99.闇夜の灯
そろそろ夜が明けてもいいのでは
何も見えない程の暗闇の中を走っている。
(どこだここは?)
なぜ自分はここにいるのだろう。
思い出せない。
辺りを見回してみる。
目を凝らして朧げに見える周囲の地形に見覚えがあることに気付く。
(ここはオレたちの村近くの森?)
なんとなくだが、自分のいる場所はわかった。
だが、なぜここにいるのか、理由がわからない。
(なあ、リン……。
リン?)
リンって誰だ?
オレは誰を呼ぼうと思った?
(オレはダレダ?)
オレは村の森でどこに向かって走ってるんだ?
自分で意識していなかったが足は勝手に走っていた。
この先に何かあるんだろうか?
足が向かう先は闇が閉ざして先が見えない。
勝手に走る足が向かうままに進んでいると、
「キャアアアア」
進行方向のやや右から女の子の声が聞こえた。
足の進行方向が声の方に修正され、走る速度が上がる。
前方から人の足音と獣の唸る声が聞こえてくる。
目の前にある茂みの向こうからのようだ。
足が茂みの前で一度止まる。
獣の唸り声で躊躇しているようだ。
(おい、行かないと女の子が危ないぞ!)
声をかけようとするが声が出ない。
オレはオレに声をかけようとしているのか?
オレの声は聞こえていないはずなのだが声が聞こえたかのようなタイミングで、体が茂みをかき分けていった。
茂みの先には猪の魔物<<ジャイアント・ボア>>とその猪に木の根元に追い詰められている女の子がいた。
「リン!」
(リン!)
オレと体の声が重なった。
思い出した。
オレの妹であるリンがある日村から消えた。
これはその時の記憶か?
そう。
オレはリンを探して、母に止められていた森に入った。
そして、そこで俺は……。
「クラン!」
リンがこちらの声に気付き声を返してくる。
ジャイアント・ボアもこちらに気付いたようでリンとクランを交互に見ている。
どちらを狙うのか迷っているのだろう。
(セイタウント!)
意識のオレが挑発スキルを使ってジャイアント・ボアを引き付けようとするが、もちろんこの時のオレはスキルを身に付けていなかったので体がスキルを発動させることはなかった。
ジャイアント・ボアは再度リンに狙いを戻したようで顔をリンに向けて飛びかかる構えを取った。
(リン!
逃げろ!
くそっ動け!)
意識のクランの願いが届いたかのようにクランの体がリンに走る。
ジャイアント・ボアがリンに向けて駆けだした。
リンはジャイアント・ボアの突進に竦んでしまい動けない。
(届けえ!)
クランは全力疾走の勢いのままリンに向かって飛んだ。
ドゴォ
クランがリンの体を抱えるようにして転がる後ろでジャイアント・ボアが木に激突した。
(リン!
逃げろ!)
「リン!
逃げるよ」
クランは立ち上がって、左手でリンの手を握って駆けだす。
ジャイアント・ボアは木にぶつかった衝撃で立ち眩みを起こしているようだ。
(今のうちに離れよう!)
リンを引きづるように走ってジャイアント・ボアから離れる。
村の方へ走って、大人の助けを求めよう……。
そうこの時のクランは考えていた。
(そうだ。
俺はこの先の出来事を知ってる……!)
これはクランとリンがまだ村にいた時の数年前の出来事。
経験してきたクランはこの後の出来事をもちろん知っている。
現在も生きているクランとリンはこの危機を脱しているのだ。
(この後いなくなった俺とリンを探しに……)
ガサッ
(そう、村の方の茂みから……!?)
村へ目指し走っている目の前の茂みから
全身黒ずくめの装備に顔を仮面で覆った人物が現れた。
「なっ!?」
予想外の人物の登場に慌てて立ち止まる。
ドドッドドッドドッ
遠くからこちらへ迫る獣の足音が聞こえる。
しかし、クランは目の前の人物から目が離せない。
「クラン?」
後ろからリンが怯えたような声でクランを呼ぶ。
「なんでお前がここにいる!?」
その姿はブランジリの宿でクランとリンを襲ってきた襲撃者のもの。
手には見覚えのある短剣が握られている。
クランはリンを自分の影に隠すと剣気を全身に巡らせて構える。
襲撃者は無言で短剣を構えてクランに詰め寄って来た。
クランは咄嗟に腰に右手を回そうとしたところで、今は過去の自分の体だったと思い至った。
少年の頃のクランは剣なんか持っていない。
が、右手が冷たい金属質の物に触れる。
そこには最近やっと慣れてきた剣が鞘に収まって佩かれている。
よく見ると全身がさっきまでの村の少年だった体から、ブランジリで少し大きくなった体に戻っていた。
右手で腰の剣を抜き、襲撃者の短剣を止める。
左手も柄を握り、鍔迫り合いに負けないように力を込める。
が、相手がスッと力を抜いてクランの剣を流してしまう。
態勢を崩したクランに再度襲撃者の短剣が襲い掛かる。
「くっ」
崩れた態勢で無理やり顔を動かす。
すると顔のあった位置を短剣が通っていく。
避けたと思ったクランだったが、頬に痛みが走る。
スパッと薄く頬の皮膚が裂かれる。
そのまま剣を振って牽制するが、襲撃者は一歩下がるだけで剣を避けられてしまった。
その隙を突いてさらに短剣を突き出してくる。
クランは宿での攻防を繰り返している事に気付いた。
致命傷は避けているが全身に小さな傷が出来ている。
(しまった!
