿り着けるかも」
「はぁ?どんな方法よそれ?」
「んーと、まぁ……三人で……みたいな?」
「え?はい?ええと、えー!?マジで言ってんの?」
「わかんないけど、可能性として」
「いや、まぁ、複数の伴侶を持つ人は数は少ないけど、いないわけじゃないし、学園でも他のクラスの先輩にもそういう関係の人いるし、なしってわけじゃないんだろうけど……つか、そもそもンズリはそれでいいの?」
「よくはないけど、なんつか仕方ないつか」
「……ンズリ」
少し真剣なトーンでクレアが言った。
「なに?」
「そういうのって『仕方ない』感じで初めていいの?」
「え?」
クレアのそのシンプルな一文になんか芯を突かれた気がした。
そして考えがまとまらないうちに
ウィリとオメガのメンバーがうちらを向かいにきた。
ーサムエル・アルベインー
俺、我鷲丸、ウェイチェン、
ウィリアム、ブヤブ、フェリックスのオメガ男子、
シドディ、ザラサのオメガ女子、
ンズリ、クレアのデルタ女子、
グリンデル(デルタ男子)、
そして悪の根源、ウィンスターの合計12人の大所帯で行動している。
街に出て、食べたり、飲んだり、遊んだりしてるわけだが、
やっぱり街に出るとウィリアムの必殺技『嫌われる』が発動し、
ちょいちょい変な空気になることもあった。
だけど、ザラサがそういう人を威嚇し、
ンズリがウィリアムにくっついて大好きだよアピールするから
ウィリアムは平気そうだ。
なんというか嬉しそうまである。
常時こういう連携を取ればいつも喧嘩せずに済むんじゃねぇの?
二人ともウィリアムのことが好きなんでしょ?
あ!だからウィリアム嬉しそうなのか。
二人が喧嘩してないから。
少し休憩しようとなって、
全員で街の公園に入った。
「ねね、どうして街の人はウィリアムのこと嫌な目で見るの?」
悪気なく聞くウィンスター。
「いつものこと、気にすんな。嫌ならオレから少し離れればいい」
ウィリアムが答える。
「ううん、僕は大丈夫。ウィリアムこそ大丈夫?」
「うん、オマエらがいれば大丈夫だ」
まわりにいる俺らを手で指しながらウィリアムが言うと、
ザラサとンズリは『へへん!』ってな顔して、嬉しそうだった。
「オマエこそ大丈夫かウィンスター、なんか落ち着かない様子だけど」
え?そうなの?
俺にはいつも通りに見えたけど。
「うーん。なんかね、みんなの楽しい時間をだいなしにしたくなくて黙ってたけど、やっぱり言うね。今日ね、……悪いことが起こる……そんな感じがする」
「そうなのか。それはオレらの誰かに悪いことが起きるのか?」
「……多分、違う。でもこの近くで何かが起こるとは思う」
「そっか、わかった。教えてくれてありがとう。楽しみながらも警戒するとしよう」
「うん、そうだね、そうしよう」
いやいやいやいや、
何その会話。
絶対なんか起きるやん。
いや、ウィンスターが来た時点で何かは起きると思ってたけどさ、
本人の口から『何かが起こる』って言っちゃったよ。
初めてのパターンだよ。
そう考えていたら別の会話がヒートアップしていた。
「だからマジでアイツ超むかつくの!デルタ寮はほぼあいつの根城と化してる。先輩でさえ逆らえない感じ。デルタでクレイに面と向かって何か言えるのってグリンデルと二年のヒース先輩だけよ。二人がいなかったらデルタはもっと酷かったかも」
ンズリがシドディにクレイの文句を言っている。
クレアも続き、同じような内容のことを言った。
グリンデルも
「我の漆黒の炎が覚醒し、真なる力をこの手にしたとき、それが独裁者クレイの命日と知れ!」
とちょっとかっこいい感じに言った。
ちょいちょい思ってたことだが、
なかなかいいセンスしてるなグリンデル。
「え?命日?殺すの?つかそうであっても命日は言語的におかしいわよ、グリンデル」
的確な指摘をするクレア。
「……そうなのか」
グリンデルは下を向いたまま黙ってしまった。
今のでおちこんだのか?
「我の漆黒の炎が覚醒し、真なる力をこの手にしたとき、それが独裁者クレイの『最後の日』と知れ!……これならどうだ?」
言い直すんかい!?
「うん、まぁ、さっきよりはいい感じ。で、最後の日とか命日とか言ってるけど、やっぱり殺すの?暗殺?」
「殺しはせぬ。この力は無駄な血を流すためにあらず。ただ、そやつの悪の帝国に終止符を打つまで」
「あ、うん、それならいいんじゃない。応援するよ」
「うちも応援する、アイツ大嫌いだもん!」
クレアとンズリが言う。
「ふはははははは。その声援も我の力に変えられていく。でも……まだ足りない。I need more POWER!!」
うん、こいつなんかカッコいいセリフをいっぱい言うな。
でも、今の話の本題はそこじゃない。
やっぱり、ンズリ、クレア、グリンデルはクレイのことを本気で嫌っている。
つまりデルタではあるけどクレイのプランを知らない。
……知らされてないと思われる。
デルタの人くらいには情報共有すると思ってたけど、
あの様子だとしてねぇな。
この三人は最近、毎日オメガ寮に居座ってる。
そのため、クレイが送り込んだデルタのスパイと少しは疑っていたが、
それはないな。
というかクレアはともかく、
ンズリはそれを知った上で俺らと普通に仲良くできない。
そういう真っ直ぐな性格をしてるからね、気高いライオンさんは。
いや、わかってたけど念のためね。
家の教訓で誰も信用するなと教えられているし。
クレイのパートナーがエリヴィナ先輩に決まっていることを
みんなに伝えるかどうかを迷っていたが、
今度みんなにちゃんと伝えることにしよう。
そう心に決めたとき、
悪の根源ウィンスターがンズリたちのところに近づいた。
「ああ、やっぱりクレイくんは悪い人なんだね。僕もね、この前サムエルと一緒にクレイくんが悪いことを企んでるのを聞いたんだ。ね、サムエル?」
そして、その場にいた全員の視線が一斉に俺に集まった。
…………。
ウィンスター!!!
オマエだけは許さぬ!
