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64.報告

 ザジさんと共にトランクへ戻り、二階にあるマルマール様の部屋へ向かった。

 魔法関係の物で溢れかえっている室内を慎重に進み、雑然とした部屋の中で唯一整えられているドレッサーに近付くと、引き出しを引いた。


「本当にこれで返事が来るかな?」

「大丈夫ぅ大丈夫ぅ」


 ザジさんに言われた通りのメッセージを書いた紙を転移魔法が描かれた引き出しに入れると、光と共にそれは消えた。


「大体、今まで返事が来なかったのは、アーちゃんの手紙が季節の挨拶で始まっていたからだしぃ」

「季節の挨拶かいたら駄目なの?」

「手紙としては正しいけど、緊急性がないって思われるでしょ」


 確かに緊急ではなかったけど……。


「急ぎじゃないなら、まあ、いっかぁ、ってなるでしょ?」


 マルマール様の性格ならそうかも。


「とりあえず、何時メッセージに気付くか分からないから、パジャマパーティーの準備でもしておこう」

「本当にするの? パジャマパーティー」

「するに決まってるでしょ。さっ、キッチンへ行こう」


 居住空間である二階に設けられたキッチンへと移動すると、勝手知ったる何とかで、ザジさんは冷蔵庫から食材を取り出し、洗い出した。


「何作る気?」

「んー。やみつきキャベツと無限ピーマンでしょ。それからジャガイモとチーズのパリパリ焼きに玉ねぎのバター焼き。んー。鳥皮のカレー煮込みとキノコのしぐれ煮も作ろうかなぁ」


 どれだけ飲む気なんだろうか?


「それじゃあ、私は揚げ物系を用意しておくね」

「揚げだし豆腐宜しくぅ。あと、唐揚げがあると嬉しいなぁ」


 本当に、どれだけ飲む気なんだろうか……。


「いいけど、その代わり私の為に何か可愛いの作ってくれないと駄目だからね」

「いいよ~。任せておいてぇ」


 豆腐の水切りをしている間に、唐揚げの下味をすべく、肉を取りにカフェへと下りた。

 第二騎士団と出会ってから使用頻度が高い為、常に解凍済みとなっているロックバードの肉を持って戻ると、手先が器用なザジさんは先程上げていたメニューの材料をほぼほぼ切り終えていた。


「何か、マルマール様からの連絡が来る前に、パジャマパーティーが始まっちゃいそうだね」

「ははっ。さすがに連絡を待ってから始めるから大丈夫ぅ」


 ザジさんの隣に並んで鶏肉を切り始める

 そう言えばと、口を開く。


「ねぇ、ザジさん」

「んー?」

「さっきの話なんだけど……」

「さっき? どれだろぅ」

「奴隷について……」

「ああ、それ。何が聞きたいのかなぁ?」

「戦争奴隷って国と国が戦った末に、敗戦国の人間が奴隷に落とされちゃうってやつだよね?」

「基本はそうだけど、俺ちゃんの場合は、リッカさんとマルの旦那の悪魔的な強さに惚れ込んで奴隷に志願したんだよねぇ」

「え? どういう事?」

「んー。初めから話すと、旅の道中でリッカさんとマルの旦那二人を見かけたとある王様が、自分の物になれってバカな事を言い出したのよ。二人は歯牙にもかけず立ち去ったんだけどねぇ。権力者って自分の言葉受け入れられて当然だと思い込んでいる人間ばかりだからねぇ」



 その後の展開は容易に想像がつく。


「マルの旦那はともかく、リッカさんはちゃんと言葉を尽くしていたんだけどぉ。言葉が通じないって言うか、話にならないって言うか、とにかく金と権力に物を言わせて二人を追い回した所為で二人がキレちゃってねぇ」


 力に物を言わせ、大暴れしたんだろうな。


「城から誰一人逃げられないように結界を反転させて張った上で、召喚獣を召喚びまくったんだよねぇ」

「えっ!?」

「ベヒーモスやイフリートとか映像記録でしか見た事がない召喚獣が次々と現れるものだから、もう、なんて言うか、阿鼻叫喚って感じだったねぇ」


 想像の斜め上を超えて来た!


「富と権力を誇る為に作られた絢爛豪華な城が、積木細工のように壊されるさまは圧巻だったよぉ」


 愉快痛快と笑いながら話しているが、国の象徴である城が壊されているのだから、とんでもない話である。


「えっと、城の中に居た人って、もしかして全滅したのかな……」

「いや、非戦闘員や早々に白旗上げた人間は見逃してくれたよぉ」

「そっか。それはよかった」

「ただ、遺恨を残さないためにって王族は根絶やしにされたねぇ。見逃して貰えたのは俺ちゃんと俺ちゃんの家族だけだねぇ」


 ん?


