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63.夕日と共に

「ザジさんの事だから、あのまま船を沈めるかと思った」


 平和的解決に安堵しての言葉だったが、不満に聞こえたらしく。


「アーちゃんが望むならそうしようか? 後、五六発叩き込めば沈むと思うし」


 恐ろしい提案がされた。


「望んでないから、止めて! 本当にお願いだから!」


 全力で待ったをかけると、真意を探るように私を覗き込んだ。


「本当に?」

「本当に!」

「そっか~。ぶっちゃけ沈めてもよかったんだけどね~。村の外ではなるべく目立たないようにしろってリッカさんに言われてたからさ~」


 成人男性がなんとかすれ違えるほどの廊下を抜け、甲板に上がって行くと、殴り倒され昏倒している船員達でいっぱいだった。

 屍のように横たわる船員と血や吐しゃ物でまみれた甲板は、さながら地獄絵図の様なありさまである。

 そんな惨憺さんたんたる光景に異様な影が落ちているのに気付き空を見上げれば、五頭のワイバーンが上空で旋回していた。


「ザジさん、あれって……」

「アレなら心配しなくても大丈夫。マルの旦那から預かっていた指輪で召喚んだ魔物だからぁ」


 首にかけているチェーンを引っ張ると、その先には私が嵌めているのと同じ指輪があった。


「戦力としてはあれだけど、魔法陣刻んだ腕輪付けさせているから、上空から魔法攻撃できて使えるんだよね~」


 船に対しての攻撃はサクリ村三強のダンカさんかロラックさんを連れてきているんだと思っていたが、魔物を使っていたのか……。

 それはそうと。


「リッカ母さんに目立たない様にって言われてたんじゃないの?」

「だからワイバーンにしたし、数も五頭だけにしたけどぉ?」


 厳選したみたいに言っているけれど、他国籍の船の上を五頭のワイバーンが旋回し、放つ事のできない魔法で攻撃しているのだ。注目を集めない訳がない。

 船は全速力で進んだのか、港から随分と離れてはいるが、視認できる距離である。

 今頃港は大騒ぎになっているに違いない。


「険しい顔して、可愛い顔が台無しだよぉ」

「誰の所為ですかね?」

「えーー。俺ちゃんの所為?」

「他に誰がいるんですか!?」

「そんな怒らないでよ~。いくら俺ちゃんが強くても世界には俺ちゃんより強い奴なんかごろごろ居るし、万が一そんなのが船に乗っていたら後方支援なしには逃げられないよ~」

「だとしたら、もっと目立たない召喚獣を召喚ぶとか……」

「例えばぁ?」

「ええっと……」


 どれだろう……?


「マルの旦那が従えている魔物は大体が魔大陸のヤツなんだから、どれ召喚んでも目立つって」


 確かにそうかもしれない。

 召喚獣の名前を上げたら、レオナルド様が恐ろしい形相で睨んでいたしな。


「まあ、既に飛ばしちゃってるし、港の人間が上空に注目している間に逃げちゃお」

「キューン」


 私の代わりに返事をするように愛らしい声で何かが鳴いた。見れば、イルカが海面から顔を出していた。


「迎えが来たみたいだ。悪いけど、アーちゃんトランクの中に入ってちょ~だい」

「え……」


 母さんの友達だからトランクの事を知っていてもおかしくないけれど……。


「トランクは私じゃないと運べないよ」

「大丈夫。俺ちゃんも持てるから」

「でも……」

「嘘だと思うなら貸してみて」


 そう言って私の背からトランクを優しく奪い取った。


「ね?」

「何で……」

「何でって、何時も言っているでしょ。俺ちゃんは愛の奴隷だってぇ」


 それはリッカ母さんにベタ惚れなザジさんの冗談だと思っていた。


「借金奴隷が居るなんて母さんから聞いてないし、それに二十年かけても返せてないって、どんだけ借金しているの?」

「ははっ、違うよ~。俺ちゃんは一時的な借金奴隷じゃなくて、戦争奴隷ぃ」

「戦争……奴隷?」

「そっ、別名犯罪奴隷。死ぬまで奴隷なんだよねぇ」

「でも、ザジさんの胸に奴隷紋はなかったよね?」

「俺ちゃんのは~お尻にあるんだぁ。見ちゃう? 俺ちゃんのお尻ぃ」

「いや、見ないけど」

「えぇ~。お尻の形には自信あるんだけどな~」


 表面だけ残念がって見せると、トランクを甲板に置いた。


「奴隷云々は後で説明するから、早く中に入って入って。港から凄い勢いの船が来てるから」

「誰の所為かな?」

「う~ん。やるならもう少し沖に出てからにすればよかったねぇ」

「本当にね」


 大きな溜息と共にトランクへ入ると、ザジさんが覗き込んで言った。


「何か簡単に食べられるもの用意しておいて」


 私の返事を聞かないまま、バタンとトランクは閉められた。






 ――帰ろうと言っていた。

 なら、行き先はサクリ村だろうか?