ー俯瞰ー
・ミレニアム学園、アルファ寮、一年生の女子部屋にて、
「みんな集まってくれてありがとう。もうわかってると思うけど今日はオラベラについて話したい」
エリザが言った。
部屋には他にアラベラ、ブア、スラビがいた。
「この数日でオラベラの様子がおかしいのはみんな気づいていると思う。今週は2回も寮に泊まらず、次の日の授業に大遅刻した。ちょっとだけ誰かさんとお泊まりしているのかもと期待していたけれど、その誰かさんは普通に授業に出ていることからその線はない」
エリザが続けた。
「うん、オラベラなんかすごく疲れてた。授業に来ても眠そうだったよ。この前オラベラが眠そうにしてたから僕も眠くなって気づいたら寝ちゃってオラベラも僕もポイント減点されたんだ」
スラビが言った。
「そう、オラベラは疲れている。つまり、寝てない可能性がある。そして誰よりも氷条くんの特訓に取り組んでいた彼女はその特訓をしばらくお休みすると氷条くんに伝えている」
「うん、あれにはびびったよね。うちも早起きしなくて済む!って一瞬喜んだけど、氷条くんとの時間が減っちゃうから朝訓練に行ったしね。そういうときくらい来なくてもいいのに誰かさんは空気を読めなくて困る」
アラベラが言った。
「……今はアラベラのことじゃなくて、オラベラについてなの!ひっかかってこないで!」
なんとか堪えてエリザが答える。
「……ごめん、そういうつもりじゃなくて、ちょっと空気が重かったからさ」
アラベラは反省したように言う。
「うん、じゃ、続けるね。ブアとスラビは知らないかもしれないけどオラベラは街で起きている殺人事件について調べてるの。みんなでルミナーレに行ったとき警報が鳴ったでしょ?覚えてる?」
「うん、覚えてる」
「はい、覚えております」
スラビとブアが答えた。
「あれ以降オラベラは連続殺人事件を調べている。情報が手に入れば衛兵にそれを提供するだけのはずだったけど、最近の様子を見るとおそらく、事件を本格的に追ってる。できることなら自分の手で解決したいのだと思う。あの子、みんなを守るためならそういう無茶を余裕でしちゃう子なの」
「でも、僕とブアならまだしも、なんでそのことを大親友のエリザとアラベラにオラベラは言わないの?」
「私たちを巻き込みたくないからよ。みんなのことを守るためにオラベラはなんでも一人でやろうとするから。大事に思われてるほど、そういう問題に巻き込もうとしない」
「そうなんだ。でも、それだとオラベラが大変だよ。というか壊れちゃうよ」
「そう!スラビの言う通り。だから、私たちから巻き込まれにいく。オラベラを探し、後をつけて、私たちが関わらなきゃいけない状態にする。そうすればオラベラも私たちが協力するのを受け入れるしかない。……これは私からの提案。無理にとは言わない。嫌ならはっきり言って欲しい。断ったからってもう仲良くしないとか、グループから省くとかはないから。それにこれは殺人事件。安全ではない。自分の身に危険が迫る可能性があることを理解して欲しい。それでもオラベラを助けてくれるのなら、お願い、みんな力を貸して」
エリザはみんなに伝わりやすいように、
はっきりと伝えた。
どんなことが起きていて、
なぜそうなって、
どういう危険性があるかを。
その話し方は堂々としており、
みんながその話に耳を傾けた。
それにエリザは姿勢がよく、
立っているだけで様になる。
この人について行きたい。
と自然に思わせる力があった。
つまりはカリスマというものを持っている。
自分ががリーダーになると決める前のオラベラが
エリザをリーダーに推した理由であった。
「あったりまえでしょ!うちはどんなときでもオラベラの味方!」
「うん、僕もオラベラを助けたい」
「はい、もちろんでございます。オラベラ王女殿下のため、このブアにできる限りのことをします」
アラベラ、スラビ、ブアが返事した。
「よし、決まりだね。オラベラにどこに行くのか聞こうとしたけど、教えてくれなかった。だけどオラベラはセレナ先輩に今週末は寮に泊まらないと報告している。つまりこの数日は学園には戻ってこない。そのためホワイトシティから探し始めよう。向こうはこの国の王女よ。動けば目立つ。まずはオラベラに会いに行こう!」
「「「おう!」」」
アラベラ、スラビ、ブアは拳を上に高く上げて言った。
ーオプティマスー
私とアンバーは中央区の商店街を少し抜けたところを歩いていた。
アンバーが立ち止まると、
「ここです」
彼女がそう言うと私はその場を見た。
面積が広く、大勢が入れそうなスペースがある二階建ての建物。
決して豪華ではないが、しっかりとした作り、
その入り口の上に大きな看板があり、『ヘンリー食堂』と書かれている。
そして入り口には『スタッフ募集中』の張り紙があった。
「入りましょう、オプティマス様」
中へ入るとまだそこはオープン前の状態で、
おそらく開店に向けて準備している段階というのがわかった。
誰もいないかと思ったが、
しばらくしたら声が聞こえた。
「あ、少しお待ちください。今行きますね」
優しい声だ。
そう思った。
しばらく待つと彼は出てきた。
かなりの肥満体型に低い身長。
ドワーフ?いや、ドワーフは耳が尖ってはいない。
ということはハーフリング?
そうだとしたらその種族にしては背が大きいと言える。
もちろんヘンテと比べれば小さいことには変わりはないが。
それに太っているだけじゃなく、
なんというか顔も……整っているわけでもない。
セバスチャン先生に言われて以来、
私は自分の顔と他の人の顔を比べ研究した。
自分の顔が多くの人に好まれることを学び、
それを元にどんな顔が好まれるのか、
どんな顔がそうじゃないのかを学んだ。
そのため、
アルドニス先輩は絶世の美女だということもわかった。
私のタイプではないが、
それが世間一般の意見だというのは理解できるようになった。
それにアルドニス先輩は成績優秀かつ武術、魔術にも優れる。
そうだな、『完璧』という言葉が似合う人だ。
逆にこの男は決して大勢に好まれる顔をしてない。
体型を合わせれば”モテる”、”女性受けする”
タイプではないことは明らか。
むしろ、モテない、不人気な見た目だ。
そのため、
アルドニス先輩を好き勝手にできる。
頼み事をすれば彼女はそれに逆らえない。
そんな男がもしいるのならば決して目の前の男ではない。
そもそも、そんなおとぎ話のような人がいるはずがないと
私は思っている。
だが、そんな男が存在するのなら、
それは決してこんな男であるはずがない。
ゆえに次にアンバーが放った一言に驚愕した。
「ヘンリー・ガンテル様、急な訪問で申し訳ございません」
!!??
彼がそうなの!?
「スタッフ募集の件で面接を受けに来たわけ……じゃないよね」
「はい、違います。私たちはミレニアム学園の一年生、ヘンリー様が在籍されてたときと同じく、オメガクラスの生徒です。初めまして、アンバー・スチュアートと申します」
まだ驚きから回復しない私だったが、
なんとかアンバーにならい、
「初めまして、オプティマスと申します」
と言った。
「おお!新一年生か!しかも二人ともオメガ。ははは、一気に学園での思い出が込み上がってくるな……。とりあえず座って座って」
ヘンリーさんがそう言うと、
飲み物を持ってきてくれて、
厨房に入ってあっという間に
ちょっとした料理を作って、提供してくれた。
「さぁ、お食べ」
ヘンリーさんは言った。
「ありがとうございます、いただきます」
「……いただきます」
アンバーが料理をいただいたので私もそうした。
だけどなぜこんなにもフレンドリーなんだ?
ミレニアム学園生ってなだけでここまでするものなのか?
なにっ!?
…………今日、二度目の驚きが私を襲った。
「あら、なんておいしいのでしょう。今まで食べたどんな料理よりも絶品ですわ」
アンバーの言う通り、
その料理のおいしさは今まで食べたどんな料理をも超えていた。
ーサムエル・アルベインー
「サ・ム・エ・ル!どういうこと!?」
ンズリが怒りの形相で迫り、
クレアをはじめ、ほぼ全員が続いた。
「ね、なんでそんなことがあったのを教えてくれなかったの?」
怒っているというよりあきれた顔でクレアが聞いてくる。
「いやー、それはですね、なんと言いますか……」
……この場合はどうするのが正解なんだ?
クレアたちがスパイかもしれないと思って秘密にしてたんだ。
って言ったらどんな反応をされるんだろう?
疑われていい気分なはずがないよな。
ンズリはブチ切れるだろうな。
というか今も相当怒ってるし。
とりあえず疑ってた方面の話は柔らかく包もう。
そして俺はみんなにクレイが何かしらエリヴィナ先輩の弱みを握っていること、
詳しくはわからないがエリヴィナ先輩がクレイに『貸し』があって、
その借りを返す形で、
五月末に行われる舞踏会、ホームカミングに
自分のパートナーになるようエリヴィナ先輩を強要していること、
それを知ったのは昨日だということを説明した。
みんなそれぞれ反応が違ったが、
ほぼ全員が『なぜ』それをすぐに教えなかったのか
ということに不満を持っているのは明らかだった。
中でもシドディが一番落ち込んでおり、
悲しさが滲み出る顔で聞いてきた。
「ね、サムエルはクラスのリーダーでクラスのために誰よりも頑張ってるのはうちは知ってる」
え!?そんなふうに思ってたの?
