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第九十八話 愛だの情だの

 愛だの情だの下らない。だから俺は「会話」を捨てた。

 愛だの情だの下らない。だから俺は「希望」を捨てた。


 蒼皇は薄れゆく意識を瞬きで叩き起した。

 両腕は使い物にならない。横腹は木で貫かれ、痛みすら感じなくなった。足にも力が入らず、立ち上がるのはほぼ不可能だ。

 木星(ジュピター)の足は一本になり、床と同化していた。言うなら大地に生える大木のようだった。


〖光を浴び、酸素を作る。人に搾取され続けているのだ。意味が分かるか。〗


 うんともすんとも言わない蒼皇に、追撃するように木星(ジュピター)は叫んだ。


〖その木を切り倒しているのだ!!人の横暴さが分かるかと聞いているんだ!!〗

「……知るか……」

〖切り倒す木の心は。そこに住む動物達の心は!?愛でているのだろう!!人とはなんと理不尽なのだ!!〗


 蒼皇は下を向いたまま舌打ちした。まるで狂った宗教家だ。盲信するものが木だなんて下らない。心があるなら反逆でもしてくるはずだろう。


〖反逆されなければ良いのか!動かぬ物への愛は!?〗

「……綺麗事だ。」

〖本末転倒な事を!〗

「綺麗事の一言で終わる言葉じゃないか。」


 木星(ジュピター)は頭に来たのか、木星(ウッド)の力を使って、鋭く尖った木を蒼皇の右手に突き刺して、体をぶら下げた。


〖綺麗で何が悪い!!〗

「綺麗な物を見せるのは汚い人間だ!!そして理想を語るのは間抜けだ!!」

〖夢の一つも見られないのか!!〗

「夢に浸ってるから変えられないんだろ!!」


 蒼皇は憤慨してそう言った。


「人を守るのに必要なのは愛でも情でもないんだよ!!ちっぽけな使命感か他人の強要だ!!それで十分なんだよ!!」

〖ヒーロー気取りが化けの皮を剥がしたか!?〗

「正義、ヒーロー、そんなんじゃないんだよ!!俺は悠様にそんなもの教わってない!!」


 その時木星(ジュピター)はようやく気がついた。先程から蒼皇の体がどんどん再生している。魔力の動きを全く気にしていなかった。


「癒せ『(みどり)』。」

〖このォッ……!!〗


 木星(ジュピター)は鋭い木で蒼皇を突き刺そうとしたが、二度同じ攻撃は喰らわない。素早く回避して、蒼皇は木星(ジュピター)に向かっていった。

 木星(ジュピター)は隙を突いて、死角から蒼皇を攻撃した。地面を這って伸びた木は下から蒼皇を攻撃した。


「沈め『(こん)』。」


 瞬間、深い紺色の魔力は蒼皇を襲った木を消失させた。影に沈んでいった木は二度と戻ってくれることはなかった。


木星(ウッド)


 木星(ジュピター)がそう唱えると、もう一度下から木が現れた。が、攻撃性や敵意が無かったため、蒼皇は無視した。その木は大木となり、蒼皇と木星(ジュピター)を乗せたまま、天に向かって伸びていった。


