運命のひと
リョウの掌の上に半透明の映像が浮かび上がった。
ちょっとした小屋や倉庫、細い路地まで詳細に表示されているそれは、この一帯の地図——要するに、遥か上空に浮かぶリョウの魔道建造物『流星』の撮影した衛星写真である。
その地図の、ちょうど現在地にあたる丘(かつて神殿であった瓦礫まで表示されている)に黄色い光点が現れ、ゆっくりと移動をはじめる。
皆が見守る中、光点は一度海上へ向かい、大きく迂回しながら移動しやがて停止した。
「……ついに尻尾を捕えたな」
居住区の先、小高い丘の上に建つロアーズ侯爵の屋敷で点滅する光を確認して、ロンドが興奮気味に口を開いた。
「流石だ、リョウ殿! 礼を言うぞ!」
ロンドは身を乗り出し、両手でリョウの手を力強く握った。映像が電子音を立ててぷつりと途切れる。
真正面からきらきらとした視線を向けられたリョウは、照れくさそうに視線を逸らした。
「い、いやあ、リスクを負って接近戦に挑んだ甲斐がありました」
リョウは先ほどのゲバルツォとの戦闘の際、背後から馴れ馴れしく肩を組まれたあの瞬間、その身体に極小の魔道具を取り付けることに成功していた。
『遠話の魔道具』——離れた場所にいる者と会話ができるその魔道具のもう一つの機能が、『流星』を介して居場所を追跡することができるというものだった。
「えへへへへ、実はこれの利点はもう一つありまして、会話に使わない限りはごく微量の魔力しか必要としないので、魔力感知に引っかからないんですよね。もちろん遠隔で会話モードに切り替えることもできますから、盗聴器としての役割も……」
「あーあー、まーた始まったにゃ、リョウのきもいやつ」
「……リョウ様、そんなものを私に渡そうとしてらっしゃったんですか……?」
舞い上がりぺらぺらと早口で喋るリョウを、女性陣が白い目で見ている。
しかしロンドだけは、その聞くに耐えないオタクのガジェット自慢を、母親のように優しく頷きながら聞いてくれている。
「ああ、ああ、やはり凄いな、リョウ殿は!」
「うむ、うむ、素晴らしい。なんという技術だ!」
その横でしれっと一緒に頷いているグレゴリー。
ロンドの顔がいっぺんに青ざめた。
「……りゅ、竜騎士団長、いつからそこに」
「なにやら面白そうな話をしているではないか。まさかとは思うが、あの魔族は侯爵の……」
「ななななな何をおっしゃっているのかよくわかりませんなあああ!」
慌てふためくロンドにちらっと目をやり、グレゴリーは鼻を鳴らした。
「ふん、そういうことか。諸々合点がいった」
「閣下、お待ちを……!」
グレゴリーは片手を上げロンドを制した。
「心配召されるな。今回の件、公になどせんよ。どうやら根の深い問題のようだし、今、馬鹿共に騒がれては却って面倒だ。こちらもこれから国内の状況を調査せねばならんし、それまで情報は伏せておいた方が都合が良い」
なんともつまらなさそうに、淡々と言葉を続ける。
「とはいえ、情報交換は必要だろう。このお家騒動が落ち着き次第、信用のおける者のみで会談の場を設けよう——それでいかがかな、ゼパルマ港湾地区衛兵隊長ロンド殿?」
ロンドは呆気に取られたように、先ほどまでやり合っていた男の顔を眺めていたが、やがてその場に片膝をついた。
「……なんという深慮遠謀。お見それしました、閣下。先ほどまでの無礼に謝罪を」
「ああ、やめてくれ、やめてくれ。貴殿も言っていたろう、俺は今日はここに休暇で来たんだ……なにより、後が怖い。貴殿が何者なのかは詮索しないが」
グレゴリーはそう言ってさも面倒そうに会話を打ち切ると、リョウに向かって歩み寄った。
魔術師の少年の顔をじっと見つめる。心なしかその顔に赤みが差したように見えた。
「そんなことより、そなただ。今の魔道具はそなたが作ったものなのか? リョウといったか」
先ほどまでの淡々とした口調から一変して、楽しそうに声を弾ませている。声が高く、口調も随分と優しくなっているように思える。
「は、はあ。まだ試作段階ですけど……」
「ふむ、そなたの家名は?」
「サエキです」
「リョウ・サエキ。おお、なんとも雅な響きの名だ。そなたに相応しいな。その美しい瞳に黒髪はご両親譲りか」
「……? はあ、僕の故郷では珍しくもないですけど」