頑張るどころか早くリーダーやめたいんですけど。
「この前だってサムエルのおかげでクラスポイントが入ったし、学園生活が始まったばっかとはいえうちらオメガは今クラス対抗戦で首位なんだよ!先輩も言ってたけど、こんなの今までなかったって。だからね、それをいとも簡単にやってしまうサムエルってすごいなって改めて思ったの。やっぱりうちらのリーダーはサムエルでよかったって。誰よりもクラスのことを考えてるサムエルがリーダーであるべきなんだって」
そんなふうに思ってくれたんだ。
盛大な勘違いをありがとう。
でも、それ全くもって違うよ。
……といっても『それ全部シドディの勘違いだよ』
と言えるほど俺は肝が据わっていない。
それを言ったらシドディは今にも泣き出しそうだ。
そもそも女の人を泣かすのは嫌いなんだ。
というか女の人に泣かれるとどうしていいかわかんない。
それは母さんでも、姉さんでも、エリザだって同じだ。
泣かれた瞬間に自分が超弱くなっていくのを感じる。
「だからね、きっと理由があると思うの。うちは武器作りにしか能がないバカだから説明してもらわなきゃわかんないの!だってアンバーがあんなにクラスを勝たせるために頑張ってるのに、それが無意味だったってことをサムエルが黙ってるはずがないんだもん!なんか理由があるんでしょう?ね、言ってよ!」
そしてシドディの目から涙が溢れた。
同時に俺の敗北が決定した。
みんなが俺を見つめる中、
俺はこの状況を収める方法を考え、
一つの打開策を思いついた。
「うん、まず黙っていたことは謝る。『ごめん、みんな』。でもシドディが言うように理由はある」
それを言った瞬間にシドディは悲しい表情から希望溢れる表情に変わった。
「俺は信じていたぞ、サムエル。その理由を説明してくれ」
ウェイチェンが言う。
「うん、それはねメリットよりもデメリットのほうが多いという結論に至ったからだよ」
「デメリットのほうが多いの?早めにクレイのやつの計画を暴いてぶっ壊したほうがいいじゃん」
デルタ所属であり、
クレイが勝つことが自分のクラスのためになるンズリが言う。
「それも一理あるのはわかる。ただし、それは確実にその計画をぶっ壊せる場合に限る。俺はまだそれが可能かはわからない。可能性は探してるけどな。どちらにせよ一度始まった挑戦は止まらない。クレイの計画を阻止するために全力を注いで、それでパートナーの確保がおろそかになったら別のクラスが優勝してしまう。よって、俺らのやるべきことは変わらない。優勝を目指して頑張ることだ。そこでクレイがズルをしてエリヴィナ先輩をパートナーにしたという情報を教えたとする。それはモチベーションの低下に繋がるだけ、逆に知ることでメリットになるものは少ない。まぁ、エリヴィナ先輩を誘うことを避けるというメリットはあったかもしれないが、このクラスでオプティマス以外にエリヴィナ先輩を誘う予定のあったやつはいないだろう?」
なんとかそれっぽく説明ができた。
「……確かにサムエルの言う通りね。もうクレイの優勝が決まっている状況ってことが知らされるだけならそれはモチベーション低下にしかならないね。何しても勝てないんだって、パートナー探しも頑張らなくなる可能性はあった」
クレアがいい感じにフォローしてくれる。
「その通りだ、クレア。ありがとう。それにクレイの計画を阻止できなくとも元々アンバーは、唯一クレイを真正面から破ることができるアルドニス先輩を誘えるように全力を尽くしている。それがうまくいけば、この情報は広めないほうがいいんだ。俺らがこの情報を知っていることがクレイに知られれば何か手を打ってくることも考えられるからね」
「でも、サムエル。サムエルとウィンスターが聞いた話が本当なのならば挑戦そのものを不正ということで止めることができるのではないか?そうすればクレイが優勝する手は防げる」
ウェイチェンが言う。
うん、さすがだな。
すぐにそこに気づくか。
「それが可能かはわからない。だが、それにはエリヴィナ先輩が自分が脅されたと先生に明言する必要がある。弱みを握られている彼女がそれをできるとは思えない。そして、可能だとしてもそれはオメガが1000以上のポイントを獲得する機会を逃すことになる。……俺は諦めてないぜ、ウェイチェン。俺らならこの挑戦に勝てると思っている」
紛らわすためにちょっとオーバーに言い過ぎたところもあるが、
空気でわかる。
今の言葉でみんなの俺に対する不信感が消えた。
だが、申し訳ない。
今言ったことは全て、
その場しのぎの本心とはほど遠いものだ。
「ははは、ほらねほらね!うちはわかってたのさ。サムエルに考えがあったんだって。さすがサムエルだね」
腰に両手を当てながら胸を張って嬉しそうにシドディが言った。
「……ね、本当のこと言って。それだけなの?言わなかった理由に私たちも関係しているんじゃないの?」
クレアが言った。
やっぱり頭いいよね、クレア。
今ので完全に騙されないか。
でも、もう泣かれるのも、
嫌な空気になるのも嫌だからうまくごまかさせてもらうよ。
「正直に言うとある。ンズリとクレアは一度も疑わなかったが、最近はグリンデルと絡むようになっただろう?俺は彼のことを知らない。クレイのスパイと疑っても仕方ないだろう?」
「ちょっとサムッチ!それはないんじゃない!デルタで一番クレイを嫌ってるのグリンデルだぞ!絶対にそれはないって、つかダチを疑うとかなんなのマジで!?」
ンズリが怒りの形相で言ってくる。
いや、グリンデルはダチじゃねぇし、
直接しゃべったこともねえ。
何よりも本当はオマエもクレアも疑ってたんだからな俺は。
でも、この反応を見るにそれを言わなくてよかった。
もっと大きな問題になってたな。
「ンズリ」
怒っているンズリにクレアが言う、
「なに!?」
ンズリは怒っているため怒ったような返事になった。
「サムエルが正しいわ。デルタの私たちからすればグリンデルがクレイのスパイじゃないというのはあたりまえだけど、オメガの人たちがそれを知るよしはない。それに本当は私やクレアが怪しまれても文句言えないところをサムエルは私たちは一度も疑わなかったと言った。それで十分過ぎるほどサムエルが私たちのことは友達だと思っているのがわからない?」
クレアもンズリに対抗するためか怒ったように言った。
えー、クレアが味方してくれたよ。
ラッキーだな。
実際は疑ってたんだけどな。
「……ごめん。そうだよね、うちにとって当たり前のことが他の人たちにとって当たり前ではないもんね。怒ってごめんね、サムッチ。でも、グリンデルはクレイのスパイじゃないから!絶対に違うから!うちが保証する!」
ンズリが謝った。
もうだいぶめんどくさくなったからもう終わらせよう。
「ああ、わかっている。グリンデル、キミがクレイのスパイなんかじゃない。二人のキミに対する信頼で伝わった。疑って悪かったな」
握手を求めるように手を差し出した。
「……力持つものを疑うのは戦の定石。我も同じ立場なら同じ行動をしていた。気にすることはない、サムエル・アルベイン」
そして俺らは握手した。
とりあえず、それでなんとかその場は収まり、
どうするかを考えるのは今度にすることに。
今日は楽しもう!となったが、
オメガのもう一人の問題児がそうさせてはくれなかった。
「今すぐクレイと話に行こう!クレイはいいやつだ!ちゃんと話せばみんなに公平なルールにしてくれるはずだ。この英雄王さえ頼めばな」
我鷲丸が言った。
「え?」
「いや、クレイはそんなことで変わるやつじゃないよ」
「そうよ」
「それを達するのは至極難題と思える」
俺が驚き、
デルタの三人は無理と主張するも、
「ダメだ!英雄王我鷲丸!クレイに会いに行く!」
と我鷲丸は告げたのだった。
ーオラベラ・セントロー
・ミレニアム学園にて
今、私はミレニアム学園にいる。
出発した場所に戻ったのだ。
オードリック・ファンさんを追いかけてギルドに向かった私だが、
そこでも会えず、
聞き込みをしたらミレニアム学園に向かったという情報を入手した。
私は馬を飛ばし学園に戻ってきたのだ。
「すみません、オードリック・ファンさんって方はここに来られましたでしょうか?」
いきなり職員室の扉を開けて言う私。
言った後に、自分がなにをしたのかに気づき、
「すみません、すみません」
と謝った。
「大丈夫です。私が対応します」
クイーンさんがそう言うと私のところに来て、
私を連れて職員室から離れたところに移動した。
「どうしたの、オラベラ?」
「すみません、オードリック・ファンさんという方を探していて、ここに来るとの情報があったのでつい……すみませんでした」
クイーンさんは私をじっと見つめた。
「一つ聞いてもいいかしら」
「え?あ、はい、どうぞ」
「あなたは一国の王女、オラベラなの?それとも一人の女、オラベラ?」
「……それはどういう意味でしょうか?」
「好きにとらえて構わないわ。でも答えて」
「……どちらでもあるんじゃないかと思います」
「そう。じゃ、どっちか一つしか選べないのだとしたらどっちを選ぶの?」
「あの……それと、オードリック・ファンさんのことはどう関係するのでしょうか?」
「関係ないわ。私が知りたいだけ。でも答えてくれなければオードリックの居場所は教えない」
つまり居場所を知っている。
王女の私か、
女としての私か。
どちらか一つしか選べないのなら答えは簡単だ。
私は自分の使命を果たさなければならない。
「王女としての私です」
「……そう、つまらない答えね」
「つまらないですか?」
「そうよ。あなたがそう思っている限り、宿命から一生逃れることはできないでしょう。テドニウスのようにね」
「なぜそこでテッド兄さんが出てくるのですか?」
「……あの男も宿命ってやつに囚われすぎていた。一時期そこから抜け出せたようにも思えたが結局は変わらなかった。あなたを見て同じことが起きるのではないかと思ってね」
「どういうことですか?すみませんが、クイーンさんの言っていることがわかりません」
「別に理解する必要はないの。ただし、これだけは覚えといて、もしも一人の女として生きることを選んだら私はあなたの味方になるわ。ふふふ、そうだね、あなたのフィアンセを何度も味見してしまった罪滅ぼしもしなきゃだしね」
え?なにを言ってるの?
