55.トカゲのしっぽ
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足が拘束されてしまっており、肩越しにしか後ろを見ることができない。
微かに見えるダンゲルは帰ってくる様子もなく、全力疾走で遠ざかっていた。
引き返してくる期待のない後ろよりも、どうにかしないといけない前方見つめる。
粉塵が雨と風にかき消され、獣人集団の姿が見え始めていた。
先頭に並んでいたオーガやゴブリン達はファイアボールの連発で周囲に吹き飛ばされて倒れていた。
残る数はゴブリン三体、オーガ四体。
ゴブリンは位によって強さが上下するが、オーガは一番弱いと言われる位でも冒険者のCランクに該当する。
それが、四体。
それに対する自分は足を拘束されて、身動きも十分にできない。
状況は絶望的だった。
どうするどうするどうするどうする?
ダンゲル達の言葉や焦燥感によって、頭は真っ白になり上手く回らない。
どうする?
なにができる?
戦う?
勝てる?
逃げなきゃ?
どうやって?
一体でもオーガの射程に近づかれてしまえば、魔術師である自分の非力さではどうしようもなくなってしまう。
ドウシヨウ……?
モウ……ドウシヨウモナイ……アキラメヨウ……
ワタシハ……ナニモ……デキナイ……
アノ……トキモ……イマモ……
ナニモ……カワラナイ……
心が黒く暗く塗りつぶされていく。
目の前も暗くなっていき、目を開けているのに何映さなくなっていく。
私は何もできない……の?
全身から力が抜けるような感覚に襲われる。
咄嗟に手に持つ杖の先を地面につけて倒れることは避けた。
杖の周りは最初に込めた魔力が淡く光っている。
これは杖に魔力を込めておくことで魔術の威力を底上げてしてくれるスキルの一つ。
まだ効果時間が来ていないようだった。
……効果時間……?
足元の足を拘束している蔓を見る。
『蔓の呪縛』
魔力によって作り出した蔓によって対象を拘束する“魔術”。
思考が諦めかけていたことで、逆に焦燥感が取り除かれゆっくりだが頭が回りだす。
魔術であるからには魔力で作られていて、それを維持する力も有限である。
あの魔術師がどのくらい魔力を込めていったのかは不明だが、魔術である以上ヴェインバインドにも効果時間があるはずだ。
あの魔術師の技量と魔力量では効果時間を無限にすることはできないと判断できた。
いつの間にか顔を俯けていたらしい。
何も映さなかった目が地面を捉える。
右手で持って、体を支えていた杖に左手を添える。
一つ一つできることを確認して実行していく。
俯けていた顔を上げて獣人集団の様子を確認する。
その目からは諦めるという雰囲気を感じ取ることができない。
こちらの人数が減っていることは気づいているだろうが、ファイアボールを放った魔術師が残っているということで不用意に近づいてこれないようだった。
足元のヴェインバインドも、ここが草原で草が生い茂っていることもあり気づかれていないのかもしれない。
あちらの状況は希望的観測であることも大きいが、あながち間違ってもいないだろう。
(この状況を利用して、少しでも時間を稼ぐ。
ヴェインバインドの効果が切れたら、まだ逃げれる可能性がある!)
目標が定まったら、次は実行だ。
両手で握りしめた杖に再度魔力を込めて地面を叩く。
するとより一層杖の光が強くなる。
獣人集団にここは通さないと言うように杖を突き立て威嚇する。
本当の状況は嵌められて突っ立っているしかない状態なのだが、相手に悟られないように見栄を張る。
もう後ろを気にしていられない。
全力で目の前のことに当たる。
こちらの覚悟と準備ができたころ、一番後ろのオーガが指示を出したのかゴブリンがこちらに向かってくる。
足元が拘束されているのを気づかれないように、近づかれ過ぎてはいけない。
だが、こちらの魔力にも限界があり、魔術を不用意に使うこともできない。
すでに、ファイアボールを三発放っているのだ。
減った分の魔力は全然戻っていない。
(魔力消費の少ない魔術でこちらに近づかせないようにして時間を稼いでみせる)
ゴブリン三体が恐る恐るといった感じで近づいてくる。
ゆっくり近づいてきてくれるのなら、こちらとも好都合。
近づかれ過ぎは問題なので、
「風よ!ウィンドショット!」
風の塊を真ん中のゴブリン目掛けて放つ。
当たったゴブリンは吹き飛ばされて、他のゴブリンを巻き込んで倒れる。
だが、魔力消費の少ない初期魔術であることから、それだけでゴブリンを倒すことはできなかった。
多少傷を負ったであろうが、ゴブリン全員が立ち上がった。
またオーガの指示が出たのか、ゴブリンの一体が少し下がっていった。
残った二体は再度こちらを警戒しながら近づいてくる。
ファイアボールのように、威力があって爆発で吹き飛ばす効果のある魔術を使いたいが、魔力の消費が激しすぎる。
それに今は雨も降ってきているので、火属性のファイアボールは威力が下がってしまう。
「石の礫よ!ストーンブレット!」
杖の先から石の塊が飛び出し、1体のゴブリンに突き刺さる。
