第三十七話〜家族とのひととき〜
地獄の……いや、終わってみればそこそこ楽しかったアルバイトから数日、私はすっかりのんびり生活に戻っていた。
現在、私はグロッタの小屋の前にある芝生に寝転がって数分後には寝落ちしてしまいそうな状態である。
「ふぁ……ぁ……眠い。この姿をお姉さんに見られたら暇ならうちで働いてください、なんて言われそうだなぁ」
欠伸と共に思い出に浸りながらそんな事を呟くと、暇を持て余したグロッタが小屋から出てきて私の元までやって来た。
「ルノ様。ここ数日で随分とぐうたら生活になってしまいましたな!」
「ん〜〜……そう? まぁでもこの前はガッツリ働いたからその分の休暇ってことにしておいてよ。てか最近はグロッタがいなかったせいで私の立ち位置がおかしな事になっていたんだからね」
「ふむ、どういう事ですかな?」
あのお姉さんと出会ってからというもの、私は何度下品な悲鳴を上げたことか。物語を読み聞かせるようにあの地獄の日々を伝える。
「グロッタがよくあげるあの悲鳴のこと。ほら、前にもここで上から物が降ってきてさ『ぎゃあああ!?』って騒いでたでしょ?」
「なっ!? やはりあれはルノ様の仕業だったのですな!」
「あはは、まぁそれはそれとして……ここ数日はそれを私が担当してたんだよ。サトリさんのお姉さんに頭を握り潰されそうになってさぁ、思わず叫んじゃったよ。なんだかグロッタの気持ちが分かった気がする」
「ほぅ。ならば仲間ですな!」
「あの……一応断っておくけど私はドMじゃないからね?」
まったく……こちらはあの怪力によって何度も死の淵をさまよった(?)というのにこの狼は実に楽しそうである。是非一度、アレを味あわせてあげたいものだ。
「ま、こうしてまたグロッタが登場してきてくれたから近いうちに叶うんじゃないかな。きっと極上のご褒美になるよ」
「よく分かりませんが身代わりにされる未来は予想出来ましたぞ!」
「あはは。そうそう変なことは起きないから大丈夫だよ。平和にいこう」
「その発言、ものすごく危険なにおいがしますな……」
言われてみれば確かにフラグ発言をしてしまった気がするが気のせいだろう。仮にきっちり回収してしまったとしてもこの場にはグロッタという素敵な身代わりがいるので安心だけどね。
「さ〜〜てと。それじゃあ今日は何しようかな? 何も考えずに始めちゃったからネタが無いんだよね」
「ならば山にでも行きますかな? いや、しかしルノ様は山に行くと森を消し去りますからな。ゲラゲラ!」
「そういうこと言う。私だってちょっと気にしてたのになぁ。お仕置きだ!」
「ぎゃあああ!?」
私はニコリと笑顔を浮かべ、お仕置と称して氷の塊をグロッタの頭にプレゼントしてやると懐かしい叫び声が響き渡る。妙な安心感を覚えたのは気のせいではないはずだ。
「うんうん。やっぱりそのセリフはグロッタじゃなきゃ面白くないよ。これからもよろしくお願いします」
「極悪!」
そりゃまたひどい。極悪だなんて私をお姉さんと一緒にしないでほしいなぁ。
「あんな風に嬉嬉として人を痛めつけたりは……ぞくっ!? なんか寒気がしてきた」
「ふむ。きっとあそこにサトリの姉とやらがいるせいでは?」
「えっ……!?」
まさかの言葉に一瞬にして血の気が引いた。もしや今の会話を聞かれていたのでは……なんて思いながらゆ〜〜っくりと振り返った。が、しかし。
「あ、あれ……誰もいない……?」
「ゲラゲラ!」
「……」
ハメられた。まさかハメられたのか!?
「ルノ様……! ご、ご安心を……ゲラゲラ!?」
「天罰!」
「ぎゃあああ!?」
本日二度目のお仕置が炸裂。うん、やっぱりそのセリフはグロッタにこそぴったりだね! なんて笑顔のまま、任務完了した私は結局はまたお昼寝に勤しむのであった。
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そして次の日。
「ん〜〜! 今日もいい天気だなぁ」
今日の私はスフレベルグが住んでいる、ロッキの樹の大きなテラスにいる。
「うとうと……」
バサッ! バサッ!
私がベンチで横になって今にも寝そうになっていると、羽ばたく音が聞こえてきた。スフレベルグが帰ってきたのかな。
ドスン……!