一人の女として生きる?
私のフィアンセを味見?
……どういうこと?
「オードリックはフェデリコ・ロッチャー先生と話に来ていたわ。だけどもう帰った」
「え?本当ですか?どこに行ったかわかりますか?」
「知っているわ」
「教えてください」
「そうね、では教えてあげるかわりに私の質問に答えてちょうだい」
「クイーンさん!さっきからどうしたんですか?いつものクイーンさんっぽくありません。なぜそんなに意地悪するんですか?」
「オードリック・ファンに会ったからよ。私たちの最高の学園生活を終わらせた事件の当事者……あの顔を見たら、久々に嫌な気持ちが溢れてきて。震えが止まらないわ。あーあ、このウズきは、一、二回じゃ到底収まらない。……今晩は『あの人』に一晩中抱いてもらわなければ、正気でいられそうにないわ。でも、あの人一人じゃ私の渇きを満たせないでしょう。ふふふ……今夜は、彼の『趣味』に、私から喜んで付き合ってあげようかしら。彼も喜ぶし、私も潤って最高で最低な夜になりそうね」
「な、なにを言ってるんですか!?」
「うるさい!で、どうするの?私の質問に答えるの?答えないの?私はどちらでも構わないわ」
「答えたら教えてくれますか?」
「ええ、約束するわ」
「……わかりました。答えます」
「ふふふ、言ったわね。じゃ、答えて、今あなたに好きな人はいますか、オラベラ?」
「なんですかその質問は。クイーンさんには関係ないことです!」
「答えないのなら、オードリックの居場所は教えません。引き下がりなさいオラベラ『王女』」
なんでそんなことを聞くのよ。
今、自分でもわからない状態なのに、
いや、わかってるけど認めちゃいけないの。
まだ、どうやって彼を安全なところに置きながら
彼といられる方法がわからないの。
それがわからないうちに認めてしまったら私は、
私は自分を抑えられる自信がない。
そんな状態で一緒になれば彼を守れない。
王族、貴族の生活とこの国の政治は残酷で
普通の人はすぐに壊れてしまう。
そんなところに彼を連れて行きたくない。
彼は誰よりも守らなければいけない人だから。
「……好きな人はいま……せ」
「念のために言うが私がその答えを『うそ』だと思ってもオードリックの居場所は教えないわ」
「え?なんで?そんなのクイーンさんにわかるはずないじゃないですか」
「わかるわ。私は恋に生きる女なの。五年前に恋をしてから恋に生き続けているの。恋愛ごとに関して私を騙せると思わないことね」
その瞳はあまりにも真剣でこっちが目を逸らすしかないほどだった。
「……すみません、わかりません」
「なにが?」
「好きな人がいるかどうかがわかりません」
「ふふふ、ふははははは。もう答えを言っているようなものだけど、ちゃんとした答えではないわね。よって教えないわ」
「クイーンさん!お願いします。大事なことなんです。これはある事件に関係していて、」
そこまで言って続きを言うのをやめた。
どこまで言っていいかわからなかった。
学園がクリムゾン・オウルについて知っているかどうかも、
どの程度あの事件と関わっているのかも不明だった。
「そうね、黙っておくのが正解よ。ここの先生たちは『生徒』の味方ではあるものの『そうじゃない人たち』はどうなろうが知ったことじゃないからね。でも情報だけはおいしく頂いていくやつらだから」
「お願いします、クイーンさん。オードリック・ファンさんの居場所を教えてください」
「はぁー、最後のチャンスよ。私の質問に答えて。噂によれば、オラベラが卒業したらテドニウスと結婚することになっている。それが一番国のためになるからって、あなたは国のことを思って、その選択を受け入れようとしていた。……今でもその気持ちに変わりはない?相変わらず国のためを思って、テドニウスと結婚するつもり?」
なんでそのことを知ってるの?
「……私は、……私は、」
「最後のチャンスよ。よく考えて答えることね」
「……それはもうできません。……私はもうテッド兄さんと結婚できません。……しません」
「ふふふ、よろしい。オードリックは中央区にあるドラゴンのはらわたという酒場に向かった。彼は飲むタイプではないから長くはそこに留まらないと思うわ。急ぎなさい」
「ありがとうございます」
私は再度馬を走らせ街へと向かった。
クイーンはオラベラが去った後にぼそっと独り言を言った。
「言ったでしょう、テドニウス。女の心は複雑だと。早速あの子はあなたの思惑から外れていってるわよ」
ーオプティマスー
「ふふふ、あら、お上手ですね。さすがは最強の世代と言われた卒業生様ってところかしら」
「いやいや、僕は本当のことを言ったまでよ。すごく綺麗って」
「ありがとうございます。少し自分に自信が持てますわ」
「何を言うんだ。アンバーのような人なら毎日そう言ってくる人はいるんじゃないか?特に一年生の時は大変だぞ。高学年の男は飢えた狼のように綺麗な新入生を狙うからな」
「確かに毎日誰かしらには言われておりますよ。ただ、クイーンさんやアルドニス先輩と共に過ごしたヘンリー様にそう言っていただけると、少し気恥ずかしいですわ。なんたって説得力が違いますもの」
私とアンバーはヘンリーさんの店で食事をいただいた。
用件を告げたわけでもないのにヘンリーさんは
私たちがオメガの一年生と聞いただけで上機嫌になり、
いろんな料理を振る舞ってくれた。
そのどれもが絶品で、来た目的を忘れてしまうほどであった。
ときどき水を飲み込み、目的を思い出す必要があるほどだ。
私は徐々に話す機会が減り、
会話はヘンリーさんとアンバーが中心になった。
はじめはヘンリーさんをいい気分にさせようと
アンバーは学園で聞いたヘンリーさんの武勇伝を褒めたり、
語ったりしようとしておだてようとしていたが、
ヘンリーさんのそれに対する反応がよくないことを見ると、
食事やレストランの話に切り替えた。
ヘンリーさんがその話で上機嫌になったのを見ると、
そういう話題で攻めまくった。
そしてレストランの話から、食事の話へ、
『学園の食堂のご飯がこんなにも美味しければな〜』
から学園の話に持っていき、
今、オメガクラスの担任はジアンシュ先生だが、
ほぼ仕事をせずに担任の仕事はクイーンさんがやっているという話題に。
そしてクイーンさんが本当に綺麗ですよね〜から、
『アンバーもすごく綺麗だよ』
とヘンリーさんが言うことで流れを作り、
ついさっきアルドニス先輩の名前を出すことに成功した。
近くでその手際を見ると改めて『すごいな』と思わされる。
何よりも自然だ。
狙ったと思えるような会話はないのだ。
来た目的を私が知らなければ
そこに辿り着けないほどだ。
だけどアンバーは確実に目的があっての会話をしている。
そして目的の人物の名前が会話に出た。
どうやってアルドニス先輩の話に持っていくか。
一呼吸をおいてアンバーは言った。
「ヘンリー様、もうお気づきだと思いますが、実はお願いがあってここに来たのです」
素直に言っただと!?
だったらここまでの流れはなんだったんだ?
「うん、そうだろうね。そうなんじゃないかと思ってたけど、このタイミングで切り出すということは『アルドニスちゃん』に関係することかな?」
気づいていただと!?
なぜ?どうやって?
……ヘンリー・ガンテル、
最強の世代の一人……
うん、もうこの人を見た目で判断するするのはやめよう。
「はい、おっしゃる通りです」
そのあと、アンバーは何も隠さずに今回の挑戦についてヘンリーさんに説明をした。
「一つの挑戦で1000ポイント以上が動くだと?それに参加資格を持つ生徒はほぼ全員参加?……でも、ちょい待てよ……」
驚いたように一度は言うもののすぐに考え込んだ。
「……今の時期だからこそ打てる手を打ってきたのか。ポイントの大事さを知らないかつ、ポイントが一番必要な時期に。そのクレイとかいうやつただものじゃないぞ。それに自分で仕掛けたのだから彼には勝つ方法があるということだ」
「ええ、おっしゃる通りだと思います。ですが、一度出したルールを変更できないのも確か。調査済みです。よってクレイが誰をパートナーとして押さえていても、こちらがアルドニス先輩をお連れすれば勝てます」
「なるほどね。それで?僕に何を期待しているかわからんが、頼みごととはなんだ?」
「ヘンリー様にこちらにいらっしゃるオプティマス様と一緒にホームカミングに行くようにアルドニス先輩を説得して頂きたいのです」
アンバーははっきりと言った。
ーサムエル・アルベインー
「ダメだ!英雄王我鷲丸!クレイに会いに行く!」
我鷲丸が言った。
英雄王からなのか、
ただ単にバカだからなのかは置いといて、
一度言い出したらこの男は止まらない。
だけど、我鷲丸をクレイに会わせるということは、
こちらがクレイの企みに気づいていると彼に知らせると同等であり、
クレイに対してサプライズ反撃が行えなくなることも意味している。
……ちょ、待てよ。
俺は元々反撃する気などない。
だって、めんどくさいし。
我鷲丸に行ってもらったほうがいいんじゃねぇ?
