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10.また明日

 皇太子様とパーティーに参加……。

 少し怖い……ううん、かなり怖い。

 あの場にいたらわたしを蔑む視線を浴び、暴力を受けるかもしれない暴言を吐かれるかもしれない。それがなくても陰口は確実に言われる。

 そんな状況にわたしは耐えられるのだろうか? 恐らく無理だと思う。恐らくじゃなくて確実に無理だ。


 だけど皇太子様が一緒にいてくれたらもしかして……なんて思ってしまうわたしもいる。

 けれど皇太子様がずっとわたしの傍にいてくれるとは限らない。

 だって皇太子様はわたしだけに構うことができるような身分の人じゃないから。


「ダメですよ! 殿下が相手でも言わせてもらいます。リエリアお嬢様に対して何をしてくるか分からない人達の集まりなんです。そんな危険なところにリエリアお嬢様を連れていくなんて私は反対です」

「それはそうかもしれない。だがオレがずっとリエリアの傍にいる。それじゃ駄目なのか?」


 シーリルはわたしを思ってこその気持ちとわたしの思いを考えての発言をしてくれた。

 それにシーリルが言っていることは現実になる。だってそんな光景を容易く想像できてしまうから。


 皇太子様がずっとついていてくれる。その言葉には嘘偽りはないのだろう。けれどそれが可能かと聞かれれば、絶対にできると言い難い。

 わたしがイエア人という王国に居る以上一生付き纏う“呪い”と皇太子様に付いてくる皇太子という“身分”。

 その変わることのない現実の前では絶対という言葉はほぼ無意味なのだ。


「仮に皇太子様がずっと付いているとしましょう。けれどそれでリエリアお嬢様に対する対応が変わることはないでしょう。私はそれを断言できます。それに皇太子様が一緒にいることで、好奇の目でリエリアお嬢様のことを見る輩も現れないとは限りません」

「そんなことーー。いいや、それはないとは言えないな。国王があんななら、貴族もさほど変わらないだろう」

「そう思うなら分かりますよね? リエリアお嬢様をパーティーに連れていくという危険性を」

「確かにな。先程の出来事で精神をどれだけ消耗したか、オレには分からない。それなのにオレの勝手な思いでリエリアをパーティーに連れていくのは最低な行いだ。リエリア、済まない。今の話は忘れてくれ」


 皇太子様はわたしに向かって頭を下げる。


 シーリルのわたしを案じての思いと、皇太子様のわたしに対する願い。

 その二つを天秤にかけたとしてわたしにとってどちらが重要かなんて決められない。


「シーリル、もう一回皇太子様と二人っきりにしてくれないかな?」

「……分かりました。けど何かされそうになった時は、絶対に呼んでくださいね」

「うん、分かった。ありがと」


 シーリルはわたしと皇太子様が二人っきりになることを少し躊躇ったけれど、わたしの願いを聞き入れてくれた。

 心配しながらもシーリルはこわたしの部屋から立ち去った。


「皇太子様、少しだけわたしの話をしてもいいですか?」

「ああ、いいぞ」


 わたしは今の想いを素直に語ろうと思った。

 皇太子様に話すことでパーティーに出るか出ないかを決めることができる気がした。


「わたしは人を信じることが怖いんです、人を信じることが。わたしは両親から見放されたと最初は考えていたんです。けれどそれは違った。だってわたしが先に両親を捨てたのだから」

「そんなこと……」

「もしかしたら皇太子様は知っているかもしれませんが、わたしはお母様の葬式に行かず、お父様の葬式にも出ない。最低な人間なんです」


 そう、だってわたしは嫌だから現実を受け入れたくなかったから怖かったから逃げ出した。

 そして変わっていく現実を受け止められず、みんながわたしのことを見放していく。全てわたしが悪い。だけどそれで他人を信じれなくなったのは身勝手なことだ。


 最後まで傍にいてくれたシーリルだけがわたしが唯一信じることができる人。

 そんな彼女にさえ裏切られたら見放されたらどうしよう、なんて考えてしまうかもしれない。


「わたしのことを想って来てくれた皇太子様が嬉しかった。それは事実だけど、信じることはできない。幻滅しましたよね。こんなに最低な人間に対してここまでいてくれた皇太子様には感謝してます。だからこそもう傍にはいてほしくない。これはわたしの身勝手な思いです。それにわたしと一緒にいたら不幸になりますよ。さっきのことで皇太子様に迷惑をかけましたから」