 村はヴァシェーヌ国寄りにあるので、直ぐに行く事ができる。

 が、さすがに今日中は無理かもしれない。

 私が行方不明となっている間、ユエンさんが……。もしかしたらガロスさんも一緒に怒られていたらどうしよう。

 そんな事を考えながらひたすらおにぎりを握っていると、トランクが開かれ、カフェ【猫のしっぽ】へ現れた階段を使ってザジさんが下りて来た。


「良い匂い。何を作ったのぉ?」

「おにぎりと厚焼き玉子と味噌汁」

「それなら外で食べられるね。夕日がきれいだから外で食べよう」


 ザジさんはキッチンへ入ってくるなり、鍋から味噌汁をカップに装うとおにぎりと厚焼き玉子の乗った皿と共に岡持ちに入れ、私の手を取った。

 わざわざ見慣れたサクリ村の夕日を見ながら食事する必要などないのにと思いつつ、外へ出ると――。

 そこは見知らぬ風景だった。


「は?」

「地平線に沈む夕日を見ながらの夕食だなんて、ロマンチックだねぇ」


 ロマンチック云々の前に。


「ここ、何処!?」

「んー。マルアッタン国近くの無人島だねぇ」


 ユーリシア大陸の中央下にヴァシェーヌ国があり、その西隣に故郷であるルーベル国がある。マルアッタン国はヴァシェーヌ国から見て東。つまりルーベル国の反対側にある国だ。


「帰ろうってサクリ村に帰るんじゃなかったの?」

「んー。そう言った方が、ヴァシェーヌに戻るって勘違いさせられていいかなって思って言ったんだけど、駄目だったかなぁ?」

「駄目じゃないけど、何で無人島?」

「何でって、何処かの悪戯好きな王子が「聖女が現れた」なんて言うもんだから、色々な国が色めきたっちゃってさぁ、ほとぼりが冷めるまで適当なところで過ごすしかないんだよねぇ」

「それって、当分ヴァシェーヌ国に行けないって事?」

「まあ、一番騒いでいるのがあの国だからねぇ」


 そんな……。


「何とか行く事って、できないかな?」

「行くのは簡単だけどぉ……」

「けど?」

「相手を殺さずにアーちゃんを守るって結構大変なんだよね~」

「でも、ザジさん強いし……」

「いくら強くても、数には勝てないよぉ」


 それもそうか。


「な~んでそんなにヴァシェーヌ国に行きたいのさぁ?」

「私の所為で護衛役の人が怒られていると思うし……」

「事実、誘拐されるって失態を犯したんだから、怒られても仕方ないんじゃない?」

「護衛役の人はホテルに戻ろうって言ったのに、私がギルドに行きたいって……わがままを通すために串揚げを食べさせるって#唆__そそのか__#した所為だし……」

「唆される方が悪いでしょ?」


 そう言われると、そうなんだけど。


「それに、倉庫の肥やしになっている武器防具とか色々買い取ってくれる約束もあるし……」

「武器防具は腐らないから少しくらい遅れても大丈夫だよ」

「あと、ハンバーグサンドとかの店を出すって計画もあって……」

「そう言えば、屋台がどうとかって話いたね~」

「は? え? 何で知っているの?」

「何でって、聞いていたしぃ?」

「何処で!? てか、何時から!?」

「最初からぁ?」


 最初って、何時!?


「何処かのバカが外の人間を村に入れたから、その処理で遅れちゃったけど、アーちゃんがヴァシェーヌ国に入った時には追い付いていたよぉ」

「は?」

「ん?」

「なら、何で今日まで現れなかったの?」

「そりゃあ、アーちゃんが楽しそうにしてたしぃ」


 確かに楽しかったけど。


「それに恋の傷は恋でしか癒せないって言うしぃ」

「は?」

「ん?」

「恋って何の話?」

「黒髪の騎士とイチャイチャしてたでしょ?」


 そんな事した記憶がない。

 基本、レオナルド様には睨まれるか駄目だしされるかだったし。


「肩抱かれたり、腰抱かれたりしてたしぃ」


 肩は抱かれたけど、それはアラベラ様から守るためだし、腰は抱かれた覚えがない。

 もしかして、荷物みたいに小脇に抱えられた事を言っているのだろうか?


「それにキスしてたでしょ」

「してないし!」

「あれ? 引っかからなかった」


 引っかかるも何も、そんな事実はない!


「しょっちゅう二人でトランクに入り浸っているから、良い感じに進んでいるんだと思ってたけど、違うんだぁ?」

「進む以前に私とレオナルド様はそういう関係じゃないし」

「本当にぃ?」

「レオナルド様の名誉の為にも変な勘違いは止めて!」

「ふぅん。ざ~んねん。パジャマパーティーで恋バナするの楽しみにしていたのになぁ」


 ザジさんは地平線に沈む夕日を見つめながらおにぎりを一口食べ、味噌汁を啜ると私に視線を戻した。


「まあ、黒騎士くんの事は一旦置いておいて、とりあえず今日までの事をマルの旦那に報告しないとだね~」

「え? マルマール様と連絡が取れるの?」

「そりゃあ、勿論」

「どうやって? 呼び札に呼びかけても全然反応がないのに……」

「呼び札はタイミングが合わないと、応答できないからねぇ」

「それじゃあ、どうやって……」

「どうって、普通に手紙で」

「手紙?」

「アーちゃんの家にもマルの旦那専用の転移魔法具あるでしょ?」

「あるし、何度も送ったけど、何の連絡もなかったよ」

「あーそれはね。出し方が悪いんだよぉ」


 ちゃんと礼儀を守って出したのに……。


「後で一緒に出そうねぇ」


 そう言って、ザジさんは残りのおにぎりを頬張ったのだった。

話が長くなったので、二話に分けました

続きは後日更新します

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