そうすれば、
(クレイの企みを止めようとはした。だけど奇襲という翼をもがれた俺では高く飛ぶことはできなかった)
みたいなことを言えるわけでしょう?
と、すればやることは一つだ。
「我鷲丸、わかってくれ、クレイは悪いやつなんだ。話してもわかってもらえるはずがない。余計な情報を与えるだけだ」
俺は我鷲丸に言った。
そう彼に言えば……
「違う!クレイはいいやつだ。パーティーにも誘ってくれたし、楽しい話もした。この英雄の仲間だ。これは何かの勘違いだ。俺は直接クレイから本当のことを聞くまでは信じないぞ」
ってなるよね、英雄王は。
作戦通り。
「かっちゃん!サムエルの言ってることが正しいって。同じクラスのうちらが言ってんだから間違いないって」
「そうよ。クレイはいいやつなんかじゃないわ。今ならわかる。あのパーティーを開催したのも全てはこの挑戦のためだったと」
「デルタの独裁者を気取る悪鬼にはこの我が裁きを下すとしよう」
ンズリもクレアもグリンデルも火に油を注ぐ。
けどな、我鷲丸は友達思いだ。
いくらまわりがクレイのことを『悪』と言っても、
我鷲丸が『善』と信じている限り彼の中でそれが変わることはない。
ほぼみんながしばらくの間、
我鷲丸のことを説得しようとしたが、
彼が意見を変えることはなかった。
ちなみに、ほぼみんなというのは、
ウィリアム、ザラサ、ブヤブ、ウィンスターの四人を除く全員だ。
その四人はこの話に参加せずに
近くでかくれんぼ的なことをして遊んでいる。
俺としてはこの中で唯一俺の思考に追いつけるウィリアムが
この話に乗らないのは助かる。
まぁ、彼はこの話に興味を持たないんだろうな
というところも俺の思惑通りだけどね。
結局、俺が思った通り、
我鷲丸は意見を変えなかった。
「しょうがない。みんな、悪いけど、我鷲丸が一度言い出したら自分で直接確かめるまでは意見を変えない」
うんうん、さすがはウェイチェン王子、
よくわかっている。
「だからせめて最悪の事態を避けるためにみんなでクレイと話さないか?我鷲丸が一人で行ってまた騙されるより、みんなでクレイを追い詰めて本当のことを白状するようにしかけたほうがいいと思うんだ。サムエルの考えていた奇襲ができなくなるのは痛手だけど、我鷲丸がクレイをいいやつだと信じてるうちはクラスとしてはまとまらないだろう?」
「うん、チェンの言う通りだね」
シドディが賛成し、
「にゃははは、それもそうだにゃ」
フェリックスが続き、
「それでいいか、リーダー?」
ウェイチェンが俺に聞くと、
また全員の視線が俺に集まった。
え?まって。
なんで我鷲丸を一人で行かせることから全員行動に変わってんの?
どういうこと?
なぜこうなる?
「サムエル。サムエルのプランをだいなしにしちゃうようでごめん。でも、今は我鷲丸に真実を見せたほうがいいと思う。じゃなきゃ学園に戻ったとき我鷲丸は一人でクレイに会いに行ってもっと酷いことになると思うんだ」
シドディがまた涙目で言う。
今度は俺が泣かせたというより、
俺に対して『ごめん、リーダー』って感じの表情だけど。
クソ……なんでこうなる。
そして俺たちは遊ぶ空気からガラッと変わって、
クレイに会うことになった。
ーオプティマスー
「なぜ僕がアルドニスちゃんを説得できると思うんだ?彼女とは学年が違っただけじゃなく、クラスも違う。彼女は強く、僕は弱い。彼女は頭がよく、僕はバカだ。彼女は学園史上でも上から数えた方が早い大天才であり、僕は学園史上の圧倒的な落ちこぼれだ。ワーストである自信があるぞ。僕はミレニアム学園に間違って入学してしまった『一般人』だ。僕と彼女に接点といえる接点はない」
ヘンリーさんが言った。
確かにそうなのだろう。
ヘンリーさんからは強さが微塵も感じられない。
隠しているとかではない。
おそらく本当に弱い。
バカというのは勉学という意味で言ってるのだろう、
彼が賢くないとかではない。
そして彼には何かしらの才能を持っている。
はっきり何かとはわからないが、
彼が『一般人』ということはない。
それはこの短い時間でわかったことだ。
「はい、ヘンリー様が自分のことを卑下することもリサーチ済みです。ですが、ヘンリー様が何を言われようと学園の歴史において数少ない優勝争いをしたオメガクラスの一員です。歴史に名を残すと言われる大天才が集まったとされる295期生の『最強の世代』で、です。私たちにとっては伝説の人なのです。それに火のないところに煙は立ちません。お聞きしておりますよ。ヘンリー様の活躍でオメガは何度もポイントの減点だけにあらず、退学まで免れたこともあったと。そしてそれら全てはヘンリー様がアルドニス『生徒会長』を説得したからなのだと」
「……」
「もし、それがウソならそうおっしゃってください。それでしたら本当に人違いということになりますからね。私たちも関係ない人の時間を無駄にしたくはありませんですし。……ですが、あなたが本当に私がいくつもの話を聞いた、オメガクラスの栄養管理を完璧に行い、クラスのムードメーカーで、才能で劣りながらも自分にできることを精一杯行い、何度も何度もオメガを窮地から救った私たちオメガの伝説の先輩ならばどうか力をお貸しください。お願いします」
最後のアンバーのヘンリーさんへ向けた言葉には熱がこもっていた。
そして締めにこれでもかというくらいに頭を深く下げた。
私もアンバーにならい頭を下げた。
「アンバー『ちゃん』それはずるいってもんだよ。そこまで言われれば断れないってことをわかっていながら言ってるよね?」
「ふふ、やっぱりヘンリー様は誤魔化せないですね」
アンバーは普段は見せない少し砕けた表情をし、
舌を出し、自分の手で自分の頭を軽く殴る仕草をした。
それがいつものアンバーとギャップがありすぎて
『かわいい』と思ってしまった。
「ははは、怖い子だよ。そういう人の操り方はクイーンを思い出すよ」
「……最高の褒め言葉として受け止めておきます」
「ああ、そうするといい。……わかった。手伝うよ。ただ、成功するかどうかはわからない。僕もいまだになんでアルドニスちゃんが僕の頼みをいつも聞いてくれるのかがわかってないんだ。もうそうで無くなっているかもしれない」
「ふふ、わかってないんですね。おそらくヘンリー様は世界で最も幸運な男の一人ですよ」
「自分が幸運だというのはわかってるつもりだよ。最高の仲間と共に五年間過ごせた。僕の人生の価値観を変えてくれた最高の五年間だった。自分が幸運なのは否定しない」
「では、アルドニス先輩のことは頼んでもいいですね?」
「ああ、話はしてみるよ。ただし、条件がある。あの子が少しでも嫌がったらと僕は彼女に無理をさせない。強くお願いすれば本当は嫌なことでも受けてもらえるかもしれないが、それはしたくない。アルドニスちゃんは普通の人何倍も潜在で傷つきやすいんだ。それに特定の人に深く依存する属性がある。やっと僕から離れられたのにまた僕に近づいたことで前のようになって欲しくはない」
アルドニス先輩が誰かに依存?
