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虚映ノ鏡は真を映さず ─神気宿す少女と、月詠む死神審問官─  作者: あさとゆう
第2章 藍の眼と月詠の探偵

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第29話 虚映ノ鏡が暴く本性

「やあ」


 千景がそう明るく声をかけたのは、机に顔を寄せて課題を必死に埋めている朝比奈(あさひな)だった。課題の提出を忘れた彼は、ペン先を紙の上でせわしなく走らせている。


「……?」


 呼びかけられた朝比奈は顔を上げ、千景を見るなり目を丸くする。

 微かに揺れる薄茶色のショートヘア。左耳のすぐ後ろがぴょこんと跳ねている。くせ毛かと思いきや、一か所だけ不自然に跳ねているところを見ると、どうやら寝癖をそのままにしてきたらしい。


「課題、忘れたの?」

「……そうだけど」


 迷惑そうに答える朝比奈を無視して、千景は前の椅子を引き、当然のように彼の正面へ腰を下ろした。その大胆さに藍良は思わず苦笑する。

 一方、千景は朝比奈の不機嫌そうな顔など気にも留めず、柔らかな笑みを浮かべた。


「ここ、答え間違えてるよ」

「え?」


 朝比奈が書き込んでいたのは、Q&A形式で埋めるワークシート。どうやら、その中の回答が間違えていたらしい。

 そんな朝比奈に、千景は小さく何かを呟いた。朝比奈は一瞬きょとんとしたあと、すぐに微笑み、さらさらとペンを走らせる。どうやら千景が正解を教えたらしい。


「ありがとう、助かったよ」


 そう言ってワークシートを仕上げると、朝比奈は慌ただしく筆記用具を仕舞い始めた。


「急いでるの?」

「うん。ちょっと用事があって」


 千景の問いに、朝比奈は片付ける手を止めずに早口になる。


「ねえ、朝比奈君」

「ん?」

「今日さ……髪、ずっと跳ねてるの気付いてた?」

「えっ、ええ!?」


 朝比奈は慌てて顔を上げ、髪をわしゃわしゃと押さえる。だが、どんなに整えても寝癖はぴょこんと立ったまま。その様子に千景は声を上げて笑い、懐からそっと“例のブツ”を取り出した。それは──。


 ──偽・虚映ノ鏡。


 朝比奈は一瞬驚いたように目を見開いたあと、微笑みながら鏡を受け取った。


「ありがとう!借りるね」


 迷いもなく鏡を手に取り、「うわ、本当だ」と焦りながら髪を直し始める。

 その姿を、正面から千景が、背後から藍良がじっと見つめる。千景と視線が合ったそのとき、藍良は小さく心の中で呟いた。


 ──朝比奈は、シロ……?


 すると、朝比奈が鏡を返しながら千景に微笑みを向ける。


「いろいろありがとね、白月君」

「どういたしまして」


 千景はそう言うと、スッと立ち上がり、教壇の前へと歩を進めた。そこにいたのは、不良の(さかき)。タバコを吸っていた罰で、反省文を書かされている最中だ。


 千景は無言でその横に立ち、椅子に座る榊をじっと見下ろす。そんな千景の気配に気付いたのか、榊はゆっくりと顔を上げた。金髪の前髪から覗く、ぎろりとした鋭い視線が千景を射抜く。


「……なんだよ」


 教室にいた女子たちの視線が一斉に二人へと集まる。黒板を黙々と消していた音羽(おとわ)も手を止め、振り返って二人を見つめた。榊は教師にも平気で噛みつく男。クラスメイトに向ける圧はなおさら強烈だ。


 だが、千景は何も言わなかった。強いていうなら、ただ穏やかな笑みを浮かべているだけだ。


 その微笑が逆に(かん)に障ったのか、榊は椅子をがたんと蹴り飛ばすように立ち上がり、千景の胸ぐらを乱暴につかんだ。


「この塩顔野郎……舐めてんのか、あぁ!?」


 ざわり、と教室の空気が波打つ。榊は千景に殴りかかるつもりだ。


 藍良は作戦を忘れ、迷うことなく千景へ駆け寄る。だが、千景に手が届く前に、榊が千景に殴りかかった。背中から机に叩きつけられる千景。机が倒れる音が教室中に響き、音羽や朝比奈を含め、全員の視線が千景へと向けられる。


「千景!」


 藍良が千景の肩を支えたそのとき、「カラン」と乾いた音が響いた。どうやら、殴られた拍子に、千景のポケットから「偽・虚映ノ鏡」が滑り落ちたらしい。鏡は鏡面を伏せる形で床に転がっている。


 次の瞬間、藍良は息を呑んだ。「偽・虚映ノ鏡」のすぐ隣──ほんの数センチ離れた場所に、もうひとつ別の鏡が落ちていたのだ。


 持ち手の黒色。細かく描かれた花柄の縁。

 そして、接着剤で繋ぎ止めた不器用な鏡面。

 見間違えるはずがない。本物の「虚映ノ鏡」だ。


 でもどうして?