「ぐえっ!?」
「おや、ルノ。いたのですか?」
「いた! ずっといたよ! と、とりあえずどいて……!」
危うく踏み潰されるところだったよ……潰れなかっただけで踏まれたけどね。
「おかえり。……なに、それ?」
「これですか? ワタシの食事ですよ。見ますか?」
「え? あ……」
やめておけばいいものを、私はつい手を出してしまった。すると手の上にポトッ……いや、このサイズだとボトッ……かな? スフレベルグの食事とやらが置かれた。
「……え」
……巨大な虫が動いている。
「これ食べるの?」
「はい」
いや、そうじゃないでしょ。そうじゃないでしょ私! 今、手に乗っかってるの巨大な虫だから!?
「うぎゃあああ!?」
私は咄嗟に投げ捨ててしまった。そのまま虫は下に落ちていき――
「ぎゃあああ!?」
相変わらず何か聞こえてきたけど気にしない。
「はぁ、はぁ……」
「ルノ。ワタシの食事は……」
「あ……ご、ごめんね。つい下に投げちゃった。多分、グロッタの頭の上にあるから一緒に取りに行こ?」
という事で私はスフレベルグの背中に乗った。一緒に行こうと誘ったのは、私だけ行っても持てないから。
「あったあった……良かった。潰れてはいないみたいだね」
予想通り、グロッタの頭の上に巨大な虫が乗っかっていた。グロッタは寝てるのかな? それとも気絶?
スフレベルグはそのまま虫をガシッと掴み、再び上に向かう。
「では、あらためて食事の時間にしましょうか」
「え、あの……一緒に食べるの?」
私はベンチに腰掛けてお昼のサンドイッチを食べようとしたが、目の前には巨大な虫。そしてそれを食べようとするスフレベルグ。
「嫌ですか? 分かりました……しゅん」
「全然! 全然いやじゃないよ!? むしろ一緒に食べたいなぁ……はは……」
「はい。では頂きます」
「い、いただき……ます」
こうして私とスフレベルグは晴天の中、お昼を一緒に食べた。うん。こういう家族との何気ない時間は平和でいいね。
「ご、ごちそうさまでした……うぷ……」
全然味わえなかったけどね……
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そしてまた次の日。
今日は自宅のリビングでコーヒー片手に優雅な時間を過ごしている。
そのとなりではフユナが『双剣使いサトりんのワクワク冒険記』を読んでいる。
「ぽけー……」
「……」←読書中
そんな調子のまま一時間が経過。
「ぽけー……」
「じろー……くすくす」
「ぽけー……ぽけー……」
「ルノ……?」
「ぽけー……ん? どうしたの、フユナ」
「なんでさっきからぽけぽけ言ってるの? ボケちゃったの?」
「ひどい!」
ただフユナとの平和な時間をぽけーっと過ごしてただけなのに……
「違うんだよ? こうしてフユナと一緒の時間をぽけーっと過ごす。これはほんとに平和だからこそ出来る事なんだよ?」
「ふーん……?」
「つまりぽけぽけ言ってるだけに見えるけど、実はぽけぽけ言ってるだけじゃないってこと」
「ふーん……?」
そしてそのままさらに数分が経過した。
「ぽけー……ぽけけー……ぽけぽけー……」
「ぷっ! くす……くすくすっ!」
横でフユナが笑ってる。可愛いなぁ。でもなんか……あほな人でも見てるかのように笑ってるな……?
「ねぇ、ルノ?」
「ぽけぽけ……ん、どうしたの?」
「カードめくりでもしようよ」
「ぽけ……いいね、やろうか。ぽけー」
「なんか壊れちゃってる……」
そして最初のカードめくりが終わった。結果は私の勝ち。
「うーん。ルノはこのゲーム強いね」
「ふっふっふっー! でも、最後間違えてたら私の負けだったよ」
「よーし、じゃあ次は負けないよー!」
「ふふん、私だって!」
二回目のカードめくりが終了。フユナの勝ち。
「くっ……まさか私が二回目にして負けるなんて……!?」
「ふっふーん!」
「だけどまだ同点。勝負はこれからだよ!」
「望むところだー!」
三回目の勝負が終了。私の勝ち。
「ニヤッ……! これで私の勝ちだね」
「ま、まだ! 先に三回勝った方が優勝だよ!」
「ふっふっふっ、いいだろう!」
その後も私達はのんびりとカードめくりを続けた。その途中。
「ルノ?」
「うん?」
「この前のアルバイト楽しかったね」
「そうだね。そのうちまた手伝いに行こっか」
「うん!」
そんな他愛のないやり取りをしながら私とフユナはさらにカードめくりを続けた。
勝って喜んだり。負けて悔しがったり。
ただひたすらに平和な時間をのんびりと過ごしました。