そんなバカなことがあるはずない。
あの人が誰かに依存する理由などない。
全てを自身でできるのだから。
「先ほど理由がわかっていないと言ってませんでしたか?その言葉が出るようであれば十分におわかりになっていると思いますが」
だが、私が思ったことを否定するようにアンバーはそう言った。
「僕が学生だった頃、アルドニスちゃんが自分に依存したのは途中でわかった。だけどなぜそうなったのかがわからない。僕は何か特別なことをした覚えはない。ある日、突然そうなっていた。それからは僕の近くにいる彼女は豹変したよ。僕のために本当はやってはいけないことまでしようとしたときもあったほどだ。僕は少しそれが怖くなって、なるべく彼女から距離を置くようにしたんだ」
「そこで彼女を利用しようと思わなかっただけでヘンリー様の良心が知れます」
「良心からなんかじゃないよ。アルドニスちゃんは僕にとって大事な友達なんだ。それに誰であろうとも他者にそこまで依存するのはよくない。自分を失ってしまうよ。僕は前から、そして今でもアルドニスちゃんには自分の道を見つけ、誰にも依存することなく自由に生きられることを願ってるんだ」
「……ヘンリー様、人の幸せはそれぞれです。依存したほうが本人にとって幸せということも場合によってはあるのです」
「だが、それではアルドニスちゃんがかわいそうだ」
ヘンリーさんが今日初めて少し大きな声を出した。
決して怒鳴ったとかではないが、
普段のトーンが優しいばかりに目立ってしまう。
「失礼しました。確かに、そうですね。ヘンリー様がおっしゃる通りです。人は誰にも依存することなく自由に生きられるのが望ましいですね。私もアルドニス先輩にはそうなってもらいたいです」
「うん、そうだな」
それはほんのささやな違和感だった。
ヘンリーさんは気付いてないだろう。
だけそ私はそれがわかった。
入学して以来長いことアンバーを観察した結果かもしれない。
最後の言葉はアンバーの考えではない。
ヘンリーさんに合わせただけだったと。
「そしてご心配なく、ここにいるオプティマス様は現一年生で最もアルドニス先輩と仲がいい男の子です。嫌がることはないと思います。ですが、もしも嫌なそぶりを少しでも見せたら私たちもすぐに諦めるのでご心配なく。アルドニス先輩に嫌な思いをさせたいわけではありませんので」
「うん、そうだな。それだと助かる。それとオプティマスと言ったか。絶世の美男子だな。僕らの代にいたアルファのアンソニーに似ているよ。ああ、もう卒業しているからアンソニー王子殿下と呼ばなくては。アルドニスちゃんと仲良くしてくれてありがとう。本当に繊細な子だから彼女を傷つけないように気をつけてね」
久しぶりに話を振られた。
「はい、もちろん心得ております」
「では、具体的にどうするか段取りを決めようか」
「はい、お願いします」
「お願いします」
ヘンリーさんはアルドニス先輩と話してくれるそうだ。
だが、この会話で私が見ているアルドニス先輩と
ヘンリーさんとアンバーが見ているアルドニス先輩に
大きな違いがあることに気づいた。
アルドニス先輩は完璧だ。
なに一つ欠点がない。
セバスチャン先生の次に見習わなければならない人だ。
そんな人がまさかヘンリーさんとアンバーが語るような人であるはずがない。
そのとき私は強くそう思っていた。
ーオラベラー
ドラゴンのはらわたに着いた私はまたもや手遅れだった。
そこでまたやもオードリック・ファンさんがどこに行ったのかを聞き、
再度彼を追うことに。
こんな調子で一日中、
巨大なホワイトシティを駆け回っている。
それに移動する途中で小さなトラブルに何度もあった。
歩きでの移動の最中に二度ほどこけて、
馬での移動の最中は馬が足を怪我して落馬した。
それと近道と思って通ったところが行き止まりだったりと
小さな不運が立て続けに起きた。
日が沈み、もう夜という時間になって私は次の目的地に着いた。
ホワイトシティを出入りする門の一つ、
細く言えば門を出た先にある軍の駐屯所に。
文字通り街の端まで来たのだ。
軍の駐屯所ということもあり、
上官たちは私が誰なのかを知っている人が多かった。
私はすぐに用件を伝え、
彼らはすぐに答えてくれた。
「申し訳ありません。オードリック・ファンは既にここを去りました」
……またか。
ここに来たってことは街の外に出たってことなのだろう。
……一人で街の外まで探しに行かなければならない。
それはできれば避けたかった状況だ。
でも、今の私にはそれが可能。
お姫様のときにあった、
『護衛無くしては街の外に出ることはあってはなりません』
がない。
ミレニアム学園生になった今、出ようと思えば出れる。
「それと危なくないと思っていても一人での行動は避けたほうがいい。誰かを誘えるならそっちのほうがいい」
そう思っているとウィリアムくんの言葉を思い出す。
私じゃなくとも夜に一人で街を出るのは危険だ。
王国の王女が一人で移動しているなんて知れたらなおさらだろう。
(誘えばよかった……)
私は一日中考えていたことを頭の中で初めて言葉にした。
今日は移動してばかりの、
結果が何も伴わない、
挙句の果てにクイーンさんにいろいろ言われた嫌な日。
それでもウィリアムくんと一緒にいれば
それら全てどうってことないことだった気がする。
ブヤブくんがいれば面白い芸で場を面白くしてくれただろうし、
ザラサちゃんいれば
『ボスあれはなんなのです!?』『ベラベラあれを見るのです!』
と終始笑顔でみんなを明るくしてくれただろうし、
ウィリアムくんがいれば……、
ウィリアムくんがいればどんなところだって最高の場所に変わる……
……でも、ダメ!
決めたんだから!
彼らを危険な目に合わせないと!
だから、
「すみません、オードリック・ファンさんがどの街に向かったのかはご存知ですか。ご存知でなければ向かった方面でも構いません」
だけど、聞いた答えに私は驚いた。
「いいえ、オラベラ王女殿下はおそらく勘違いされていると思われます。オードリック・ファンは他の街に行っていません。再度街に入って行ったのです」
「え?ホワイトシティの中に戻ったんですか!?」
「はい、おっしゃる通りです」
なんで?
って私はそもそもオードリック・ファンさんの予定を知らない。
門に来たから街を出たと勝手に勘違いしてた。
それならば、
「街のどこへ向かったのかは知りませんか?」
「ええ、存じ上げております。『一度ビランシア教会に戻る』と、彼はそう言っていました」
「え?」
そして私は一日中街を駆け回ったあとに、
最初に訪れた場所であるビランシア教会に戻らなければならないことを知った。
それまで続いていた集中が切れ、
疲れがどっと来た。
ーオプティマスー
その後、アンバーとヘンリーさんは話し合い、
私の予定も確認し、
来週の日曜にアルドニス先輩をこの店に誘うことになった。
もちろんそれにはまずアルドニス先輩の承諾をもらう必要がある。
それが決まるとすぐにアンバーは話を切り替え、
今の学園について、
特にオメガクラスがお世話になっているクイーンさんの話をいっぱいした。
ヘンリーさんはそれを嬉しそうに聞いていた。
自分の武勇伝を聞くのは好きじゃないようだが、
同級生だった仲間の話は好きらしい。
かなり嬉しそうだ。
それがわかったアンバーは途中から
他のオメガの最強の世代についてのお話が聞きたいと言い、
ヘンリーさんは自分のことのように誇らしい感じで彼らについて語った。
クラスのリーダーにして完全無欠の大天才、テドニウス・ハニガン、
最強の武力を誇った、マーシャル・ゲラー、
最速の男、バルニー、
気高い獅子科の獣人の戦士、ロビン、
クラスの心臓、トレイシー
クールを装いながらもいつもみんなの面倒を見ていたクイーンさんについてだ。
だけど、ヘンリーさんは自分の話と、
レッド・デーモンを捕らえたという
もう一人の四英雄『リリエ』については全く語らなかった。
「ははは、おもしろいなアンバーちゃんは。でもやっぱりどことなくクイーンに似てるよ。クイーンに気品さを足して、妖艶さを引いたような感じだ。
「あらま、ヘンリー様。もっと妖艶に接して欲しいということかしら?」
ヘンリーさんに体をぐっと近づき、
上目でヘンリーさんを見つめながらアンバーは言った。
「男みんなが自制が効くわけではない。言動と仕草には気をつけてね、アンバーちゃん」
それを女慣れしているかのように優しくいなすヘンリーさん。
うーん、女慣れしているのだろうか?
