第五十八話〜家族の絆〜
〜〜登場人物〜〜
ルノ (氷の魔女)
物語の主人公。見た目は十八歳の不老不死の魔女。少し癖のある氷のような美しい髪が特徴。氷の魔法が大好きで、右に出る者はいないほどの実力。
サトリ (風の魔女・風の双剣使い)
ルノの友達。綺麗な緑色の髪をお団子にした、カフェの看板娘。風の魔法・双剣の扱いに関してはかなりの実力者。
フユナ (氷のスライム)
氷漬けになっているところをルノに助けてもらい、それ以降は魔法によって人の姿になって一緒に暮らしている。前髪ぱっつん。
カラット (炎の魔女・鍛冶師)
村の鍛冶屋『カラット』の店主。燃えるような赤い髪を一つにまとめた女性。彼女の作る武器は例外もあるがどれも一級品。
グロッタ (フェンリル)
とある人物の手により、洞窟に封印されていた怪狼。ルノによって『人に危害を加えない』事を条件に開放された。ちょっぴりアホキャラ。
ランペッジ (雷の双剣使い)
ロッキの街で出会った双剣使い。雷のような黄色い髪を逆立てた、ちょっぴり目つきの鋭い青年。
スフレベルグ (フレスベルグ)
白銀の大鷲。自宅に植えてあるロッキの樹にある日突然やって来て住み着いた。
レヴィナ (ネクロマンサー)
劇団として村にやって来た、ルノと同い年くらいの女性。紫色の髪が目にかかりそうになっていて、第一印象は『幸薄そう』と思われるような雰囲気。
コロリン (コンゴウセキスライム)
ルノの使い魔。魔法陣の効果によってルノのまわりを漂っている。コロコロしていて可愛い。
悪夢を見て子供のように泣きじゃくった後、私はすっかり落ち着きを取り戻していた。
……だからこそ、恥ずかしい。
私は今もフユナに抱かれて頭も撫でてもらっている。正直ものすごく心地よい。しかしこの後、どうやって顔を合わせればいいのか分からない。
そんな事を考えていると。
「ルノ。もう大丈夫?」
「あ……うん」
もう少しこうしていたい衝動になんとか抗い、フユナの抱擁から解放された。……残念。
「ごめんね。なんだかみっともない姿を見せちゃったな……」
「ううん、そんな事ないよ。またして欲しくなったら言ってね?」
そう言ってからフユナはイタズラっぽく笑った。まったく……立派になっちゃって。
「ありがとね、フユナ」
「うん!」
私達はとびきりの笑顔を交換して、今日も一日が始まった。
その後、起床した私達はリビングにやって来た。朝食には少し早かったのでフユナとコーヒーでも飲んで時間を潰すことにした。
「おはようございます……」
「おはよう、レヴィナ」
「おはよう、レヴィナさん」
起床したレヴィナがリビングへやって来た。
「……」
『所詮私達は友達』
嫌な記憶が蘇ってきた。あんな夢気にする必要ないのに。
「ルノさん……?」
「え? あ、レヴィナもコーヒー飲む?」
「はい、いただきます……」
私は嫌な記憶を残しながらも、いつも通りを演じた。
「まぁ、そのうち忘れるでしょ」
そんな事を思いながらとりあえず前を向いて行こうと決めた私だった。
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「……」
しかし私の考えは甘かった。
現在、私達はツリーハウスにいる。朝食を終えた後フユナとレヴィナ、そしてグロッタも連れて家族水入らずの時間を過ごそうと思ったのだが……
「元気がないですね、ルノ?」
「ん、そう?」
私は椅子に腰掛け、スフレベルグと共に目の前の光景を眺めていた。
「わーい、フユナの勝ち!」
「やりますな、フユナ様」
「うぅ……また差をつけられてしまいました……」
カードめくりで盛り上がる三人。ああして仲良くしている姿を見ると心が和む。
「ふふ。微笑ましい光景だね」
「そうですね」
「スフレベルグはやらないの?」
「ワタシはここでのんびりしてますよ。ルノこそ」
