第28話 十三日の幕開け
新緑が陽の光を浴びて煌めく中、藍良と千景、兼翔、そしてタマオは暫く黙り込んでいた。
マスターキーを使い、あらゆる教室で何かを探しまわっていた藤堂。彼は死んだ竜崎に脅されていたのだろうか。
そのとき、体育館裏に吹き抜ける風を裂くように、兼翔がわざとらしく大きく咳払いをした。
「……可能性のひとつに過ぎん。本当に藤堂が竜崎という生徒に脅されていたか、今は確かめようがない」
兼翔の声は冷ややかだった。
「それよりもその藤堂、ひょっとして邪気を纏っているのではないか?」
藍良はハッと顔を上げ、兼翔を凝視した。
しまった。肝心なことを伝え忘れていた。
「そうなの!わたし、前にユエと会って……次の狙いは藤堂先生だって言ってた」
兼翔は深くため息をつき、「やはりか」と低く呟くと、鋭い眼光を千景へ向ける。
「とはいえ、藤堂を張れば、遅かれ早かれユエの尻尾を掴める。しばらく泳がせておくか?気は進まないが」
「そうだね」
「ユエが動くとすれば、そろそろじゃ」
タマオが低く告げる。
「藤堂の邪気は日に日に濃くなっておる。そろそろ、ユエも本腰を入れて狩りに来るじゃろうて」
風がざわりと揺れ、木々が音を立てて揺れる。快晴だった空は若干曇り始め、肌を撫でる風もわずかに冷たく感じられる。
藤堂がなぜ邪気を纏っているのか、肝心なことは依然わからない。だが、時間がない。早くユエを捕まえなければ、藤堂が殺されてしまう。
「提案があるんだけど、いいかな」
千景は黒髪を揺らしながら、皆を見渡した。
「明日、藍良が調べてくれた怪しい三人──音羽、朝比奈、榊。彼らは僕が直接確かめる。その反応で怪しい人物がいれば、放課後から行動を張る」
すると、タマオがピーンと体を伸ばして、舌をぴょろりと覗かせた。
「盛り上がってきおったのォ~~!三人を探っておる間、わしは藤堂を見張るとしよう。少しでも妙な動きを見せたら、“神気”で知らせるわい」
タマオの言葉に、千景と兼翔は微笑みながら頷いた。
一方の藍良は、どこか不吉な予感に囚われていた。気付けば、指先は冷たくなり微かに震えている。藍良は誰にも気付かれないように、そっと両手を背に隠し、拳を握りしめた。心から湧き上がる恐怖を押さえ込むように。
☽ ☽ ☽
翌日。藍良と千景は前日に引き続き、並んで登校した。タマオは、夜通し藤堂の見張りを続けてくれている。そして、兼翔は「気になることがある」と言い残し、昨晩から別行動を取っていた。
教室を見渡すと、兼翔の姿はどこにもない。学園内にはいるのだろうが、何をしているかは千景にも見当がつかないらしい。
「きっと、いろいろ思うところがあるんじゃないかな。どうでも──いや、知らないけど」
言い直した千景の言葉に、藍良は思わずくすりと笑う。今、千景は「どうでもいいけど」と言いかけたのだ。前日の昼休みに、二人は一触即発の空気になり、それはなんとか収まったのだが、やはり千景としても、そして兼翔自身もそう簡単に「仲良く頑張ろっ♪」というわけにはいかないらしい。
昨晩ちらりと聞いた話によれば、二人は死神審問官の同期。昔から何かと張り合って来たそうで、千景は「いつも向こうが突っかかってきただけ」と不満げに語っていた。
だが、そんな二人が同じ任務に就くのは、今回が初めて。仲の悪さは審問官の間でも有名らしい。それなのに、どういうわけか最高審問官は敢えて兼翔を派遣した。だからこそ、千景は余計に、最高審問官の判断に納得がいかない様子だった。すると、千景が気持ちを切り替えるように小さく咳払いをする。
「愚痴ってごめん。もう大丈夫。僕は自分がやるべきことをしっかりやるから」
「でも、千景……本当に大丈夫?」
藍良はそっと彼の横顔を覗き込む。彼は今から、ユエ候補の三人に直接探りを入れるつもりなのだ。
「もちろん。心配しないで。それにこういうの、僕結構得意なんだ」
「得意って?」
藍良が首を傾げると、千景は真正面から視線を重ね、揺るぎない笑みを浮かべる。
「相手の嘘を見抜くこと」
その眼差しには妙な自信と鋭さが感じられた。予想外の千景の反応に、藍良はほっと息を吐く。
千景は作戦の実行を「帰りのホームルーム後」と決めていた。この時間なら、三人同時に確かめやすいからだ。
──そして、時間は流れて放課後。
音羽は日直。今は黒板消しに勤しんでいる。
朝比奈は課題の提出を忘れたらしく、机にかじりついて慌てて書き込んでいるところだ。
榊は昨日トイレでタバコを吸っていたのが担任の犬飼に見つかり、教壇の目の前の席で反省文を書かされている。
今教室にいるのは、容疑者の音羽、朝比奈、榊の三人。
藍良と千景。そして、咲をはじめとした女子生徒数人だ。
千景は藍良と咲と軽口を交わしていたのだが、担任の犬飼がいなくなったタイミングでそっと藍良に目配せをした。
「三人に探りを入れてくる」──そう告げる合図だ。
藍良は、咲と笑顔で会話をしながら横目で千景のうしろ姿を追った。そのとき、ふと黒板に視線が止まる。
日直の音羽が、黒板消しで日付を消していたのだ。だが、チョークは完全には消えず、白い粉の下に文字がぼんやりと浮かび上がっている。
──六月十三日(金)
光に照らされ、不吉な数字が幽霊のように胸にまとわりつく。
時刻は夕方。だが、藍良たちの長い一日は、ここから始まろうとしていた。