「そんなことはない! ……あ、いや、すまん。少し髪を伸ばしてみてはどうだ? 似合うのではないか?」
「そうですかぁ? 僕が髪伸ばすとそれこそオタク丸出しに……」
「いやいや、それならば我が国一の髪結いを紹介しよう! 休みの日にでもエルラントへ来んか? なに、竜で飛べばすぐだ」
「りゅ、竜に乗せてくれるんですか!?」
「おお、リョウは竜が好きか。お安いご用だ! 俺の竜は千年生きた古竜。これほどの竜を駆ることができる者は大陸広しといえども他におらんぞ」
「ええー! すごいですね! どうしよっかなぁ……」
周りをほったらかしてお喋りに興じる二人。
ファセリアはぎぎぎっとぎこちなく首を回してニャミミに尋ねる。
「あ、あの、これってもしかして……」
ニャミミもぎぎぎっと首を回し、答える。
「リョウ、ナンパされとるにゃ」
その場に咲き誇るピンク色の薔薇を蹴散らし、淀んだ空気を一掃すべくロンドが声を張り上げた。
「ま、まあ、それはともかく! 諸卿、いよいよ侯爵の屋敷に乗り込むぞ! 某はこれから別部隊と合流し、屋敷に向かう! リョウ殿はいかがなされる?」
「……俺の屋敷にはまだ小さな仔竜もいる。シンディという名でな、よく懐いていてそれはそれは可愛いものだぞ。ぜひリョウに会わせてやりたいな」
「ええ! やだー! きっとかわいいんでしょうねえ! 見てみたい! キャッキャッ!」
「……おいこらそこのボンクラ学生」
鋼鉄の籠手をガチンガチンと打ち合わせながら、浮かれているリョウにニャミミが低い声で突っ込んだ。獰猛な肉食獣の目で睨んでいる。
一方のリョウは冷ややかな目でニャミミを見て、
「……え? なに?」
「迷惑そうなカオすんなにゃ!!『ちぇ、盛り上がってたのになー』、じゃないにゃ!! これからどーすんのか訊いてんだにゃ!!!!」
にゃあにゃあうるさいなあ、みたいなリョウの表情がいっそうニャミミを苛立たせた。
「ああ、そっか。僕らは先に屋敷に向かおうか。ディーンさんたちも心配だし、できるだけ早く行きたいけど……」
「……またさっきの、びょーーんって飛ぶ魔法使うにゃ?」
「あれ、一回行った場所にしか飛べないんだよ。仕方ない、馬を借りようか」
そこにグレゴリーが割って入ってきた。
「なんだなんだ、リョウ! 水臭いではないか! 侯爵の屋敷まで行きたいのだろう? そして竜にも乗ってみたいのだろう? ならば答えはひとつ! 違うかね?」
「え!? じゃあ、まさか!」
目を輝かせるリョウ。にっこりと頷くグレゴリー。
「俺の竜に乗るといい。送っていこう」
「……あ、あのー、団長、さすがに一般人を竜に乗せるのはマズイですよぅ……おまけにここ、ファイルーンの領空内ですし……」
おずおずと進言したアルフレドに、グレゴリーは至近距離まで顔を近付け、
「アァルフレエエエェェエド。リョウはこの俺の、非常に重要かつ大切なお客人だ。一般人などと、2度とそんな無礼な口を利くなよ? んんん? わかったか? 竜騎士アルフレェェド?」
顔を斜めにして威圧する。アルフレドは震えながら2,3度うなずいた。
「あ、あのー、それじゃその、ニャミミたちも、乗せてもらえるのかにゃ?」
ニャミミが愛想笑いを浮かべて、自分たちを指差す。
グレゴリーは無感情にそれを一瞥した。
「……女か。女どもは適当にアルフレドのしょぼい竜にでもしがみついて行けばよかろう」
「なんだこの◯◯野郎!! ぶっとばすにゃ!!!!」
「落ち着いて! さすがに騎士をぶっとばしちゃダメです! ニャミミさんってば!!」
しゃーしゃー威嚇の声を上げるニャミミ。
必死にしがみついているファセリアに、まったく状況を読めていないリョウが脳天気に話しかける。
「じゃあ、ニャミミとファセリアさんはあっちの竜に乗せてもらうってことで! いやあ、楽しみですね、ファセリアさん!!」
ほくほく顔のリョウを、ファセリアは感情の消え失せた真っ黒な瞳で、しばらくじっと見つめて、
「……よかったですね、おモテになって」
ぷいっと顔を背けた。
「え? モテ……? えっ!? え? な、なんですかファセリアさん!! ちょっと! え!? なんか怒ってます!? ファセリアさん!? なんで!?」




