第095話〜王女様がやって来た④ 秘められた才能〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい色の髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の武器屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂ったり、杖の先端にくっついていたり。コロコロしていて可愛い。……が、人間の姿になれるようになってからはちょっぴりヤンチャに。イタズラ大好き。
フィオ・リトゥーラ&オリーヴァ&バッカ
魔女に憧れて王都『リトゥーラ』からやって来たフィオ・リトゥーラ王女とその付き人のオリーヴァ(女性)とバッカ(男性)。三人とも金髪に翠眼。
朝食を終えて少々休憩。付き人の二人もやって来たのでそろそろ……
「先生! さっそく!」
「うん。それじゃ気を付けて帰ってね」
「なんでそうなるんですかぁーー!?」
「だって朝ご飯食べに来たんじゃないの? 言っとくけどうちは喫茶店じゃないんだからね」
「私はそんなこと一度も言ってないですってば!」
「あはは、そうだっけか。んじゃとりあえず」
「はいっ!」
「ちょっと寝るね」
終了。
「いやあの、先生……? さっき起きたばかりじゃないですか?」
「まぁそうなんだけどね。予定よりだいぶ早い起床だったし何より朝ご飯食べたらまた眠くなってきちゃってさ。適当に遊んでていいからまたお昼頃に起こして。すやーー……」
「お昼ですよーー!」
バチン!
「ぶっ!?」
私の堕落した生活を見かねたフィオちゃんが、またしてもビンタをくらわせてきた。それも、仰向けになっている所へ真上から容赦なく。
「いたた! また鼻血出た……!?」
「お昼になりましたよ、先生♡」
「くっ……」
だめだこりゃ。魔法の特訓以外は聞く耳を持ってくれそうにない。少なくとも寝ることは許してくれないみたいだ。ちなみにまだお昼には程遠いからね!
「仕方ない。これも先生の務めか」
という訳でさっそく準備を開始。私は急いでお弁当を作ったり飲み物を用意したり……もちろんおやつも忘れずに。
「よし、こんなもんかな」
「先生。ずいぶんと大荷物ですね?」
「いやね。せっかくだからピクニックじゃないけどお昼は外で食べようかと思ってさ。それに修行は大変だからエネルギー補給はすぐにできた方がいいしね。あ、フィオちゃんこれ持って」
「なるほど。これは……?」
「おやつのクッキーだよ。フィオちゃんも後で食べていいよ」
「はぁ……」
修行場所は自宅すぐ横の草原。ぶっちゃけお昼だろうがおやつだろうが取りにくればいいだけだが、せっかくのピクニッ……修行で外に行くのにそれだと白けてしまう。
「よし、それじゃ行くよ。あ、フィオちゃん。その水筒も持ってね」
「はーーい」
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こうしてやって来た草原。付き人の二人はフユナやレヴィナと家の中で遊んでいる。先生になったとは言え、会って数日の私を王女様と二人きりにするなんて、なんだか妙に信用されちゃってない? まぁ嬉しいけど。
「よし。それでは、魔法の特訓を始めます」
「あ、ちゃんとやってくれるんですね。良かったぁ」
「心外だなぁ。私がお弁当とおやつを食べながらのんびり過ごすだけだと思った?」
「すごい! 先生は心まで読めるんですか!?」
「……」
あわよくばと思ったのだが我が弟子はなかなか鋭い。少しは否定してくれると良かったんだけどなぁ。
「こほん。ではまず……フィオちゃんは好きな魔法は何かあるかな? 水がいいとか炎がいいとかそういうやつ」
「それなら私、氷がいいです! 先生と同じやつ!」
「ふむふむ」
予想通りの答えが返ってきた。魔法は自分がイメージしやすいことが一番上手くいくコツでもあるから好きならまずはそれをやってみるのが手っ取り早い。その結果、たまに得意なものと逆の属性をイメージしてしまう残念な子もいるけど。
「じゃあまずは簡単なやつからね。掌を私に向けてくれる?」
「こうですか?」
