第八十話 嗚呼
【魔力の請求だ。4分の1。】
悠は叢雲から魔力の請求を受けたが、魔力が減った程度では意に介さなかった。
悠はロスに右手を突き出した。ロスは椅子から滑るように降りると、目の前の机を蹴り上げて盾の代わりにした。
机は『太陽』によって焼き切れ、ロスは地面を這うように滑って移動した。
「その能力も高頻度じゃ打てないやろ!」
悠が叢雲に触れたのを見て、ロスはそう判断した。そう、『太陽』は一度使えば魔力を非常に多く使用する。次の発動には短くても一分かかる。
ロスは両手を地につけて、両足を上げた。逆立ちのような姿勢になったあと、両手で体を押し上げて跳んだ。
悠は叢雲を抜いたが、ロスはその太刀筋を完璧に見極めて、寸分の狂いもなく触れないように避けた。
「阿呆がっ!!」
ロスはかかと落としをしようとして右足を振り下ろしたが、殺気を感じ取ると足を引っ込めて下がった。
蒼だった。蒼は鬼丸を振り下ろしていて、遅れていたら足は切り落とされていだろう。
「テメェ抜刀から動きが速すぎんだろ……!」
「え、あ……ありがとうございます。」
蒼の困惑したような純粋な反応に、ロスは怒りで眉をひそめた。
「魔法くらい使えや……!」
「あなたも使ってないじゃないですか。」
そういえば悠も蒼の魔法を見たことがなかった。魔法抜きでも異常なまでに強いからだ。
先程から蒼は目を開いて、やけに饒舌だ。まさか紫煙を吸いでもしたのだろうか。いや、違う。戦闘狂なのだ。
「……もうええわ。こんな状況じゃやっていけん。」
すると、ロスは指の先から出した血で魔法陣を地面に描いて、片目にだけ眼帯のような物をつけた。
「人は“穢れ”ている。憤怒や嫉妬……それは時に煩悩であり、大罪である。」
悠と蒼に語りかけているはずが、まるで独り言を言っているかのようにブツブツとロスは話し始めた。時間が経つにつれ、魔法陣の赤い色はどんどん漆黒に染まっていった。
「その“穢れ”を力にすれば。」
そう言うと、ロスの肉体は黒炎に包まれ、眼帯からは不気味な藍色の炎が吹き出していた。炎が消え去ると、ロスの背中からは翼が生え、悪魔のような見た目になっていた。
【メフィストフェレス。】
ロスの背後に悪魔がいるかのようだった。眼光は暗く光り、眼帯は黒く燃えていた。翼は深い青で、底なしの深淵のようだった。
【十星は星の神の力を借りるらしい。俺達は……眼帯をつける事で悪魔の力を借りる。】
瞬間、ロスの魔力は遅れて反応するように、全身で爆発した。その勢いは止まらず、地面に押されるかのように、ロスは蒼に向かって走り始めた。
【弾丸の速度ォッ!!】
音を置き去りにするかの如く、その蹴りは蒼に放たれた。追いつくのがようやく、鬼丸ですら防ぎきれず、蒼は吹き飛ばされた。
悠は叢雲を構えると、ロスの体に垂直に振り下ろした。だが、その攻撃はほんの少し逸れて翼に掠った。
「っ……!?」
【見てる景色が正しいかは分からんやろ。】
ロスは悠を蹴ろうとした……まだ触れていないはず、だが、蹴りは悠の腹に直撃した。悠は魔力を腹に全て集中させ、防御した。
「時間の進みが異なるのか……!」
【正解。】
そう、それがロスの魔法。『遅延』。
悠の見ているロスの姿は、およそ一秒前の物。分かりやすく言えば、遠くの星を見ているかのようなものだ。
「『紫煙』」
悠は叢雲をロスに向けて『紫煙』を放った。仮に見ている景色が違っても、これ程の広範囲の技ならロスにも効果があるはず。だが、叢雲が煙を放出することは無かった。
【阿呆が。】
ロスは不敵な笑みを浮かべると、地面を蹴って、悠の腹部に拳を入れようとした。寸前で叢雲で防御したが、悠は吹き飛ばされた。
交代するように蒼が鬼丸を握ってロスに切りかかった。ロスは翼で払い除け、下がった。
【悪りい、悠。紫煙の魔力が足りねぇ。】
悠は地面に叢雲を突き刺して、それを支えにして立ち上がった。すると、蒼は鬼丸の切っ先をロスに向けた。
「『月来香』」
蒼はロスの姿を睨んだ。この距離で刀身が届く訳がない。ロスは見下ろして目を細めた。
ゆっくりと蒼は鬼丸を鞘にしまい込んでいくと、刀は完全にしまわれて「キンッ」という音が鳴った。
次の刹那、初速は光すら超越するほどの速さで、鬼丸はロスに向かって振られた。だがロスは、視認すらままならないその動きを視覚ではなく、五感全てで感じた。そして、身体を捻って刃を人差し指と親指で掴んだ。
「はぁっ……はぁっ……」
【はぁ……】
ただ刀ひと振り。だが2人とも息切れして全身に汗をかいていた。
【俺の……勝ちだよ……!!】
ロスは鬼丸を摘んだまま、大きく振りかぶると蒼の頭部を拳で強打した。蒼は鬼丸を手放してしまい、そのままその場所に倒れた。
「蒼!!」
【一歩……俺には届かなかったな……!!】
ロスはそう言うと、鬼丸を床に突き刺して翼で舞い上がった。青の羽が宙を舞う。それは濃く、深く、重い色だった。
悠が『太陽』の能力を使用しようと、ロスの体に手のひらを向けた。だが、それと同時に気絶したはずの蒼が立ち上がった。
皆の沈黙と不動で、まるで時間が止まったかのようだった。悠は「立ち上がった」という事を数秒してようやく理解して、目を見開いて息を吸ってしまった。
「蒼……!?」
正気ではない。正常ではない。普通ではない。
蒼の中でなにかが狂っていた。
《嗚呼。》
第八十話 終
ロスのイラストの色合い、色々間違えました。色だけに




