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62.命の水

 謎の男の乱入に連行役と給仕係の男が飛び掛かるが、一瞬で床に沈められた。

 彫の深い顔に肩まである癖のある金髪をサイドだけを結び、顎には無精ヒゲを浮かべた男は鼻歌でも歌いだしそうな軽い足取りで近付くと、私の隣に腰を下ろした。

 たれ目が可愛い。薄い唇がセクシー。とにかくエロカッコいいと、サクリ村の大多数の女子を魅了して止まない魅惑の微笑にキュンではなくドキッとしてしまう。無言のまま『アーちゃん見つけた』と言われているようで怖い。


「ざ、ザジさん。何でここに?」

「何でーて、アーちゃんの居るところ、俺ちゃんあり、でしょ?」


 生まれてからずっと面倒を見て貰っているので、間違いではない。

 ないのだが……。


「そう言う事じゃなくて、どうやって商船ここを突き止めたのかな? って話なんだけど」

「それは、ほら。見えない絆で、ビビッとくるし」

「ビビッと……」

「そう。愛の力でね~」


 発見される度にする質問に今日も答えて貰えず、不満から口を尖らせると。


「可愛いお口ぃ」


 人差し指で口を突っつかれた。

 そんな私達のやり取りに思うとこがあったのか、バハムは勢いよくテーブルを叩いた。


「いきなり現れたかと思えばイチャつきだして、何なんだ、貴様は!」

「何って、このの保護者だけど?」

「ほ、保護者だと!」


 予想外の答えだったのか、バハムの瞳が困惑気に揺れた。

 それもそのはず、私とザジさんは見た目が全くと言って似ていない。

 同じ村出身とは思えない程に、顔の造りが違うのだ。

 疑わしそうな目で睨むバハムに、ザジさんは性別関係なく魅了する甘い微笑を向けた。


「そう、保護者。そっちこそ何なの?」


 誘拐犯とその被害者。

 それ以上でも以下でもないのに、面の皮が厚いのか心臓が鋼でできているのか。


「私は未来の夫だ」


 そう言ってのけた。

 色々な意味で怖い。


「そーなの。アーちゃん?」

「ありえないから!」

「だよねー。こんな可愛くない手錠を嵌めるような男なんか、ないよね~」


 可愛かろうがなかろうが、手錠を嵌める時点で、ないから!


「それに、アーちゃんには良い人が居るもんね~」


 良い人と言うのは、自称英雄の事だろうか?

 もしも私があのバカに未練を残していると勘違いしているなら、勘弁して欲しい。

 そっちもないと目で訴えてみるが、視線の意味を別の意味に捉えたらしく、ザジさんは私の手を取った。


「ごめん、ごめん。今、外して上げるね」


 ザジさんは懐から自前のピッキングツールを取り出すと、ものの数秒で手錠を外してくれた。


「何時も思うけど、何でそんなに鍵開け上手いの?」

「錠前破りは男のたしなみってね~」

「そんな嗜み、聞いた事ないんだけど」

「それじゃあ、今晩、たくさんお話してあげるね~」

「たくさんって、徹夜コースは勘弁して欲しい」

「えーー、そんな事言わないでよ。久しぶりにパジャマパーティーしようよ~」

「それって、焼酎の一升瓶抱えてスルメイカ齧りながらのやつ?」

「スルメイカが嫌なら、枝豆にする? それともやみつきキャベツにする? 全部?」

「何で酒のアテの話になってんのかな?」

「パジャマパーティーの話だよ?」


 ――バン!