「わたしは……いいや」
「……」
あの悪夢は思いのほか私の心に大きなダメージを与えていたらしい。朝、レヴィナの顔を見た時もそうだが、みんなの顔を見るとどうしても思い出してしまう。しかもこの状況。忘れろという方が難しい。
『ルノ様……やるのですか?』
『ルノ。あなたが入るとあなたの一人勝ちになってしまうのでつまらないのですが』
『ルノはあっち行ってて』
『ルノさん。もう四人でやる予定なので……』
「……」
私は両腕で顔を隠しながら俯いてしまった。そうでもしていないと……今の顔は見られたくない。
今朝、フユナに優しい言葉をかけてもらった。
『みんな家族だよ』
そのフユナの事すらあの夢に重ねてしまう。そんな自分がとんでもなく惨めに思えてしまう。
「スフレベルグ。ちょっと散歩してくるね」
「……気を付けてくださいね」
「うん」
一人になりたい気分だった。
私は魔法で氷の箒を作り、それに乗ってツリーハウスを離れた。
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私は氷の箒で飛びながら空の上で一人の時間を過ごしていた。厳密に言えば……
「はは。一人じゃなかったね」
私の肩の辺りにはコンゴウセキスライムのコロリンがいる。
「きみも私に連れてこられて嫌だった? スライムと人間は……家族にはなれないと思う……?」
そんな疑問をぶつけてみる。しかしコロリンは喋れないので、当然返事は返ってこない。
そのまましばらく飛んでいると見覚えのある山の頂上に辿り着いた。
綺麗な森と泉。フユナと出会った場所だった。
「懐かしいな」
私は地上に降りて泉の横で腰を下ろした。
「ここでね……フユナが凍ってたんだよ? それで、あほだなーなんて思いながら助けてさ」
今でも思い出せるあの光景。でも何故か辛かった。
「そのまま連れて帰ってきたんだ。きみと同じようにね」
そう言ってコロリンを地面に降ろす。相変わらずコロコロして可愛い。
「グロッタにしてもそう。私が魔法陣で縛って……連れて帰ってきた。スフレベルグにも同じ魔法陣を描いた。レヴィナだってもしかしたら……」
そこでふと気付いてしまった。
「みんな私の我儘に付き合わせちゃったね……」
そこからはもう涙が止まらなかった。今まで築き上げてきたものが全部偽物のような気がしたから。
「うぅ……っ……」
私は嗚咽を漏らしながらコロリンの魔法陣を解いた。
「ごめんね。きみのことはちゃんとスライムの島に帰してあげるから。もう少しだけ待っててね」
私は一つの決断をした。いや、元からこれがあるべき姿だったのだ。私がみんなを縛っていただけの事。
「グロッタ……スフレベルグ。二人の魔法陣もすぐに解いてあげるからね」
そして本人さえ望むなら……
フユナも。
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私が頂上から出発した時にはもう夕方になっていた。散歩と言って出てきたので心配をかけてしまったかもしれない。
「ただいま」
ツリーハウスに戻るとスフレベルグは同じ場所に。グロッタは寝ている。フユナとレヴィナはテーブルで何かを作っている。
「あ、おかえり。ルノ」
「おかえりなさい。ルノさん……」
「おかえりなさい。ルノ」
帰宅した私をみんな出迎えてくれる。家族みたい……だね。
「スフレベルグ、おいで」
「はい」
「頭、こっちに向けて」
スフレベルグは素直に従ってくれた。私は何も言わずに額に手を置いて魔法陣を解いた。スフレベルグは何も言わなかった。
次はグロッタだ。
「ふふっ……」
相変わらず寝たままのグロッタを見たら思わず笑いがこぼれてしまった。同時に涙も。
そして、グロッタの魔法陣が描いてある額に手を置いた。
「ルノ……なんで……?」
「……」