倒れるゴブリンを見て、残ったゴブリンは尻込みしたようで、その隙を逃さない。
「水よ!集まりて敵を穿て!アクアスパイク!」
魔力が放たれ、ゴブリンの周囲に水の膜が張られる。
膜からゴブリンに向かって水でできた杭が伸び、ゴブリンを貫く。
雨のお陰で魔力の消費が抑えられ、威力が上がったようだ。
ゴブリンを倒し、残るはオーガのみとなった。
まだ、足を拘束しているヴェインバインドは切れない。
ゴブリンが思ったよりも弱かったので、魔力の消費を抑えることができた。
一番後ろのオーガが手を上げると、二体のオーガがこちらに歩き出した。
人だと両手で持たなければいけなさそうな斧を軽々と片手で持っているオーガと反りの大きい片手剣を持ったオーガだ。
ゴブリンが慎重に進んできたのに対して、オーガは余裕があるように進んでくる。
魔術を恐れている様子もなく、確実にこちらに死を届けるカウントダウンとでも言うかの様にゆっくりと進んでくる。
「石の礫よ!ストーンブレット!」
前を歩く斧持ちのオーガに石の塊が飛んでいく。
「笑止」
そう言って、体を捻るだけでストーンブレットを回避されてしまう。
「風よ!ウィンドショット!」
次は見えない風の塊を放つ。
しかし、オーガ達は歩みを止めない。
前を行くオーガが斧を振りあげ、軽く振り下ろす。
それだけでウィンドショットは迎撃されてしまった。
「ゴブリンどもと同等と思わないことだ。
このような下級な魔術が我らに通じると思うな」
オーガが斧をこちらにかざし言ってくる。
「水よ!アクアショット!」
オーガに高速で水の塊を放つ。
しかし、オーガは恐れる事もなく、斧を持っていない空いた手を掲げ、アクアショットを止める。
「効かんと言っているだろう」
オーガが少し不機嫌そうになりながら告げてくる。
「くっ」
確かに魔力の消費を抑えるために下級魔術を放ったが、それでも余分に魔力を込めて、さらには雨からの威力上昇も含まれたアクアショットだったのだ。
「風よ!集いて暴れよ!エアロバースト!」
杖に魔力を込め、オーガに向けて一気に解き放つ。
オーガを中心に風が吹き荒れ、鋭い風の刃がオーガを襲う!
雨で湿った地面にかかかわらず砂塵を巻き上げる。
もうもうと立ち込める砂塵でオーガの姿が見えなくなってしまった。
砂塵でオーガが見えなくなり、晴れるのを待つ。
せめて一人は倒れていてほしい。
しかし、
ザッザッ
規則正しく鳴らされる足音。
砂塵が晴れる前に、歩き出てきたのは無傷のオーガ。
斧持ちのオーガに続き、片手剣持ちのオーガも無傷だった。
「なっ……!」
驚きに目を見開いてしまう。
まだ、魔術の道に入ってから日が浅く覚えた魔術も多くはない、それでもエアロバーストは使える魔術の中でも威力の高い部類に入る。
何度もこの魔術でモンスターを倒してきた。
それがあのオーガは無傷。
「今のはなかなかよかった。
さあ、どんどん足掻くがいい!」
オーガが余裕そうに、告げてくる。
オーガとの距離はまだあるのに、一気に追い詰められた気分だった。
また焦りから頭が真っ白になりそうになる。
(落ち着け落ち着け落ち着け。
くぅぅ。
まだヴェインバインドは切れないの?)
「地よ!岩を呼びて、槍とならん!グレイブ!」
オーガの目の前に岩が隆起し、鋭い槍となって襲い掛かる!
それをオーガは斧を横に一閃し、消滅させる。
「……ウィングブレード!
……アイススパイク!
……アクアスプレッド!」
魔術の詠唱を矢継ぎ早にこなし、オーガに向け発動させる。
風の刃が、大きな氷の杭が、水の濁流が次々とオーガに襲いかかる。
オーガは歩を止めず、にやりとしながら斧を振り回し魔術を迎撃していく。
どうすれば……どうすれば……
来ないで!
こっちに来ないで!
……コナイデ
扱える魔術で威力の高い物はほぼ打ち尽くしてしまった。
体に残っている魔力ももう残り少ない。
あとできることは……
一度目を閉じて、呼吸を整える。
目を開けてオーガを睨みつける。
もう距離は十メートルほど。
オーガの身体能力ならば一瞬で詰めることもできるだろう。
それをしないということは、遊んでいるのだ。
いつでも殺せるからと。
足の拘束もまだ消える気配はない。
ここまで近づかれてしまえば、拘束が解かれ逃げ出しても追いつかれてしまう可能性が高い。
あの魔術師は予想以上に優秀だったのかもしれない。
この魔術の継続時間に、自分たちが逃げる時間稼ぎ。
十分に逃げる時間は稼げたと言ってもいいだろう。
自分は助からないが……。
最初からこうなると言っていた。
自分にギルドで声を掛けた時点で罠だったのだ。
あそこで承諾した時に運命は決まってしまっていた。
せめて死ぬのなら……
今現在で一番威力の高い魔術は火属性魔術フレイムバースト。
火属性なので雨の影響で威力が削がれてしまう。
けれど、これに残った魔力を全部注ぎ込む。
フレイムバーストは炎で敵を幾重にも包み込み、最後に膨張した空気を一気に爆発させる魔術だ。
この距離でオーガに放てば、自分も巻き込まれるだろう。
死ぬのなら……道連れにしてやる!