 パーティーに行かなければ迷惑がかかる。だけどパーティーに行っても迷惑をかける。でもその先を考えれば行かないことが最善の選択肢。


 それすらわたしが逃げるために付けたただの理由。それを押し付けているだけ。

 そんな行為をするわたしは最低最悪だ。これを聞けばいくら優しい皇太子様でも、わたしの元から去っていくはず。


 去っていってくれるはず……。


「知ってるか? 迷惑をかけられて嫌がるのは所詮その程度の関係。そんな迷惑を受け止めてあげられるのが本当の信頼なんだ。帝国ではこんな言葉がある。「相手の全てを受け入れ受け止めることができるそれが愛」だ。それには迷惑も相手を嫌う感情も相手のためを思って逃げることも全て含まれる。オレはその全てを、リエリアの全てを受け入れ受け止める。だってオレはリエリアのことを想っているのだから」


 ああ、ダメ。そんなことを言わないでほしい。わたしはその手を取ってしまいたくなる。

 弱いわたしは何よりも甘く優しい言葉に縋りたくなってしまうから。

 こんな最低で不幸を呼ぶわたしが一番欲しかった言葉を想いを伝えないで言わないで。


 信じることができないわたしでも分かる。これが皇太子様の本音だということに。


 だからこそわたしはその手を取ってはいけない。

 こんなに優しい人が想ってはいけない人間。それはわたしなのだから。


「皇太子様、ありがとうございます」


 これで決心ができた。


「わたしはパーティーに行くことはできません。皇太子様に相応しくない。それが今の会話でよく分かりましたから」

「そうか……。それなら無理強いはできないな」


 わたしのことを想ってくれるから、わたしのことを尊重してくれる。

 自分の願いよりも相手の想いを優先する。これも皇太子様がいう愛なのかもしれない。


「皇太子様、もうここには来ないでください。わたしのためにも皇太子様のためにも、よくないことですから」


 それは嘘。

 本当は来てほしい。まだ皇太子様と一緒にいたい。

 だけどそれはよくないこと。これはわたしのための行動だから。


「では最後に一つ願いを聞いてくれないだろうか」

「願い……」


 わたしは戸惑う。

 その願いがどんなものか、それ次第でまた皇太子様の想いを踏み躙ることになってしまうから。


「オレと明日、デートをしてくれないか? 別れる前にリエリアとの想い出がほしい」


 わたしはどうすればいいか悩む。

 デートならば外に出ることになる。それは怖い。外はどんなふうに変わってしまったのか知るのが怖い。それにどんなことをされるのか、それを考えるだけでも怖い。

 でもそれ以上にもっと怖いことがある。


 皇太子様とのデートで、想い出で、わたしの気持ちが揺らいでしまわないかが。


 けれどこんなことを言って突き放してしまった罪悪感がある。

 ならば少しだけ頑張ってみよう。わたしの願いをわがままを聞いてもらったのだから、皇太子様の願いを聞くのも礼儀だと思う。


 でもそれですらわたしのためでしかない。

 少しでもわたしの中にある罪悪感を減らすための。


「分かりました。明日ですね」

「明日の朝に人が来る。ソイツにメイクやらをしてもらうといい」

「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

「楽しみにしててくれ。最高のデートにするからな」


 さっきまで若干悲しそうな表情だったのに、デートのことを了承すると少しだけ元気になっているように見える。


「じゃあ、また明日な」

「はい。また明日……」


 このまた明日はわたしが初めて心の底から思ったことで、もう皇太子様に対して言うことのない言葉だ。

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