やっぱり底が知れない男だ。
「ふふふ、ありがとうございます。はい、気をつけますね。そして気づけばもうこんな時間に。ヘンリー様とお話しするのが楽しくて、思っていた以上に長居してしまいましたわ。私たちはそろそろ帰りますね」
「分かった。二人とも気をつけて帰るんだよ」
「はい、気をつけます。何から何までありがとうございました」
「今日はありがとうございました、ヘンリーさん」
アンバーと私はお礼をすると出入り口に向かった。
そこで私は改めてそこに貼られていた紙に目を向けた。
『スタッフ募集中』
「ヘンリーさん、つかぬことをお聞きするようですが、このスタッフ募集というのは継続しているのでしょうか?」
「ああ、まだ募集している。面接に来る人は多いけど信頼できそうな者が少なくて困っている状況だ。オープン前には信頼できる従業員を揃えたいが、今のところは難しそうだ」
「一人、信頼できる者を知っています。私も彼女がヘンリーさんのところで勤められるのなら安心できます」
「そうなのか、じゃ、面接に来るように伝えてくれ。なんて言う名前なんだ?」
「ミランダです」
「ミランダね。だけどキミの紹介からって特別扱いしないよ。ちゃんと面接は受けてもらう」
「はい、それで構いません」
「うん、じゃ、また」
最後にもう一度ヘンリーさんに感謝し、
私とアンバーは馬車乗り場に向かって歩き始めた。
外はもうだいぶ暗くなっていた。
「その『ミランダ』という方がオプティマス様の想い人なのでしょうか?」
アンバーは聞いてきた。
「……そうだ」
「ふふ、隠さないのですね」
「隠す必要がない」
「そうですか、オプティマス様のプライベートに口出しするつもりはありませんが、学園内ではミランダ様との関係を秘密にしていただけませんでしょうか?」
「なぜだ?」
「オプティマス様は一年生ながらも美男ランキング3位に入るほどの整った顔立ちをもち、なおかつ礼儀正しく気品のある立ち振る舞いをします。あなたに恋焦がれる女子は現時点で数人おり、学園生活が進むにつれ増えることでしょう。彼女らはあなたの大きな味方になってくれます。ですが、あなたに既に恋人がいらっしゃることを知られてしまうとその数は減りますし、恋人がいる人に深く思い入れする子もそう多くはありません」
「私にとってはそれは問題ではない。そういう人の想いで遊びたくはない。私には不必要だ」
「あなた個人にとってはそうかも知れませんが、クラス単位、いいえ、私とあなたの協力体制においては必要な、大きな力です。オプティマスに恋する女子が私に相談を持ち込めば、持ち込むほど多くの情報が手に入るのです」
「……それは私の好きなやり方ではない」
「ええ、わかっております。ですが、私があなたを支えるためにも我慢してはくださいませんか?」
アンバーのお願いをどうするか考えた。
アンバーの言った理由でなくとも、
ミランダとの関係を知られたほうがいろいろと面倒だと思った。
それならばアンバーにそれを利用させるのも悪くない。
私はそもそもミランダ以外に興味がないし、
他の女が私に好意を持ったところで私の知ったことではない。
「……わかった。学園の中ではミランダのことは内密にする」
「ありがとうございます」
本当にくえない女だなと改めて思ったところで、
道の逆側を男3人組が通った。
急に何かを思い出すように頭の中に映像が流れた。
素手で戦っている光景だった。
その相手は先ほどの3人。
そして、思い出す。
彼らがミランダを襲った3人組だったと。
(こ・ろ・せ……)
ーサムエル・アルベインー
俺たち、12人の大所帯はクレイを探し始めた。
ンズリとクレアが言うには、
週末になるとクレイは寮にいないのが普通で
日曜の夜遅くまで帰ってこないとのこと。
だから週末のデルタ寮は平和で好きとも言っていた。
で、学園にいないのならどこにいるの?って話になると、
「いや、それはしんねぇし。クレイなんて何してようが知ったことじゃねぇし」
「知らないわよ。私たちの近くにさえいなければ私はそれでいいんだから」
ってことだった。
手掛かりねぇじゃねかと思っていたところ、
「我は漆黒の闇に包まれた雄の安らぎの間で耳にした。『クラブ』なるものに悪の集団が訪れることを」
グリンデルが言った。
やっぱこいつ話し方がかっこいいな。
「闇に包まれた、雄の安らぎの間?ええと、夜の男子部屋ってこと?」
シドディが聞いた。
「いかにも」
「キャハハハ!わかりにくっ!!普通に言ってよ、グリグリ」
いつの間にかシドディはグリンデルのことをグリグリと呼ぶようになった。
それにそうか今のはわかりにくいのか。
かっこいいと思ったんだけどな〜。
「それにしても『クラブ』か。どのクラブかは言っていたか?」
ウェイチェンが聞いた。
「そこまでは……」
少し落ち込んだようにグリンデルが言った。
話してたけど覚えていない感じなのか。
「サムエル、俺はホワイトシティに詳しくはないが、クラブはたくさんあるのか?」
ウェイチェンが聞く。
「そうだね、俺もクラブに関して詳しくはないが、数はあるね」
そう答えるとみんな困った顔をした。
「だったら、クラブをハシゴしながら見てまわればいいんじゃね?元々は時間になったらみんなでクラブに行って朝まで踊る予定だったろう?予定が元に戻ったと思えばいいさ」
ウィリアムが言うと、
「ウィリ、マジ天才!超好き!」
とンズリが言って、
「そ、そうね。ウィリアムがそう言うならそれがいいんだろうね」
なぜかクレアが照れながら言って、
彼女らに続けてみんなが賛同した。
そこからはクラブに入っては、
少し飲んでは踊り、
クレイがいないのを確認すると次の店に行く。
入るのに長列がある店もあったが、
そこはアルベインの長男って家柄を使って並ばずに入った。
それが通らない店にはドアマンに大量のチップをウィリアムが渡し、
どの店にもすぐに入れた。
中央区にあるクラブからはじめて、
裕福区、貴族区と徐々にランクを上げていった。
冷静に考えると貴族区は不要だったように思う。
だって、クレイたちのグループに貴族はいないんだから。
もういくつ目の店かわからなくなるほどに
アルコールが入っており、
徐々に俺を含めみんなの思考が鈍り始めたのは雰囲気でわかった。
でも楽しさに逆らえずに次の店、次の店へと進んで行った。
途中、クレイを探す目的も薄れていった。
最終的に俺たちはミレニアム区に着いた。
そして、誰が何か言うまでもなく自然とあの夜に訪れた
ホワイトシティNo.1クラブ『ルミナーレ』へと足を運んだ。
列は俺とウェイチェンの名前でなんとかなり、
高額な入場料はウィリアムとウェイチェンが支払った。
ここの入場料は一般の人には高く、
ウィリアムが「これはクラスのため」と
説得したことでオメガのみんなは納得した。
ンズリとクレアはもうウィリアムに奢られるのが当たり前になっているのか、
驚きはせずに、むしろグリンデルに気にしないでと説明していた。
「ウィリ、ありがとう。お礼になんでも言ってね。うち、『なんでも』してあげるからね」
とンズリが言って、
「うん、そうね。お礼をするのは大事。だからウィリアム、ンズリで足りないようだったら私も『なんでも』してあげるから言いなさい」
とクレアが言うと
「ちょっと!部屋で話した内容と違うじゃん!」
「いや、別にウィリアムが何も言わなければ私からはなんもしないわよ」
「言われればするってことじゃん!」
「まぁ、それは……」
って酔ってるからなのか、
それとも本気なのかがわからない会話をし始めたので、
ウィリアムがそれを止めて俺たちはクラブに入った。
そして入ると、
あの夜の記憶が込み上げるのと同時に
当たり前のことのように
クレイとその一味がVIP席に座って飲んでいた。
というか当たり前だよな。
このクラブを貸し切りできるほどのコネがあったってことは、
このクラブにいる可能性が最も高かったはず。
少し考えればわかることじゃん。
クラブをハシゴする必要がなかった。
ここから探し始めればよかった。
そもそもハシゴしようと言ったのは……
俺はウィリアムを見た。
その目線で俺が言いたかったことが伝わったのかウィリアムは笑った。
……またしてもあいつにやられたのか。
理由は……
いや、多分今回は深い理由はねぇな。
あいつは遊ぶ目的から外れた俺らを
遊ぶ目的に軌道修正した……とかだろう。
もっと早く気づけたと思うんだけどな。
やっぱり酔いとはよくないものだ。
ーアンバー・スチュアートー
「オプティマス様!オプティマス様!」
何度呼びかけても、返事をしてくれない。
まるで人が変わったかのように、
私を無視をして貧困区方面にこの男は歩き出した。
「オプティマス様!早すぎます!その速度に私はついていけません」
ついていけなくはないが、
女性と一緒に歩く速度ではない。
私は疲れ、苦しんでいる仕草をした。
そして案の定オプティマスは立ち止まって私の近くまで来た。
何をそんなに焦っているのかはわかりませんが、
一度冷静になってもらいますわよ。
「ついてこいと言った覚えはない。オマエはもう帰れ」
は・い?
