第三十四話〜極悪看板娘〜
夏も終わりを迎え、日に日に肌寒く感じる日も増えてきた。そうなってくるとカフェで飲むコーヒーが一段と美味しくなってくる。
そういう訳で私達の最近のマイブームはカフェでまったりと過ごす事だった。
「ふぅ、今日も寒いな。何にしようかな」
「フユナはこれにする。コーヒーに生クリームが乗ってるやつ。あと、チーズケーキも」
ふむふむ、なんだかこのやり取りも懐かしいな。
「よし、んじゃ注文しようか。すいませーん」
私はサトリさんを呼んだ。
「はい、ご注文どうぞ」
「えっと、コーヒーに生クリーム乗ってるやつと、抹茶ラテとチーズケーキ二つお願いします」
「かしこまりました。ご注文ありがとうございます」
「???」
あれ……? 注文を取り終えたサトリはそのまま立ち去っていってしまった。
「なんか今日のサトリさんいつもと違くない?」
「うん……お仕事中だからじゃないかな?」
「ふむ……?」
いや、それは至極当然なんだけどいつものサトリではないような? ……よし。
「お待たせしました」
サトリさんが注文した物を持ってきた。それらを手際良く並べていき、最後のチーズケーキをテーブルに置いたところで……私はサトリさんの脇腹をつついてみた。
「チョンっと……!」
「あふ!?」
「ぷっ……!」
私はサトリさんの反応に思わず吹き出してしまった。まったく、そんなクール演じてないでいつもみたいにしてればいいのに!
「あの、お客様? そういった行為は迷惑なのでやめてくださいね。次はありませんよ? (ギロ……!)」
「え……は、はい……ごめんなさい」
誰!? これ誰なの!? いつもなら『あふ! こーら、ルノちゃん。そういうことする子はお仕置きだぞ♪』とか言うのに!
「いや、それはそれで怖い……」
「きっと忙しいんだよ。明日また空いてる時に来てみよう?」
「そうだね。こういう日もあるか」
そしてまた次の日。
「すいませーん」
「はい。ご注文どうぞ」
「えーっと。ほにゃらら、ほにゃらら」
「かしこまりました。ご注文ありがとうございます」
「チョンチョンっと……」
「く、くふ……!」
お、ちょっと笑ってたぞ。やっぱりいつも通
「あの、お客様? 次は無いと言いましたよね?」
その言葉と共に視界が暗くなった。そして……
フワッ。
「ひぇぇぇ! ごめんなさいごめんなさい!?」
私はおでこを鷲掴みされ持ち上げられた。しかも片手で。
「頭が! 頭が割れる!?」
「では、望み通りに」
メキメキ……!
「ぎゃあああ!?」
この日、私は二度とサトリさんをからかわないと決めたのだった。
ちなみに、フユナはあまりの恐怖でずっと動く事ができなかったらしい。
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そしてあの悪夢の日の翌日。
「うぅ、一体どういうこと?」
私はサトリさんに嫌われたのだろうか? でもなんで? 何か怒らせることをしたとか?
「いや、確かにそれはしたかもしれないけどその時には既に別人だったからなぁ。……まさか別人?」
まさかね? でもそれなら辻褄も、合うし……いや、でも見た目は完全にサトリさんだったはず。双子? いや、そんな話聞いたことないしなぁ。
「いくら考えても仕方ないか。もう一回カフェにいってみよう」
ということでその日、私は朝からカフェに向かった。フユナは恐ろしいので留守番しているとの事。
カランカランー
「いらっしゃいませ」
「……」
出たな。極悪サトリめ!
「ギロ……」
「おっとと……」
怖い! なんでいきなり睨むの!?
私はいつものテラス席に逃げるように向かった。
「ふぅ、怖かった……とりあえず落ち着いてからあれを試そう」
『あれ』とは私が考えた作戦。内容は至ってシンプル。名前を呼んでみて反応すればサトリさん。反応なしなら極悪人!
「よーし、やるぞ……!」
その時、極悪サトリさんが丁度私の席の横を通過した。今だ!
「サトリさんサトリさんサトリさん……」
私は呪文のように名前を呼ぶそれも小声で。
クル……
あれ、振り返っちゃった……?
「ギロッ!」
「ひえっ!?」
なんで!? やっぱりサトリさんなの!? この極悪そうな人が!?
「ギロッギロッギロッ」
やばい……ギロギロ言いながらこっちに来る。こんな時だけどちょっと面白い。ぷっ!
「ギロッ」
「あ……ぅ……」
目の前に来た。どうしよう……やっぱり面白くない……終わった。
「あの」
「……ご、ごめんなさい」
「なんで謝るんです?」
「え? だって……心の中で極悪人呼ばわりしたり。『なんかギロギロ言いながらこっちに来る。ぷぷっ!』とか思ってたのがバレたんだと思って……」
「……ブチ」
「あれ? 暗くなった……」
メキ!
「ぎゃあああ! 痛い痛い! ごめんなさいごめんなさい!」
またおでこを鷲掴み。そして握り潰された。
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「え? サトリさんのお姉さん!?」
「はい」
現在、私の目の前の席にはサトリさんのお姉さんが座って優雅にコーヒーを飲んでいる。あの……お仕事は?
「そう考えるとやっぱり姉妹なんですね。普通にサボるところがそっくり……」
「ギロッ」
「ひぃ!」
「せっかく誤解を解いてあげようと思ってここにいるのに」
「で、ですよね」
まとめると、このお店はサトリさんのお姉さんのもので、普段は厨房にいるとの事。だから今までずっと会わなかったのか。
「サトリさんはどうしちゃったんですか? ここ最近はいつも極悪サト……お姉さんしか見ませんでしたが」
「サトリは……」
「え……」
なに、この重苦しい表情! なにか大変な事にでもなってるの!?
「……ただの風邪です」
「……」
つまり元気という事でした。
その後も会話をしていると、私達はだんだんと打ち解けあってきた。
「じゃあなんであんなに不機嫌だったんですか?」
「知らない人にヘラヘラ出来るわけないでしょう? それにいきなり脇腹をつついてきたりして……」
「そ、そうですよね……はは」
うーん、やっぱり打ち解けてないかも?
「でも」
「?」
「あなたがよくここでサトリと仲良さそうに話しているのは知っていますよ。こう言うのもおかしいですが……ありがとうございます」
……
「い、いえ。こちらこそいつもサトリさんには良くしていただいて……あ、ありがとうございます……?」
「ふふっ、どういたしまして」
あ、笑った。なんか急に親近感湧いてきた! そりゃそうか。顔までそっくりなんだからね。
「さて。では私はそろそろ仕事に戻りましょう。サトリは上にいるので良かったら会っていってあげてください」
「あ、はい。わかりました」
そう言ってサトリさんのお姉さんは仕事に戻った。
「妹思いのお姉さんっぽかったなぁ」
そんな姉妹を少しだけ羨ましく思いながらサトリのお見舞いに向かう私でした。