「そうそう。んじゃいくよ」
私は向けられた掌に自分の掌を合わせ、ひんやりと冷たいだけの魔法を発動させた。これは自分の魔力を冷気に変えるだけの簡単なものだ。
「あ、なんだか冷たい!」
「そのまんまだけど、魔力を引き出してそれを冷気に変える魔法ね。これは基本中の基本だから毎日欠かさずにやるからね」
「は、はい! ……でもどうやったらいいんですか?」
「先生がこんなことを言っていいのか分からないけど、魔法ってイメージが全てみたいな所があるからね。冷気と言われて想像しやすいもの……例えば氷からはモワモワーーって冷気が出るでしょ? そんなイメージかな」
「あっ、何となく分かりました! よーーし!」
なんとか通じた。魔法を教える時ってこれが一番難しいんだよね。イメージなんて人それぞれだから。
「それじゃ、さっきと同じように掌を合わせて今度はフィオちゃんがやってみようか」
「はい! 失礼します! ……ポッ」
「はいはい、集中集中」
「う〜〜なんか恥ずかしい。むむむ……」
「……」
「どうですか?」
「へ?」
どうやらやっていたらしい。初めてたがら上手くいかなかったみたいだ。
「魔力を引き出す事さえできればそれを冷気に変えるのはそれほど難しくないから……まずはそこからだね。身体に流れる血液を魔力だと思ってごらん?」
「なるほど。やってみます!」
そして再び掌を合わせる私達。
「むむむ……」
「そうそう。しっかりイメージしてね。身体の力も抜いて〜〜」
「は、はい。むむむ……」
「フィオちゃんの手は氷だよ。氷からは冷気が出るよ〜〜」
「氷……氷……むむむ……」
「……」
「はぁ……はぁ……!」
「あらら」
またしても失敗。どうしたものか……
「先生……もしかして私、魔法の才能」
「はい、ストップ! 諦めるには早いよ。次はこれだ。とりゃ!」
ドスン!
「わ、すごい! これは?」
「見ての通りただの氷だよ。今度はこれに手を当てて、氷の冷たさを肌で感じてみようか。それが自分の魔力だってイメージしながらね」
「ふむふむ……分かりました!」
こうして半分思い付きで始まった氷によるイメージトレーニング。氷に手を当てたまま、十秒、二十秒と時間は経過し……一分後。
「むむ……うぅ……!?」
「あの、フィオちゃん? 冷たかったら無理しないで一旦離してね?」
「ひーーん!?」
私の言葉で一気に手を引くフィオちゃん。どうやらひたすら耐えていたらしく、もはやただの我慢大会と化していた。
「先生ぇーー手がぁ……!?」
「はいはい、大丈夫大丈夫」
涙目になりながら手を差し出してきたので、私も応えるように手を握って温めてあげた。まさか作戦じゃなかろうな。
「でも困ったな。まさかフィオちゃんに魔法の才能が皆無だったとは……」
「あの、先生? 私、目の前にいますからね? 聞こえてますからね……?」
しまった。心の声がモロに出ていた。
「よし、じゃあ気を取り直して。イメージも固まっただろうしさっきのもう一度やってみよう。はい、掌を合わせて!」
「はい!」
私は最後のチャンスとばかりに気合を入れた声でフィオちゃんの背中を押した。こういうものはある程度勢いというのが大事だ。
「むむむっ!!」
「ん、いいねいいね!」
私の後押しが通じたのか、今までで一番の気合いだ。
しかし――
「はあっ! だ、だめだぁ……」
結果はご覧の通り。フィオちゃんの魔女への道は気合いが空回りしたまま終わりを告げてしまった。
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「ぐすっ……」
「よしよし」
その後、私は落ち込んでしまったフィオちゃんを連れてグロッタの小屋の横――外に設置してあるテーブルでひとまず休憩することにした。
「ほら、美味しいクッキーだよ。あーーん」
「あーーん」
サクサク。
「ほら、私の手作りのアイスもあるよ。あーーん」
「あーーん」
キーーン……!
「ひーーん!? 冷たいものは苦手ぇ……!」
「よしよし」
こんな状況だが、あーーんと言えばあーーんとするフィオちゃんが可愛くて仕方がない。この子はもしや新たな癒しアイテムなのでは?