こいつの短剣には!)
全身の傷口付近が熱を持ったように熱くなってきているように感じる。
(ヤバイ!
このままだと同じことに……。
くそくそくそう!
何も学んでない!
こんなことじゃいつまでもシュウさんと一緒に冒険に行けない!)
襲撃者が短剣をクランの心臓に向けて突き出してくる。
(避けると後ろのリンに……)
クランは剣を心臓と短剣の間に滑りこませ、短剣を外へ火花を散らしながら受け流す。
そして、
片手剣基本剣技 スパイラルブレード
体を小さく丸めて回転させると遠心力を込めた斬撃を襲撃者の脇腹に叩きつける。
ギイィィン
不意を突いたかに見えたクランの剣技は脇腹をガードしている短剣によって阻まれた。
さらにクランの斬撃の方向を読み、その向きに合わせてジャンプして勢いも殺しつつ距離を取ろうとしている。
(まだだ!
更に剣技を……)
クランが追撃の剣技を放とうと剣気を高めた時、
ブシュッ
全身の傷口から血が噴き出した。
剣がクランの右手から滑り落ちる。
(そんな……。
まだ……)
膝に力が入らなくなり、崩れ落ちる。
「クラン!」
「来るな!
逃げ……」
近づこうとしているリンに逃げるように言おうとリンに振り向く。
そして、リンの後ろに立つジャイアント・ボアが目に入った。
(くっ……。
どうすれば……)
襲撃者が膝から崩れ落ちて動けないクランに止めを刺そうと短剣を振り上げる。
(俺、何も変わってなかった……。
護れなくてごめんよ。
リン。
オレ、シュウさんと冒険に行きたかった……)
クランが体を支えきれずに背中から倒れていく中……。
「「クラン!」」
茂みからシュウが飛び出して来て襲撃者に剣による連撃を浴びせる。
シュウの斬撃を防ぎきれずに襲撃者は吹き飛んだが、空中で態勢を直すとそのままバックステップで距離を開けて、踵を返して逃げていった。
もう一人クランを呼んだ声がした。
(この声は……)
「クラン……!」
リンがクランの左手を握って声をかけてくる。
その向こうにクランを呼んだ人物の背中が見える。
その人物はジャイアント・ボアと対峙して、ボアがこちらに近づくのを防いでくれているらしい。
(ああ、そうだ。
あの時もオレとリンを探して駆けつけてくれたんだ)
「アクアプリズン」
その人物が魔術を唱えると水が生み出されジャイアント・ボアを巻き込むと球形を形成した。
ジャイアント・ボアは逃げ出そうともがいているが泳ぎが得意ではないのか溺れているようにしか見えない。
「アクアエッジ」
次の魔術を唱えると人物の周りに三枚の水でできた高速で回転するが円盤が生まれた。
その円盤が一気にジャイアント・ボアに飛んで行くとジャイアント・ボアが輪切りになった。
魔術を放った人物がこちらを振り向く。
「よく頑張ったねクラン」
(オレは何もしてないよ)
「クランがいなければ間に合わなかったわ」
(オレは何もできなかった)
「焦らなくていいの。
クランのペースで一歩一歩歩みなさい」
(けどオレいつもみんなの足をひっぱるだけで)
「自分を信じてあげて」
(オレはこんな弱い自分なんて信じられない)
「私は信じてるわ。
あなたの仲間もきっとそう。
あなたは大丈夫」
(……)
「リンをお願いね。
お兄ちゃん」
助けてくれた人物が右手を掲げるとそこに周囲を覆っていた暗闇を引き裂くような光が生まれた。
その光が段々と強くなり、クランは耐え切れず目を瞑った。
そして、次に目を開けると木の板でできた天井が見える。
(どこだここは?)
左手が何かに掴まれている感触がある。
首だけ持ち上げて左手を見ると、クランの左手を握って祈るような姿勢のリンが目に入った。
(ああ、そうだ。
あの時オレとリンを助けてくれたのは……)
母さんだ……。
やっと夜が明けそうです
ここまで読んで頂きありがとうございます
皆様の空いた時間を埋めるお手伝いができていれば幸いです
それではまた~