 テーブルを殴る音が響いた。

 のけ者扱いのバハムが怒りの形相でこちらを睨んでいた。


「貴様ら、この船から無事に帰れると思っているのか!?」

「そりゃあ、二対一だしねぇ」


 私を戦力として数えないで欲しい。


「何が二対一だ。この船にどれだけの船員が乗っていると思っている!」

「さあ、知らないけど。とりあえず、今起きているのはあんただけだねぇ」

「何をバカな!」

「嘘だと思うなら、そこの伝声管に呼びかけてみたらぁ?」


 こちらを睨んだまま動こうとしないバハムに、ザジさんは早くしろと急き立てるように手を振る。

 視線を私達に固定したまま、バハムは壁に設置された伝声管へ近付くと、大声で呼びかけた。


「誰でもいい! 今直ぐ食堂に来い!」


 何度呼びかけても帰って来るのは無言。勿論、誰も食堂には来ない。


「そんなバカな……この船にはAランクの冒険者も乗っているのだぞ」

「Aランク? それっぽいの居たかな?」


 記憶にないと言わんばかりに首を傾げて見せるザジさんに対し、バハムは怒りと焦りから、顔を引きつらせていた。


「こんな事をしてタダで済むと思っているのか?」

「えーーなになに? どういう意味ぃ?」

「私はジャマール国の王子だぞ! その私の船を襲うという事は、国への敵対行為だぞ!」

「敵対行為って……俺ちゃんはただ連れ去られた家族を迎えに来ただけなんだけどな~」

「理由など関係ない。私の船を襲った時点で、我が国への宣戦布告だ!」

「宣戦布告なんかする気ないんだけどな~」


 それまで浮かべていた薄っぺらい愛想笑いが、意味のあるものへと変わる。

 残忍で好戦的な野獣の笑みに。


るって言うなら、るけど?」


 気配が一瞬にして変わった事で、冗談やハッタリの類ではないと本能で悟ったのか、バハムは口を一文字に結んだ。

 だが、本能よりプライドが勝ったのか、直ぐに口を開いた。


「国同士の戦いを貴様個人が決められるものか!」

「国じゃなくて、俺ちゃん個人の戦いだってば」

「はっ! 何を言って……」

「ああ、個人て言っても、さすがに一人だと大変だから、知り合い何人かには手伝って貰うけどね~」 

「貴様は我が国を数人で攻め滅ぼせるほど脆弱な国だと言っているのか!」

「ええ~そう言うんじゃないんだけどな~」

「なら、何なんだ!」

「んー。国相手に戦争を考えられるほどの隠し玉があるって話かな~」


 その隠し玉はマルマールという名だろうか?


「はっ! 神の加護でも受けているというのか!」

「加護って言うか、神そのもの?」


 やっぱり混乱の神であるマルマール様か。

 母から聞いた話が本当なら、マルマール様が参戦したら地図上から国が一つ消える事になるから、止めてあげて欲しい。


「話がだいぶ逸れちゃったけど、とどのつまり~こっちに戦争の意思はないけど~そっちがるっていうなら戦るし、今後もこの娘にちょっかいを出すなら、徹底的に潰すって話ぃ」

「何が神だ! ふざけおって……」

「どっか~ん」


 ザジさんが指を鳴らすと、外で水が弾け飛ぶ音が鳴り、船が大きく揺らいだ。


「なっ、何だ!?」


 状況を把握するためにか、バハムは慌てて窓へとへばり付く。

 そんなバハムを脅かすためにか、ザジさんは再び指を鳴らした。

 海面を叩きつける爆音と共に、船は揺れ、バハムの身体も揺らいだ。


「どっか~ん」


 間髪入れずに指が鳴らされ、爆音が鳴り響く。

 三度四度と爆音が繰り返される度に、音は船に近付いて来る。


「次は当たっちゃうかもね~」

「何を……」

「ヴァシェーヌ国で買い付けた商品が沈んだら大変だね~。タダでさえお金が必要なのに痛い出費だぁ」


 指を鳴らした次の瞬間。船が大きく震えた。

 脅しではなく、本当に直撃させてきた。

 何時も思うが、容赦がない。


「魔法防御を船に付けといて良かったね~。でも、何発耐えられるかな~」


 再度の魔法の直撃に船が大きく震える。

 交渉を有利に進める為に相手に動揺させようとしての攻撃なんだろうけれど、正直、そろそろ止めて欲しい。

 若干、気持ち悪くなってきた。


「そう言えば、敵対行為とか宣戦布告とか、ここであんたを沈めたらなくなるよね~。死人に口なしだしぃ」


 獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべたままそう言われ、バハムは憤怒に染めていた顔に焦りを浮かべた。