そんな場違いな事を思っていると。
「先生。私、やっぱり魔法の才能がないんでしょうか……?」
「うん」
「えーーん! うわーーん!」
「わわっ!? ち、違うんだよ、フィオちゃん!」
「ぐすっ……何がですか……?」
「フィオちゃんも何となく分かってると思うけど、そもそも魔法って使える人自体がものすごく少ないんだよ。王都ですらなかなかいないでしょ?」
「はい……。しかも魔法を遠目から見ただけで直接会った事すらありません……」
「つまりはそういうことなの。たとえ使えなくてもむしろそれが普通なんだよ。だから元気だして?」
「……先生」
「うん?」
さっきまでとはまた別の空気を纏い……何やら悩みを打ち明けるような顔で俯くフィオちゃん。
「私、才能が無いんです。魔法だけじゃなくて……」
「???」
「人より努力してやっと普通なんです。今朝の料理にしてもそうです。先生も聞いたでしょ? あれは私の料理ではなく、オリーヴァの料理なんです。昨晩、ひたすら教わってただ真似をしただけに過ぎません」
「……」
「私は……王都っていう広い世界の中ですらなかなか使える人がいない魔法を覚えて、みんなに褒めてもらいたかったんです。確かに先生の魔法を見て改めて魔法は好きになりましたけど……きっかけはそんなつまらない意地からだったんです」
「そっか」
ポツポツと悩みを打ち明けるフィオちゃんの目にはいつの間にか涙が溜まっていた。それを見せまいと必死に耐えるのは王女様としてのプライドなのかもしれない。
「ふふっ。やっぱり可愛いなぁ、フィオちゃんは」
「もう……真面目に話してるのに……」
「フィオちゃん。魔法は好き?」
「それは……はい」
「よし。その気持ちがあれば充分! さっそく魔法を使ってみようか」
「えっ?」
先程、フィオちゃんが悩みを打ち明けてくれた時に一つ気付いたことがあった。
『きっかけはそんなつまらない意地からだったんです』
その言葉を聞いてピンときた。『意地』とは諦めの悪い心の炎。私はそう思った。
そして魔法にも得意不得意がある。そこからさらに属性が縛られることも。
つまり。
「はい、じゃあ指を一本立ててみて」
「こう……ですか?」
「そうそう。その指は一本のロウソクだよ。ロウソクはどんなものかな?」
「ロウソクは火が……あっ!?」
ボッ……!
「わ、うわっ!? せ、先生! 火が!?」
「ふふっ、おめでとう。それがフィオちゃんの魔法だよ」
「え、えぇ……!? でもなんで急に……?」
「フィオちゃんは魔法を覚えようとしたきっかけを『つまらない意地』って言ってたけど、それはつまり諦めの悪い心の炎を表していたんだよ」
「心の炎……」
「でもね、一番の理由は別にあると思うよ?」
「え?」
突然、魔法が使えるようになったことに、喜びと困惑を同時に感じているフィオちゃんに私ははっきりと伝えてあげた。
「フィオちゃん、さっきアイス食べた時に言ってたでしょ? 『冷たいものは苦手』って」
「はい。あ……!?」
要するに、フィオちゃんの苦手な属性は『氷』
「ね、解決したでしょ?」
「はいっ! ありがとうございます先生!」
「うん。じゃあどんどんやるよ!」
こうして、蓋を開けてみればその才能は一目瞭然だった。
「先生! 見てください! 火の蛇ですよ!」
「うわっ!? ちょっとフィオちゃん! ストップストップ!?」
「あははは!」
フィオちゃんは魔法を覚えたばかりだというのに、私をおちょくることができる程度には上達してしまった。魔力を引き出す事にもなんら問題は無い。
「これはまさかとんでもない未来の魔女を目覚めさせちゃったのでは……!?」
嬉しさ半分、怖さ半分。やはり弟子の成長というのは嬉しいものだ。
「そうだ。言い忘れてたけどさ」
「何ですか先生?」
「さっき、才能の話をした時に料理云々って言ってたでしょ? あれね、私から言わせればたったの一晩でルノサンドを追い越しておいて何言ってんのさって話だよ。自信持っていいと思うよ?」
「うーーん……。でも私に料理を教えてくれる王城のシェフやオリーヴァなんかは『まだまだだ』って言うんですよ?」
「いや、それはそうだと思うよ……? 王城のシェフってプロじゃん……オリーヴァさんだってすごく上手だったし」
「もーー先生は大袈裟ですよ! 私、料理ももっと頑張りますね!」
「う、うん。まぁ程々にね?」
こりゃ気を抜いてるとあっという間に追い越されてしまうぞ。魔法にしても料理にしても。下手したら料理に関しては既に……?
「いや!? だめだめ! 私だって先生として見本になるように頑張らないと! よしっ!」
そんなことを密かに決心した私でしたとさ。