2日目:あさ
優しい世界に、生きたかったね
ふ、と少年は部屋の隅で目を覚ましました。
窓の外は相変わらず夜で、部屋には少年以外誰もいません。
じっと耳を済まして、外には大人の怒鳴り声も、喘ぎ声も、泣き叫ぶ声もないことに安堵しました
けれど、そのとき、ドアをノックする音が突然部屋に響きました
少年は気が緩んだからこそ、そのノックの音に心底驚きと怯えを覚えて縮こまりました。
「あけるぞ」と声がして、リクトが扉から部屋の中を覗きました。
「起きてるな。……怖がらせてすまん。ご飯食いに行くぞ」
「ごはん?なに?」
少年の疑問にリクトはすこし懐かしむような哀しげな目で、「とりあえずこい」といいました。
ずっと夜だからこそ、薄暗くも静かな安らぎをもつ廊下を歩いていると、ぽつりとリクトは少年に語りかけてきました。
「最初の朝ごはんは、俺が勝手に決めさせてもらう。その中でゆっくり、自分の好きな……怖くないものを探すといい」
リクトは時折振り向いては少年が着いてきていることを確認し、食堂に着くまで怖がらせないように言葉を選びながら優しく語り続けました。
ぎい、と食堂の扉が開くと、他の人は自らのシスターや神父を連れて食事をしている姿が見えました。
「そういや、シスターや神父はいないのか?」
リクトは昨日思った疑問を少年に問いかけますが、少年は首を傾げるばかりです。
「あぁいや、その前にシスターや神父についての説明がいるな……」
「シスターや神父は影でできたシルエットみたいな人型のそれぞれの絶対的な味方だ。喋ることは出来ないが動きでゆっくり意図を教えてくれたり、手伝ってくれたりする。俺たちそれぞれの、安心できる姿でいるみたいなんだ。……が、お前のはモヤなんだな」
少年がわかっていない顔をして聞いているのに気づいていましたが、おいおい伝えていけばいいだろうと思い、構わず朝食を取りに行きました。
少年もまた、それを疑問に思うことなく後ろをついて行きました。
リクトは自分の腰ほどの高さの台に、
「具なしの味噌汁と甘めの茶。どちらもぬるめで。おにぎりはちいさめにして量を少し増やせ」
と言うと、かたり、と盆に乗った食事が出てきました。
きょとん、としている少年に振り返ったリクトは、
「欲しいものを言えば出してくれるが、あんまり多く言うと持ち切れないから気をつけろよ」
といい、ついてこいと言いながら出てきた盆をもって歩き出しました。
食堂の一角、柔らかなソファとローテーブルのある場所に、2人は並び、リクトがいつもよりはゆっくりと食べ始めました
おにぎりを小さく食み、味噌汁をゆっくりと傾けて飲むのを、少年はじっと見ていました
「食い方は分かるか?」
リクトの言葉に、食べていいというのは分かった少年は、見たままにおにぎりを食み、味噌汁を飲みます
「……!!あったかい」
ぽつりと思わず呟いた少年に、リクトは安堵しながら、しかし何食わぬ顔で食べ続けます
もし少年の方を見たら、食べるのを止めるかもしれなかったからです
食事のあと、リクトとわかれた少年は、図書室に入っていました
たまたま入った部屋が、図書室だっただけで、何もよく分からない部屋でしかない少年へと、ふ、と本を読んでいたアオリが顔を上げて視線を向けた。
「本を読みたいの?」
不安そうに、だがどこかソワソワとしたアオリが声をかけました。
「?」
少年が不思議そうにしている様子に、アオリは何かに気がついたように慌てました
「あ、ごめんね、私はアオリ。……その、君みたいに小さい子は、読み聞かせだもんね」
少年は読み聞かせというものが分かりませんでしたが、手招くアオリについて行きました
「えっと、これを今から読むから、絵を見ててね」
アオリは懐かしい思い出の絵本を手に取り、少年へ読み聞かせを始めました
少年にとっては、大人しく座っていれば怒られないと思いました
何冊か読んだあと、振り子時計の音がゴーン、ゴーンと鳴りました
「?」
警戒して振り向いた少年に、アオリが気づいて言いました
「あ、朝のおやつの時間だね……あれ、リクト?」
図書室の入口に立っていたリクトが、呆れたようにアオリと少年の元へ歩いてきました
「朝のおやつだからな、あんた……相変わらず世話焼きなんだな」
アオリは、その言葉に不思議そうに首をかしげましたが、少年がリクトについて行くのをみて、慌てて本を片付けて、後を追いました
食堂では、ユウナが出ていくところでしたが、3人を見てもそのまま気にせず出ていきました
「相変わらず、あいつは距離を間違えねぇな」
リクトが感心したように呟いている隣で、アオリは張り詰めていたものを吐き出すように、大きく息を吐きだしました
「は、はぁ〜、ごめん、ごめんね」
リクトは慣れた様子で、少年はじっと見たあと、気にせず歩いていきました
残ったアオリに大人の女性の背丈をしたシスターが寄り添い、彼女が落ち着くまで抱きしめていました
「……あんたには、食感と温度が重要そうだな」
思い出の中で、おやつを振る舞ってくれた母のことがよぎりました
「暖かい蒸しパンと、ホットミルクを2人分」
リクトの注文通りにそれは用意され、少年はほんの少しだけソワソワしながらそれを追いました。
ソファに座ったふたりは、蒸しパンを口に運びました
「……!!」
今までにない少年の反応に、リクトはほっとした様子で、自分の分を食べていました
(やっぱり、びっくりするよな)
初めて母に振る舞われ、無邪気にはしゃいだ思い出と、少年の驚き様が重なり、穏やかな心地でホットミルクを飲み込みました
アオリとリクトが各々の部屋へ戻るのを見送り、少年はあてどころなく歩いていました
ふ、と横を見ると、中庭のベンチにルシアが座っていました
少年が近づいても、ルシアは微動だにもしません
少年もベンチに座り、昼を示す鐘がなるまで星空を眺めていました
続きはゆっくりお待ちください