「私を殺せば地の果てまで追われるぞ」

「ええ~どうやって? 俺ちゃん達がどこの誰とも分からないのに。大体、第六王子にそこまでの価値があるとは思えないけどな~。ねぇ、アーちゃん?」


 私に同意を求めないで欲しい。


「付いた所で旨味のない末っ子王子の後ろ盾になる人間はいない。そんな王子が消えたところで誰も困らない。でしょ?」


 図星なのか、バハムは怒りに歪めた顔で睨むだけだった。


「遅く生まれて来ただけなのに、悲しいね~。でも、そんな可哀想な王子に朗報~」


 ザジさんは私を人差し指で指した。


「この娘の事を忘れてくれたら、商談の席に着いてあげちゃう」


 まさかの提案に、バハムは勿論、私もザジさんを見返した。


「この娘が持っている物は俺ちゃんも持っている。どっちかって言うと、俺ちゃんの方が多く持っているけど、どうするぅ?」


 裏があるのではないかと探るように見つめた後、敵にするよりも味方につけた方が得だと判断したのだろう。一呼吸の後、バハムは顔を元の胡散臭い商人に戻した。


「分かりました。そちらの女性の事は忘れます」

「忘れたら、誰にも話せないよね~?」

「勿論です」

「ギルドにバラまかれた手配書も回収されるかな?」

「一枚残らず回収致します」

「そっか~。良かったね。アーちゃん」


 薄っぺらい微笑と胡散臭い笑みを同時に向けられ、引きつった笑みを返す。


「それじゃあ、お近付の印に」


 ザジさんは自前のアイテムボックスを開くと、中からいくつもの箱を出した。


「とりあえず、特級のポーションでしょ。この箱は醤油で、こっちのは味噌。で、こっちはマヨネーズ。ビールと焼酎は少し多めに上げるね~」

「ポーションもですが、醤油や味噌をこんなにたくさん……」


 さすがは商人と言ったところか、第二騎士団の面々が知らなかった醤油や味噌を知っていた。


「こっちの瓶に入っているのは何ですか?」

「こっちのはビールで、こっちは麦焼酎と芋焼酎と米焼酎ね」

「ビール? エールではないのですか? それに焼酎とは……」

「ビールはエールに似た感じの物。俺ちゃん的にはエールよりビールの方が美味しいかなぁ」

「エールより美味しい……」

「焼酎は癖が無くて飲みやすい。まさに命の水って感じだね~」

「命の水……」


 ビールはこれ以上ないくらいに冷やして飲む。

 そして焼酎は氷を使って飲むと美味しいと言われ、バハムは「氷、氷、氷」と呟きだした。

 余程お酒が好きらしい。


「これ、俺ちゃん直通の呼び札。寂しくなったら呼びかけてねぇ」


 テーブルに置いた呼び札を手に取ると、バハムは「氷」の呪文を止め、ザジさんに向き直った。


「これらの商品の値段はいくらでしょうか?」

「物の値段はその時の価値で決まるものでしょ?」


 ザジさんの言葉に、バハムはそれぞれの箱を見つめると、細い目を見開いた。


「直ぐに売らずにいた方がいいと?」

「さあ、どうだろうね~。好きにしたら?」


 お近付の印がどういう意味を持っているのかを察したらしく、バハムはニヤリと微笑んだ。


「これは私の呼び札です。何か御用があれば何時でもご連絡下さい」


 ザジさんは受け取った呼び札を口元にあて、投げキッスをし、さらにウィンクまでした。

 私は見慣れているから何とも思わないけれど、バハムは若干引いていた。


「それじゃあ、帰ろっか?」


 ザジさんに手を引かれながら、扉を失った食堂を後にした。

落としのザジさん

年齢性別関係なく、恋に落としてしまう魔性の美中年

と、言う設定です

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