そのままフユナの声には答えず、魔法陣を解いた。
「ん……ルノ様?」
「おはよう、グロッタ」
グロッタも魔法陣が消えていることに気付いたみたいだ。
本当の意味で自由になった二人を見るとなんだか安心した。これでもう縛るものは何も無い。
「グロッタ。スフレベルグ。これからは自由だよ。好きな所に行ってもいいし。ここに……いてくれてもいい」
後半はただの私の願望だった。この後に及んでほんとに情けない。
「「……」」
最後に……フユナだ。
「フユナ」
「やだ」
「……」
「今のルノの言葉は聞かない」
初めて見るその表情には確かな決意と怒りが宿っていた。
「フユナ……私は」
「そんなの望んでない」
フユナは私の考えを見透かしているようだった。私の最後の仕事……フユナにかけた魔法を解き、スライムに戻す事。そして自由にすること。
「でも」
「聞かない」
フユナの決意は固かった。
「ルノさん」
「うん……?」
「私はルノさんと暮らしたくてここにいるんですよ……?」
「……」
「わたくしだって同じです。その気が無ければ出会った時のように襲いかかってますぞ!」
「……」
「ルノ。なぜみんながここにいるのかよく考えてください」
「それは……」
私がみんなを縛っていたから? それとも……
「みんなルノのことが好きだからだよ」
「えっ?」
振り向くとフユナが私の近くまで来ていた。それも、大切そうに何かを抱えながら。
「はい、これ」
「……?」
フユナが私に手渡したのは杖だった。ロッキの木・グロッタの毛・スフレベルグの羽でできている。
「これは……?」
「フユナとレヴィナさんで……ううん。家族みんなで作ったんだよ」
「家族……? みんなで……?」
何を言われているのか分からなかった。だって……
「みんな家族だよ」
今朝言われたものと同じ言葉を言われた。
「旅行に行ったり、カフェでアルバイトしたり、ここでバーベキューしたりもしたよね。忘れちゃったの?」
「そんなことないよ。楽しかった……」
「ルノにとって家族って何?」
「……」
答えられなかった。それを言っていいのか私には分からなかったから。
しかしフユナは笑顔で言ってきた。
「フユナ達にとっての家族はルノだよ」
「う……」
「いつもありがとう。その杖は家族みんなからの感謝の気持ちだよ」
未だに信じられずに周りを見ると、みんな笑っていた。私を家族だと認めているかのように。
すると。
「では、改めて魔法陣を描いてもらわないとな!」
「ふふ。そうですね」
「な、なんで……?」
「わたくしとルノ様が出会った記念ですので!」
「同じく」
「あはは……しょうがないなぁ」
そういうことならまた描いてあげよう。ただし、今度は家族として想いを込めただけの魔法陣を。
「よし、できたよ」
「さすがです、ルノ様!」
「ありがとうございます、ルノ」
「うん」
グロッタとスフレベルグがとても喜んでいた。たいしたものじゃないのになぁ。
すると、コンゴウセキスライムのコロリンが私の足元でコロコロと転がっていた。
「コロリンも魔法陣描くの? スライムの島に帰れるんだよ?」
私の言葉に返事をするかのように転がってきた。足に向かって『コロリン……』と。
「ふふ。分かったよ」
コロリンにも家族としての魔法陣を描いてあげた。以前のように漂う効果も。
「ルノ」
「あ、フユナ。レヴィナも」
「もう大丈夫?」
「一人で抱え込んだらだめですよ……?」
「うん、もう大丈夫」
みんなに……家族にとても大切なものをもらったから。
「フユナ。レヴィナ。ありがとうね」
「うんっ!」
「はい……」
これからもずっと一緒にいたいから。
「グロッタ。スフレベルグ。ありがとう」
「とんでもない!」
「いえいえ」
大したことはできないけど……素直な気持ちを家族に伝えよう。
「みんな。これからもよろしくね!」