最後の魔術だと魔力を搔き集め、詠唱を始める。
「火よ!我が前に……」
だが、それは叶わなかった。
ヒュッ!トスッ
風切り音が聞こえたかと思うと、左肩に熱せられた鉄を押し付けられたように熱が生まれる。
目を向けるとそこに矢が刺さっていた。
目の前のオーガも驚いたような顔をしたあと、目だけで後ろを伺っていた。
その目線を追うと、一番奥にいたオーガが傍らにいるゴブリンに弓を射らせたようだった。
最後のゴブリンは弓兵だったのだ……。
あのオーガが集団の隊長格なのだろう。
「つまらん。
さっさと終わらせろ」
そう指示を出したのが聞こえた。
「くっ……」
矢の痛みで詠唱が途切れてしまう。
搔き集めた魔力も霧散してしまった。
右手で傷口を押さえるが、すぐに真っ赤になった。
ヒュッ!ガッ!
今度は石が飛んできて、こめかみに当たる。
矢が尽きたのか、ゴブリンが紐のようなもので石を飛ばしてきたようだった。
勢いで被っていたローブのフードが外れてしまった。
フードの中に仕舞われていた、長い銀髪が背中に流れ落ちる。
「女だったか」
目の前まで来たオーガが自分の顔を見下ろして呟いた。
「女を残して逃げるとは。
しかも、逃れられぬ様に足止めまでして。
人族は時に我らを悪魔の様に言うが、一体どちらが悪魔なのやら」
斧を持つオーガが憐れむような目をしてこちらを見る。
「……同情なんて」
残った力を振り絞り杖をオーガに叩きつけようと振り上げる。
ガンッ
振り上げた杖をもう一人のオーガに弾かれて飛ばされてしまう。
勢いで尻餅をついてしまう。
そして、喉元に反った剣の刃を突き付けられる。
「やらないのなら俺がやる。
女だからと剣が鈍るようなら、軍なんて辞めちまいな」
剣を突き付けているオーガが、後ろのオーガに横目で睨みながら告げる。
「チッ」
後ろのオーガが舌打ちを返す。
「ただでさえ、こんな雑魚に時間掛けすぎなんだ。
その態度も併せて報告するから覚えておくんだな」
オーガの目がこちらを捉え、剣を振り上げる。
足の拘束は変わらず解けない。
杖も飛ばされてしまった。
魔力もない。
有効となる魔術もない。
すでに焦るという気持ちも湧かなかった。
もう逃げたパーティは街へ着いただろうか。
矢に倒れたナズは大丈夫だろうか。
十分に治癒してあげれなくて済まなく思う。
ナズを代わりに背負ってくれたネズも無事逃げきれただろうか。
ダンゲルとあの魔術師のせいで自分はここで死ぬ。
二人に文句を言いたいところだが、そんな権利が自分にあるはずがないこともわかっている。
自分も同じことをしたのだから……
振り上げられた剣が頂点で止まる。
それをじっと睨みつける。
最期だろうと泣かない。
目的を果たすまで泣かないと決めた。
それが死ぬ直前でも。
絶望に心を支配されぬよう。
自分ができることはやった。
ホントニ……ソウ……?
「じゃあな」
オーガが剣に力を込めて振り下ろす。
ごめんね。
みんな。
見つけてあげれなくて。
父さん。
母さん。
アロン。
シュ…
「ストーンブレット!!!」
濃い魔力を纏ったティアリスよりも大きな岩が轟音を立てて横を通り過ぎ、剣を振り下ろすオーガを吹き飛ばす。
斧を持つオーガは巻き込まれないように慌てて飛びのく。
ドンッ!
爆発するような音がしたかと思うとまた横を一陣の風が通り過ぎた。
それは人の形をしており、斧を持つオーガに詰め寄ると顔の高さまで飛び上がり、顔に勢いよく右足を振り下ろす。
オーガは不意を突かれて、避けることも防御をすることもできずに蹴りを受ける。
その勢いは収まらず更に空中で体を回し、逆の足の踵を打ち下ろす。
勢いのまま地面に着地すると、オーガの身体を駆け上がり顎を蹴り上げた。
巨体のオーガが勢いで後方に浮き上がる。
午前11時40分
何が起きたのかティアリスは理解できなかった。
ちょくちょく魔術名間違えてたりしたのに気づいて修正しました。
ストーンショット→ストーンブレット