何その話し方。
それに私をオマエ呼ばわりするなんて、
少し頭に来ましたわ。
いいでしょう、
あなたの弱みも握るのはもう少し先にする予定でしたが、
それが前倒しになったところでかまいやしません。
その変化の原因を突き止めるとしましょう。
「オプティマス様、お言葉ですが、女性がこんなところに一人になればどうなるのかは目に見えてます。私は今、オプティマス様に守ってもらうほかないのです。それに私たちがここで何をしているのかさえ教えていただければこのアンバー、オプティマス様の役に立って見せます」
まだ、中央区を出てはいないが、
そろそろ貧困区に入る。
あながち嘘ではない。
か弱き乙女が一人で歩くのには十分危険な区域と言える。
「男三人組を追っている。付いてきたければ好きにしろ。ただ、オレの邪魔をするな。奴らを逃したら容赦せんぞ」
オレ?
本当に人が変わったかのようですね。
……おもしろい。
見せてもらいましょう、
あなたの本質を。
「かしこまりました。頑張って付いていきます」
オプティマスのやつは女の私のことを一切考慮せず、
男の早歩きで歩き続けた。
体力向上のトレーニングをしていなかったら付いて行くことは不可能だった。
いざのためを思って鍛えていたのが功を奏した。
といってもこっちはヒールなので足が激痛というのは変わらないが。
そして私たちは貧困区の奥深くまで入った。
だけどその過程で私は一度もその男たちのことを見ていない。
本当に誰かを追いかけてるの?
と思ってしまうほどに。
それでもオプティマスは止まらなかった。
彼には私に見えない何かが見えているのだろうか?
でなければ気味の悪い妄想なのかしら。
突然彼は立ち止まった。
あまりにも急だったため
彼とぶつからないようにするので精一杯だった。
彼の次の動きを待ったが彼は微動だにしなかった。
「オプティマス様?」
恐る恐る彼の前に回った私は恐怖に駆られた。
(誰?)
そう思ってしまうほどにその顔は豹変しており、
悪意と怒りに満ちているのが伝わる恐怖の表情だった。
「……オマエのせいだ」
「え?今なにを?」
「オマエのせいだと言ったんだ!!」
路上で怒鳴られた私の身はすくんでしまい、
その恐ろしい形相で近づいてくる彼に対して
心が恐怖心で埋め尽くされた。
「オマエのせいだ!オマエのせいだ!オマエのせいでやつらを逃したんだ!!!」
オプティマス様!オプティマス様!
頭で考える、話そうとする。
なんとかこの状況を逃れようとする。
でも、言葉が出ない。
自分の一番の武器が恐怖によって封じられた。
聞いてさえくれればこの状況を打破する自信がある。
少しでも私に魅力を感じてくれていたら自分の好きに操れる確信がある。
でも、私は恐怖で最大の武器が機能しなくなり、
目の前の『なにか』は私に悪意以外の感情を持ち合わせてはいない。
「……ろ…せ。…ろ…せ。」
ぶつぶつ言いながらそのなにかは近づいてきた。
恐怖で身動きは取れない私は、
そのなにかが近づくにつれてぶつぶつの内容が聞き取れるようになる。
「こ・ろ・せ」
……私は死ぬんだ。
なにも遂げられず、
なにも叶えられず、
汚れた、糞のような街の薄汚い路上であっけなく死ぬんだ。
ふふふ。
少し笑えた。
今までの私の努力はなんだったのだろう。
そしてクラスメイトの皮を被ったその『なにか』は目の前まで来た。
ーオラベラ・セントロー
体力的に疲れたというのもあるが、
それよりも精神的に疲れていた。
小さい頃の私ならパパの腕に飛び込んで
落ち着くまでぎゅっとしてもらいたい気分。
今ではもうできないけど、
エリザとアラベラも慰めてはくれるんだろうけど、
……なんか違う。
なんかこうもっと頼れる感じの……
……自分でなにを誤魔化してるんだろう。
私一人が頭の中で考えてることなんだから別にいいじゃん。
本当のことを言えばいいじゃん。
『ウィリアムくんの胸に飛び込んで、慰めてほしい』って。
ふふふ、はははは。
……頭の中であってもめっちゃ恥ずかしい。
やばい、顔熱い。
もう時刻は真夜中に近い。
そろそろ土曜日になる。
土曜日の夜、
フェリアンさんの護衛担当は私なんだよね。
あー、いきたくないな。
遊びたいな、
アラベラとエリザと食べに出かけたり、
ザラサちゃんとお散歩したり、
ブヤブくんの芸を見たり、
ウィリアムくんと一緒にいたい!
……私、なんでこんなことをしてるんだっけ……
街のため、
王国のため、
人のため。
そうだ。
私には使命がある。
私は普通の子じゃない。
この王国の王女にして、次期女王。
私は使命を果たす。
それを思い出すことでなんとか自分を立て直そうとするも、
ほぼ効果はなかった。
ビランシア教会に到着すると、
私は馬を停めて、
持っていた最後の馬用のおやつ(にんじん)を馬に与えた。
今日は随分とこの子を走らせた。
感謝しかない。
教会に入るとすくに先ほどのシスターに会った。
オードリック・ファンさんについて聞いたら、
「はい、戻っておられますよ。ここを発つ前に戦友をお別れのあいさつがしたいとのことで、今、教会の裏庭にある墓地で祈りを捧げておられます。先ほどもオードリックなら本日中にここに戻って来ることを伝えようとしたのですが、オラベラ王女殿下がすぐに出て行かれてしまって……」
え?じゃ、ここで待っていれば最初から会えたってこと?
今日の私の行動って全部むだってこと?
それ聞いて倒れそうになった私を
もう一つの内容がなんとかそれを食い止めた。
いる?
……いる!
いる!!
やったー!!!
「ありがとうございます、会いに行ってもいいですか?」
「ええ、もちろんです。ただし、お祈りの邪魔はしてはいけませんよ。話しかけるのはお祈りが終わるまで待ってくださいね」
「はい、わかりました。ありがとうございます。行ってきます」
そして急いで、ビランシア教会の裏庭の墓地に出た。
結構広いところで神官たちの墓地となっているようだ。
少し歩くと、とある霊標の前で膝まづきお祈りするクレリックがいた。
特徴から彼がオードリック・ファンだということがすぐにわかった。
お祈りの邪魔をしない距離を保ちながらもできるだけ近づいた。
オードリックさんの祈りは真剣で神秘的だった。
本当にビランシア様と話しているのかとさえ思えてしまうほどに。
本来なら、その光景に私の心は落ち着きで満たされていたのだろう。
だけど、違った。
嫌な気持ちが込み上がってくる。
鳥肌が立ち始める。
心臓がドクンドクンと聞こえるほどに落ち着かない。
神経が研ぎ澄まされる。
どうして?
なにが起きてるの?
そこで私は気づいた。
教会の上で『刀』を抜いて立っていた『赤鬼』に。
赤鬼は教会の上から飛び降り、
そのままオードリックさんに切り掛かる動作を空中で取った。
「危ない!」
叫ぶのと同時に体は動いていた。
間に合うかどうかわからない。
でも、守りたい!
もう誰も死なせたくない!
そして私はなんとか間に合い、
オードリックさんと赤鬼の間に入り、
剣で赤鬼の一撃を食い止めた。
だが、その一撃は重く、
体勢を完全に崩された。
「我が『赤鬼』だ!」
その一言と同時に『偽赤鬼』の剣は振られた。
……間に合わない
体勢を崩した私にはそれを止める術がなかった。
……ごめんなさい、みんな。
ごめんなさい、お父様、お母様、アルト。
アラベラ、エリザ、姉さん。
ごめんなさい。
ごめんなさい……ウィリアムくん。
もっと早くこの気持ちを認めるべきだった。
それをあなたに伝えるべきだった。
もっとあなたと一緒にいたかった。
ずっとあなたといたかった。
金曜日が終わり、
土曜日になったことを知らせる
教会の鐘が鳴る音が聞こえる中
偽赤鬼に刀は振り抜かれ、
私の体は赤く、
血で染まった。
キャラクターイラスト:シドディ
キャラクターイラスト:グリンデル
キャラクターイラスト:クイーン
イメージイラスト:質問と答え
イメージイラスト:迫る偽赤鬼




