特別編
俺の名前は橋田ソウマ。数年前に重い病を患って、その医療費を仲間の異世界警察が請け負ってくれるということで異世界警察に入った。
魔法はそれほど強くないし、身体能力も低い。だが、コミュニケーション能力に優れていたので、隊の中でそれなりに成功して三下から異世界警官には昇格することが出来た。
異世界警官の隊に配属されてから約2年半経つ。未だ昇格の兆しは全くなし。だが、最近面白い話題があった。
「なぁ、聞いたかよ。朝霧悠が力取り戻したって話。」
「そんなの嘘だろどうせ。誰かがデマ流したんだよ。大体、朝霧悠って人間がいるのかすら怪しいぜ。」
隊長に怒られないように、静かに話していた。ソウマは仲間のアキラに言ったが、アキラは信じていないようだ。掃除中に最近話題になっているこの件。
いや、有り得ないだろ。そもそも数日前に朝霧悠が亡くなったって話が出てて、それで次は力を取り戻したとか。そんなことはソウマも内心分かっていた。
「男のロマンってやつだよ。ほら、今度隊長の頼んで第壱区の掃除に行かせてもらおうぜ!その時に確認しよう!」
「おいそこうっせぇぞ!!何はしゃいでんだ!!」
遠くから隊長の怒鳴り声が聞こえてきた。ソウマは敬礼すると、大きい声で「すいません!!」と言ったが、今の状態では怖いもの無しだった。
「俺の息子にも土産話として持って行ってやろう。来週には帰省可能日だからな。」
異世界警官には、2週間に1日だけ帰省可能日があり、異世界警察署本部を出て帰宅が出来るのだ。
掃除は終わり、次はトレーニング時間になった。大型トレーニングルームを他の隊が使わないそうなので、今日は存分に利用できる。だが、この時間もソウマはアキラと話していた。
「最近お前収入どうなんだよ。」
「まあまあかな。月の手取りは50万くらい。」
異世界警察は危険も伴う仕事。特別警官になれば月収はゆうに200万を超えてくる。しかし、異世界警官では出動することも半年に一度あるかないかで、手取りは少なくなる。とはいえ平社員などは当然超えてくる。
「はぁ〜……朝霧悠とか月1000万くらい稼いでんのかな〜」
「だから朝霧悠なんて存在しないって。高校、大学で習ったのは歴史上の朝霧悠だろ?もうとっくに死んでるよ。」
「でも、アストラさんには俺会ったことあるんだぜ。質問してみたら、朝霧悠の魔法で寿命が無限、つまり不老らしい。」
アキラは信じていないようで、ため息をつくと、ダンベルを置いて腕立て伏せを始めた。その時、隊長が全員を召集した。
「お前ら授業で十星は習ったよな。」
異世界警官は毎日授業があって、そこで異世界警察について詳しく知ることとなる。十星については数日前に習った。
異世界警察の最高権力で、〖均衡崩壊〗後に作られた役職。
「あの十星が結構前から、異世界警察を離れた……いや、この際ハッキリ言ってしまおう。ヤツらは裏切った。」
隊の中でざわめきが広がる。そもそもアキラは十星の存在すら信じていなかったし、それが裏切ったなんて有り得ない。どうせ隊長のドッキリだろうと内心思っていた。
「明後日、×月17日。決戦の日だ。異世界警官も三下さえも全員に出動命令が出ている。」
そう聞いた瞬間、全員の背筋が凍った。〖第二次均衡崩壊〗が起こり、世界全ての強さが異次元になった。それ以前に、一度だけこの隊は出動した事がある。ワンク1の世界だった。
その時にさえも、重傷者はおよそ3分の2、死者数は5人もいた。この隊は30人。学校のクラスと考えて貰って構わない。クラスの中で5人が亡くなり、20人が重傷になったのと同等だ。
なのに十星と戦う?有り得ない。隊の中で一人生きていられるかも分からない。
「それに伴い、全員の部屋にこちらのパーカーが支給されている。こちらを着用して出動しろ。」
そんなことを言われても、ソウマは上の空だった。妻のミイナと娘のエマが待っているのに危険な任務には行けない。行きたくない。
だが、今回は「出動要請」ではなく、「出動命令」。異世界警察であれば出動は絶対だ。
「一人一人家庭もあって事情もあると思うが……皆頑張ってくれ……!」
隊長は苦しそうに言った。ソウマは全身に冷や汗をかいて、今から起こる惨劇を想像してしまった。来週、せっかく娘と妻に会えるんだ。
隊長の解散の合図でその日は解散し、次の日は普通の日常に戻った。恐ろしいほどに普通の日常だった。皆、怖いのだろう。だが無理して隠しているのだ。
時間は残酷だ。嫌なこと程早く来るようだ。決戦当日、朝早くから隊全員は大広間に集合させられた。混雑を防ぐために規則正しく並ぶ異世界警官と特別警官は、ざっと見ただけでも数百万ほどいた。
「××隊、ここに整列しろ。」
隊長のその掛け声で全員が綺麗に並んだ。1時間も経たないうちに大広間は埋まり、壇上には一人の男が現れた。