「それってどういう意味?」

「んー。俺ちゃんと家族がボロボロの服を着てたからだと思う」

「いや、そこじゃなく。その前……」

「前ぇ?」

「ザジさん、王族なの?」

「あーー、まぁ、下賤な踊り子の腹から生まれた庶子って事で、待遇は下男並みだったけど、血筋的にはそうだねぇ」

「つまり、王様の息子……」

「忌々しい事にねぇ」


 女性を見かけたら挨拶代わりに口説き文句を言い。

 兵士よりも遊び人の称号が似合っているような人が、王子!?


「今、何か、失礼な事考えたでしょ~」

「いや、そんな、全然だよ」

「本当にぃ?」

「本当だよ。遊び人の称号が似合うとか思ってないよ」

「それは思って欲しいなぁ~」

「そうなの!?」


 そんな取り留めのない遣り取りをしていると、目の前を青色の小さな鳥が横切った。






「マルの旦那の使いじゃない」

「うん」


 調味料に浸けた鶏肉を冷蔵庫へ直し、二人でマルマール様の部屋へと急いだ。

 緊張と興奮から扉の前で深呼吸をする。

 意を決して中へ入りドレッサーの前へ立つと、時の流れを忘れたかのように二十年前と変わらぬ美しい姿があった。


 ――ふっ、と息を呑んだ。

 長年見続けているというのに、見る度に感動を覚える。それほどに美しい。

 抜けるように白い肌を隠すように腰まで伸ばされた漆黒の髪。星の光を閉じ込めたような切れ長の瞳。通った鼻梁に形の良い唇。誰もがうっとりと見惚れる妍麗けんれいな顔もさる事ながら、纏っている空気が尋常ではない。

 見る者を魅了し狂わせる妖刀さながらの冷気と艶めかしさを感じさせる。


「息災か?」


 表情を動かすことなく、低く静かな声に問われた。

 緩い雰囲気のザジさんとは違い、威厳を放っているマルマール様の前では自然と背筋が伸びる。


「はい。元気一杯です」


 全力で肯定すると、安堵するように瞳が閉じられた。

 光り輝く金色の瞳が開かれると、その視線はザジさんに向けられた。


「それで、助けてくれとは何なのだ?」


 連絡を取る為に書いたメッセージの意味を問われ、ザジさんは何時も通りの薄っぺらい笑顔を浮かべた。


「今、無人島に居るんだけどぉ。そこに至るまでの話を聞いてあげてぇ」


 何故そんなところに居るのかと問うように、鋭い瞳がこちらを見た。


「ええっと。実はですね……」


 何度も頭の中でまとめ上げた内容を思い出すが、冒頭部分が言葉に出せない。

 それもそのはず。始まりが婚約破棄なのだから……。

 その部分を省くか、別の何かにすり替えるかを検討していると、ザジさんに肘で突っつかれた。


「マルの旦那がまってるよぉ」


 瞬きもせずこちらを真っすぐ見つめている瞳に嘘は吐けないと観念し。


「トッドが村に帰って来たんですけれども……」


 一番の難所である婚約破棄から説明を始めた。

 最初さえ話してしまえば、あとは大した内容ではないので、すらすらと言葉が出て来る。

 マルマール様は私の話に頷く訳でもなく、相槌を打つ訳でもなく淡々と聞いていた。

 一通り話し終えると、マルマール様は僅かに首を傾げた。


「村を出たのなら、もうあれは必要ないと言う事か?」


 何を聞かれているのか分からず、語訳を頼むようにザジさんを見上げる。


「サクリ村はアーちゃんが何不自由なく過ごせるようにと、リッカさんとマルの旦那が作った村だから、不必要なら処分するって話だよぉ」


 話が大き過ぎて頭が追い付かない。

 何をどうするって!?


「作ったとか、処分とかどういう事?」

「んー。リッカさんとマルの旦那って、世界中から追われてるからさぁ」


 どんな規模のお尋ね者なの!?


「いや、物騒な意味で負われてるのもあるけどぉ。大半は側に置きたいって理由だから、大丈夫ぅ」


 それは大丈夫と言えるのだろうか?


「まあ、出産と育児をするための安息の地を探すよりも、自分達で作った方が早いって、でき上がったのがサクリ村なわけ」


 なるほど。

 って、村ってそう簡単に作れるものじゃないよね?

 母さんとマルマール様なら可能な気もするけど……。

 いや、待って。


「サクリ村の人が母さんやマルマール様の事を見慣れていたとしても、誰にも話さないって無理なんじゃ……」

「それは私の魔法でどうとでもなる」


 ああ。うん。

 そーですね。


「リッカさんが死んだ後、残されたアーちゃんが暮らしていくために存続させてたけどぉ。アーちゃん、村を出たでしょ? だから、もう村は要らないかなって話なんだけど、どうする?」


 村を出たからって、どうして要らないって話になるんだろうか?