〖この木の成長は最早止まることはない。〗


 そう言うと、木星(ジュピター)は木に変貌した右腕で蒼皇に殴りかかった。


〖どちらかが死ぬまでな!!〗


 標高50m、蒼皇が見た景色は地獄だった。


────────────────────────


 ここはどこだ。

 時折、人の心の中に侵入すると、記憶が曖昧になることがある。数秒もすれば落ち着く。侵入は酷く体へのストレスになる。


「そうか……オウマクンの頭の中か。」


 その時、突然アストラは吐血した。気がつけば、鼻血も出ている。精神への負担が大きすぎる。フラフラの体を叩き起して立ち上がると、魔王の心を探した。

 心の中は大勢の人がいた。いや、人影があった。全くコチラを見ない。歩いて顔を見ようとしても、直ぐに自分から避けていく。楽しそうに話す人ばかりで妬みたくなる。


「なんで……誰もこっちを見てくれないんだ……!?」


 孤独。アストラにとってそれは感じたことの無いものでは()()()()。きっと、異世界警察官ならば誰もが感じている。

 圭太は周りの実力についていけず感じていた。アストラでさえ、悠と共に居るのにも関わらず感じることは多々あった。誰もが感じている。

 そんな事を以前悠と話していることがあった。その時、悠が出した回答は


「孤独は集団で感じるものだ。初めから一人なら何も感じない。」


 アストラはあんぐり口を開いて、驚いてしまった。悠が感じているのは孤独とは違う、孤高だろう。だが、アストラにとってはその言葉がひとつの結論であった。

 では今のこの現状はどうだろうか。孤独と何が違うのだ。


「オウマクンは……」


 アストラは胸が痛むようだった。異世界警官から、特殊なケースで上がってきた魔王。自分に自信もなく、劣等感を感じていた。これのどこが孤独と違うのだろう。

 アストラは気がついた。誰もが同じ孤独を抱えていると。ならば魔王の心は……

 アストラは気がつくと同時に行動していた。自身の心臓部に手を突っ込むと、何かを掴んだ。体の奥から“何か”を引き出すと、それは翡翠(ひすい)色に光る()であった。


「潰れろ。」


 アストラは煩悩にも似たその心を握りつぶした。同時に『侵入』には限界が来た。視界は黒に塗りつぶされた。


────────────────────────


 現実に戻ると、魔王は目を見開いて立ち尽くしていた。


「君寂しいのかい。」


 魔王は黙っている。


「第零区で一人だけ弱いのが悲しいのかい。」


 魔王は沈黙を続けている。


「十星なら居場所があったのかって聞いてんだよ!!」


 魔王は小さく口を開いた。


〖欲しかったんだよ……〗

「悠様は強いもんな。ウルグクンも強かったもんな。じゃあココロクンはどうだよ。」

〖僕だって……殺さないで欲しかった……〗

「君の友達だったんだろ!?同じ実力だったんだろ!?なんでその子を裏切るような真似したんだよ!!」


 アストラは目に涙を浮かべて叫んだ。魔王も堪えきれずに涙を流した。


〖あそこじゃ僕は孤独なんだよ!!弱かったら僕は誰にも認めて貰えないんだ!!〗

「臆病者と罵られるのが怖いのか!!大切な物を失うのが怖いのか!!」

〖お前も……怖がってるだろ。〗

「そうさ、怖いよ!!敵と戦うのは怖い!!でも後ろの仲間が死ぬのはもっと怖いんだよ!!」


 魔王は図星を突かれたのか、ピクッと身体を動かした。


「怖くても戦うんだよ!!それが異世界警察だろ!!後ろの仲間への情で守れよ!!」

〖愛も情も下らないんだよ!!そんな幻で生きていけるのかよ!!〗

「あぁそうさ。君が情を捨てたからココロクンは死んだんだろう。」


 魔王の呼吸は停止した。もし十星に居なければ。ココはまだ生きていられたのか。情があれば生きていられたのか。

 魔王は途端に襲ってきた罪悪感で、涙を流してその場に倒れた。声を上げて大泣きして、アストラ達はその様子をいつまでも見ていた。


〖ごめん……ココ……ごめん……アストラ……〗


 次の瞬間、魔王の身体はボコボコっと膨張し、変形した。ライアは何が起こったのか理解できず、その場に立ち尽くしたが、アストラが間一髪でライアの腕を引っ張って助けた。

 気がつけば天井は崩れ、地下はむき出しの状態になっていた。そこから現れたのは、一体の異形の怪物。


 十星の力は神の力。それに適正があれば、怪物のような力を手に入れることができる。では、適正が無ければ?


⟬どうなってやがるんだ……!?⟭

「オウマクン!!目を覚ませ!!」


 怪物は、辺りの兵を蹴散らし、大きく吠えた。


〖ぅゔぉぉおおぉっ!!〗


 怪物の眼は悲しみを孕んで光った。


第九十八話 終

最初の「愛だの情だの〜」って言うのは、蒼皇の気持ちでもあり、魔王の気持ちでもあった訳です

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