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紺碧の窓  作者: 井浦美朗
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最終話

 2月。

 愛姫はその日、初めて瑞希と一緒に母の墓参りをした。

 小雪の舞う中、富士山麓の大きな霊園に、二人以外の影はなかった。

 母が好きだった白いカサブランカを飾り、線香を供える。

 ここへ来るときは、いつも一人だった。父と来ることがないのはもちろん、可八を連れてくることもなかった。可八の封印された記憶を呼び起こしそうで、こわかったからだ。

 橋田家代々の墓。ここには、いずれ、父も眠る。その日がくるまでには、母のためにも父には改心していて欲しい。父がここへ入ることは、やむをえないことだからだ。

 愛姫は魔法瓶に入れた緑茶をカップに入れ、和菓子と共に墓前に供えた。それから、二つの紙コップにも緑茶を注いだ。

「一緒に、召し上がっていただけますか。」

「・・もちろん。」

「小さい頃から、こういう風習でした。他はどうか、わからないんですけど。」

「俺は、両親の墓参りではただ線香と花を供えるだけですが、こういうのもいいですね。」

 緑茶の湯気で身体を温めるようにして、二人は墓の前に立っていた。

 この墓参りを申し出たのは瑞希だったが、それは愛姫をこれ以上ないほど喜ばせた。

 一人きりでの墓参りは、自分がこの世に一人きり取り残されているようで、いつも寂しかった。

 だが、これからはそんな思いをしなくてもいいのだろうか。

 愛姫は、備えられていた和菓子を半分にして、瑞希に渡した。

「ここに食べ物を置きっぱなしにしてはならないんです。これは、霊園のルール。」

「・・いただきます。これも、橋田さんのお母様の好物ですか。」

「ええ。・・・でも、本当にそうなのかはわからない。12歳の私が、母をどれだけ解っていたのか・・。」

「でも、それが橋田さんの記憶なんですよね。」

「・・・。私は母が死んだ後、なるべく母のいい思い出だけを思い返すようにしていた。死んだときの顔を思い返さずにはいられないから、それを打ち消すような思い出を探していた。そのときに思い返した事だけが、記憶として残っているんです。本当は、母はこの花が好きではなかったかもしれない。このお菓子も、たまたま一度口にしたときの事を記憶に留めているだけのことなのかもしれない。」

「・・橋田さんは、この花も、お菓子も、嫌いですか。」

「いいえ。・・好きです。」

「じゃあ、あなたのお母様だって好きですよ。絶対に。」

瑞希の微笑みは、優しかった。

 愛姫は、心から思った。

 瑞希と、一生を共にしたいと。

 それは、理屈ではなく、本能が欲している。

 墓から立ち去る際、二人は再び墓の前で手を合わせた。

 瑞希は、心の中で、愛姫の母に言った。

 愛姫と共に生きることを、許して欲しいと。

 愛姫の父からは反対されているが、必ず、愛姫を幸せにするからと。

 この世の誰といるよりも、愛姫が幸せだと思えるようにするからと。

 自分よりもずっと長い時間手を合わせて目を閉じている瑞希を、愛姫は心から信じられると確信していた。

 小雪の中、二人は傘をささずに歩いた。

 二人は、手を繋いだり、腕を組んで歩かない。

 いつも、ただ、横に並ぶ。

 それがいいと思っている。

 二人の間の性のわだかまりが無くなったとしても、この距離は変わらない。

 これが二人のスタンスだからだ。

 もし、愛姫の父が眼の黒いうちは許さないと言うのなら、それでもかまわない。

 もう、人生を共に歩む相手は、他に考えられない。

 同じ罪を共有し、償っていくという人生。

 だから、二人の関係は溺れない。いつも互いの瞳を覗けば、過去の過ちを思い出す。

 どんな青い空の下で羽をのばして生きていても、二人の瞳の奥にはいつも紺碧の窓が存在し、あの夜を映し出すのだ。

 うっすらと積もった白い雪に、二人の足跡が薄く残された。

 ほのかに梅の香りが漂う、春を予感させる氷点下の日だった。


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