あぁ。俺の言ってることは当たっていた。そこに居たのは朝霧悠だった。ソウマの隊は後列の方だったが、毛穴が開く程に強烈な魔力は全身にヒシヒシと感じていた。
「全ての犠牲も……全ての怒りも……今日の決戦のためだ!!」
朝霧悠の声は、遠くに居るのに耳元で叫ばれているかのようだった。マイクすら使わずにそう言った。朝霧悠は宝刀【叢雲】を抜くと、太陽にかざして言った。
「星を超えろ。」
朝霧悠がそう言うと、周りの隊は『うおおぉぉおっ!!』と沸くように叫んだ。だが、ソウマは一人俯いて悩んでいた。逃げ出してしまおうか。流石に殺されることはないだろう。気付かぬ間にソウマはふらついていて、アキラに肩を掴んで立たされた。
「安心しろ、ソウマ。お前ならやれる。」
そう言っているアキラ本人も手は震えていたが、支えにはなった。
隊長の指示で全員が一斉に移動を始めた。詰まらないようにゆっくりと歩いたが、出口に近い後列の方だったので、十数分後には出られた。
異世界警官には特別なワープスポットがあり、巨大な円の上に乗ると特定の世界に移動できる。およそ数百人は軽く乗せられるだろう。そこに乗って移動すると、移動先はまさに混沌とした状況だった。
どこかの隊が扉を壊して中に侵入していったが、中から溢れるように兵が出てきて、隊員の一人は発砲されて死んでしまっていた。
それでも他の隊員は全く動じずに、突撃して死んでいく。一人一人の命の価値。それがこの場に来ただけで煙のように軽くなってしまうのだ。
「××隊、突撃だァッ!!」
隊長は半ばガムシャラにそう叫んだ。隊長はライフルを手にして中に侵入していくと、中の兵を一気に撃ち殺した。
ソウマも必死になってピストルを打ったが、人を打つ度に自分が自分でなくなるような感覚がした。
「死ねぇっ!!!」
気がつけば死角から兵に襲われそうになっていた。咄嗟にピストルを胸の辺りに発砲して、免れたが、血が顔に飛んで、その兵はその場に倒れてしまった。
だが、死んでいなかった。兵は「痛い……痛い……!!」と叫ぶと、涙と血で顔をぐちゃぐちゃにしながらソウマの足を掴んだ。
「助けて……!まだ……死にたくない……!」
ソウマは顔を歪ませた。恐怖、憂鬱、哀れみなどが合わさった感情だった。
だが、隣をある男が通過して、その兵は蹴り飛ばされた。男の顔は怒り、喜び、悲しみ、全てを捨てたような冷たい表情だった。
「朝霧悠……」
朝霧悠は、兵を蹴り飛ばしたことにすら気が付かずそのまま走り去っていった。その間にも銃撃戦は収まらず、ソウマは腕を弾丸に掠められた。
「ソウマ、ボケッとすんな!!!」
アキラの叫び声でようやくソウマは現実に引き戻された。痛みすら感じない。アドレナリンが出ていて興奮状態だった。
30分ほど銃撃戦が続き、ソウマは数十人ほども打ってしまった。なるべく急所は避けて、腕や足を狙ったが、だとしても何人かを殺してしまった。
「もう……」
ソウマの精神はほとんど崩壊していた。段々身体からの力も抜けてきた。もう無理だ……いや、違う。
妻のミイナと娘のエマが今も家で待ってくれているのだ。絶対に死んでたまるか。こんな所で、死んでたまるか!!
だが、何故だか全身に力が入らなかった。周りを見渡すと、他の隊員、兵もそんな様子だった。そんな時、パーカーから通信で連絡が来た。
『先程から土星と戦っている。奴の攻撃で兵の魂がどんどん吸われている。』
これが十星の術だと言うのか。あまりにも格が違いすぎる。この基地内に何人いると思っているのだ。1億以上はゆうにいる。その全ての魂を吸うなど有り得ない。
土星の術使用から数十分が経った時。
『こちらV-ENOM、地球の説得に成功しました!存分に基地を破壊してくだ……』
パーカーのボタンから聞こえてきた声は、そこで途切れてしまった。ソウマはその声に驚いて、抜けた力が戻ったようだった。
鉛の弾丸が飛び交い始め、全身の汚れも血で洗われた。真っ白になっていた頭の中は血の赤と黒に染められた。
が、それもまた白に戻されてしまった。
兵を一掃し、階段をアキラと登っている最中、突然壁に切れ目が入り、「ピシッ」という高い音が鳴った。
周りの兵の誰よりも早く気がついたアキラはソウマを突き飛ばして階段から落とした。
「っ……!!アキラァッ!!」
同じように異変に気がついたソウマはそう叫んだが、アキラは口角をつりあげて笑った。
「生きろ。」
同時にアキラの胴体は真っ二つに切断されて、その死体ごと壁は焼き尽くされた。
ソウマは目の前の光景が信じられず、焼き炭となってしまったアキラの肉体を抱えた。涙すら焼かれたかのような感覚に陥ったソウマが頭を上げて見えた物は、ただ1人の人物だった。
「朝霧悠……」
見る場所で見える物は変わる。
見る人で見える物は変わる。
特別編 終
異世界警官目線の物語を書いてみました。主人公が正義とは限りません