 母もマルマール様もどうしてこう、極端って言うか、大雑把と言うか……。


「サクリ村は私の故郷です。思い出もいっぱいですし、村の皆の事も大好きです。今は一時的に離れているだけで、そのうち帰る予定なんで、現状維持で! 存続でお願いします!!」


 必死に訴えると、マルマール様は眉一つ動かさずに「分かった」とだけ言った。

 よかった。村の皆の平和が守られた。


「次にギルドの件だが、私の方で片付けておく」

「あの、取られてしまったギルド証は戻りますか?」

「戻るも何も、あんな物は再発行すれば済む話だ。気にしなくていい」


 母さんの形見のギルド証は戻ってこないのか……。


「それより、アゼリアを誘拐した男は処理をしていいのか?」

「ジャマール国の王子は、暫く俺ちゃんの方で使うんでぇ、放置でお願いしま~す」

「再びアゼリアに手を出す危険性は?」

「あれは現金な男なんで、俺ちゃんと友好関係を結んでいた方が得だと思っているうちは、バカなまねしないしぃ、こっちの機嫌を取る為によく働くはずですし、働かなかったら切り捨てればいいだけなんで、大丈夫ですぅ」

「お前がそう言うなら、私は手を出さないでおく」

「有難う御座いま~す」


 一通りの話が終わり「では」と、別れの挨拶に移る前に、切り出すタイミングをずっと計っていたお願いを口にした。


「あのっ、先程話した第二騎士団の団長なんですが、借金奴隷である事から団長の任を解かれてしまっているんです。貴族相手だったので貴族値段で取引したのですが、買ったスーパーメガポーションは彼の奴隷の為に使われました。買った人間が貴族であっても使った相手が奴隷なら、減額の対象にはなりませんか?」


 マルマール様は静かに私を見つめた後、視線をザジさんへと移した。


「直訳すると、騎士団長くんを現場復帰させてあげたいからぁ、三百億クレの借金を平民価格に下げて欲しいって話です」

「その団長とやらが、減額を願い出たのか?」

「いえ、レオナルド様は一年の猶予があれば全額返金すると言ってまして……」

「なら何故、減額を願ったのだ?」

「それは、レオナルド様に一日も早く騎士団に戻って欲しくて……」

「その者が側に居ては目ざわりと言う事か?」

「いえ」

「邪魔なら消すぞ?」

「いや、その……」


 あれ?

 何だろう。話の雲行きが怪しい。

 助けを求めるようにザジさんへ視線を向けると、意味ありげにニヤッと笑った。


「アーちゃん。その騎士団長の事が好きなんですよぉ」

「は? え!?」


 違うと、訂正を入れる為にドレッサーに飛びつこうとするも、ザジさんに肩を引き寄せられた。

 そして耳元で「黙っててぇ」と囁いた。


「好きなら側に置いておけばいいのではないか?」

「複雑な女心ってやつでぇ。一緒に居たいけどぉ、大好きな彼から職を奪いたくないって話です」

「そうなのか?」


 違うけど、違うって言ったら話が戻ってしまう為……。


「概ねそんな感じです」


 笑顔を引きつらせながら肯定した。

 マルマール様は思案するように視線を落とした。


「借金を帳消しにする事も奴隷から解放する事も容易いが……」

「でしたら……」


 独り言のように零された言葉に、あと一押しだと飛びつくも。


「相手もそれを望んでいるのか?」

「え?」


 バッサリと切り捨てられた。


「男が騎士団へ復職する事を願っているのなら、奴隷から解放しよう。そうでないなら、このままで構わないだろう」

「いや、でも……」

「アゼリア。人の一生は短い。一緒に居られるうちは居た方がいい」

「ごもっともですが、短いからこそできる事も限られていると言いますか……」

「アゼリア」

「はい」

「その男は要るのか? 要らないのか?」


 声も口調も変わっていないのに、首に刃物を突きつけられているような鋭さを感じた。

 答えを間違えられないと、息を呑む。


「要ります」


 硬めの声で答えると、ほんの僅か、マルマール様の相好が崩れた。


「飽きるまで側に置いておけばいい。要らなくなったら何時でも言いなさい」


 要らないと言ったら最後。奴隷ではなく生からの解放になりそうで怖い。

 レオナルド様に借金の減額に失敗した事を心の中で詫び、ただただ微笑む事しかできない私だった。

話が長くなってしまったので、パジャマパーティーは後日更新します。

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