 千景が今日持って来たのは、「偽・虚映ノ鏡」のはずなのに──。


 奇妙に思いながら、藍良は千景に視線を向ける。すると、殴られて頬を赤く()らした千景の眼差しは、驚くほど鋭くなっていた。藍良は直感した。これは偶然じゃない。千景は敢えて、本物の虚映ノ鏡を持って来た。そして今、わざと落としたのだ。朝比奈と音羽、そして榊の反応を見るために。


 すると、誰よりも早く二つの鏡に近づき、持ち手をそっと掴んだ人物がいた。


「……あの、えっと……」


 鏡を拾い上げたのは、さっきまで黒板を消していた音羽だった。ひょろりとした細身体型で黒ぶち眼鏡をかけた青年。学年でトップを争うほどの優等生だ。


「あ、あのさ……喧嘩はやめようよ。先生が来たら、怒られる……」


 おずおずと音羽が口を挟む。優等生の音羽らしいといえばらしいが、相当勇気を振り絞っているのだろう。その手も、声も震えている。音羽はちらりと二つの鏡面を見比べると、持ち手を迷わず藍良へ向けた。さっきまで皆に背を向けて黒板を消していた彼は、鏡の持ち主が千景の隣にいる藍良だと思ったのだろうか。藍良が戸惑いながら手を伸ばすと、榊が低い声で呟く。


「……おい。それ、よこせ」


 重たい沈黙。

 音羽は目を泳がせ、榊と藍良を交互に見る。


「早くよこせ。叩き割ってやる」


 榊はそう吐き捨てると、音羽を睨みつけた。音羽は申し訳なさそうに顔を伏せたあと、躊躇(ためら)いがちに二つの鏡を榊へと差し出す。


 榊はそれを乱暴に受け取ると、鏡面をちらりと一瞥し、鼻で笑った。

 そして、榊は二つの鏡の持ち手を握りしめ、大きく振りかぶった。


 鏡を叩き割る気だ。


 だが、すぐに榊の右腕が止まった。駆け寄った朝比奈の手が、力強くその手首を掴んでいたのだ。


「やめろよ、いい加減!」


 二人の視線が火花を散らすようにぶつかり合う。短い沈黙のあと、榊は舌打ちをして二つの鏡を机の上に雑に置いた。朝比奈は深く息を吐き、鏡を手に取ると、千景へと差し出す。そして耳元で低く囁いた。


「あいつ……榊には関わるな。ヤバい奴だから」


 そのとき、教室の扉が勢いよく開かれる。ガラガラという音を立てて現れたのは担任の犬飼だ。榊の怒鳴り声を聞きつけたのだろう。険しい顔つきで教室を見回す。


「お前ら!何してる!」


 一気に委縮する三人。犬飼はすぐに元凶が榊だと察した様子で、彼に歩み寄ると叱責を始めた。藍良はちらりと千景を見る。皆が険しい顔でいる中、ただひとり千景だけが微笑んでいる。それはいつも彼が藍良に見せるものとは違う、確信めいた不敵な笑みだった。千景はとても小さく、藍良にしか聞こえないような音で、こう呟いた。


 ──そこにいたんだね、君は。


 千景はゆっくりと立ち上がり、犬飼と視線を交わす。犬飼は千景の腫れた頬に気付いたのか、心配そうに声をかけた。


「平気か?白月」

「はい」

「詳しい話を聞きたい。職員室まで……」

「すみません、先生」


 千景はすっと頭を下げる。


「怪我をしてしまったので、先に保健室へ行きます。職員室にはあとで伺いますから」


 毅然(きぜん)とした口調に、犬飼は一拍置いて頷く。そして、千景は藍良の手を強く引き、教室を足早に飛び出した。


「ちょ、ちょっと!千景!?怪我は大丈夫なの?」

「うん」


 手を引かれながら、千景の頬を窺う藍良。その赤みはみるみる薄れ、瞬く間に消えていく。その様子に藍良は胸を撫で下ろした。どうやら、榊に殴られたのも千景の計算のうちだったらしい。そして、彼の手にはしっかりと偽物と、そして本物の「虚映ノ鏡」が握られていた。


「ちょっと!作戦に持ってくるのは『偽・虚映ノ鏡』のはずでしょ!?どうして本物まで?」

「ユエの正体を暴くなら、やっぱり本物の『虚映ノ鏡』がいいかなって思って」


 てへっと笑顔で答える千景に、藍良は思わず苦笑する。


「……ってか!あの鏡、わたしの部屋に置いてたはずなんだけど!?どうして千景が持ってんの!?」


 千景は数秒押し黙ると、ぷいっと顔を背けた。その仕草を見て、藍良は直感する。


 ──千景のヤツ、勝手に私の部屋に入ったな……!


「……あのねぇっ」


 藍良が憤慨(ふんがい)して口を開くと、千景は素早く彼女の口を片手で塞ぐ。


「んんっ!?」

「ごめん、藍良。お説教はまたあとで」


 頬をふくらませ、目で抗議をする藍良を横目に、千景はさらに歩くスピードを速める。


「で?これからどうすんの?」

「タマオと合流する」

「タマオ?」


 その瞬間、千景の眼差しに鋭さが増す。


「さっき、タマオの神気を感じた。藤堂先生に何かあったんだ」


 その言葉に、藍良の表情が一瞬で強張る。すると、千景は藍良の手をぎゅっと強く握り返した。


「僕がいるから大丈夫だよ、藍良。それに……」


 不安げな眼差しを向ける藍良に、千景はふっと穏やかな笑みを返した。


「ユエの正体は、突き止めた」


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