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湖水の夢 ー斎藤利三伝ー  作者: 青木
第1章 盟友
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第12話 火縄銃

 利三は、心気(しんき)()()ました。火縄は既に点火されている。火蓋(ひぶた)も切ってある。あとは、引き金を引くだけだ。獲物(えもの)は正面の10(けん)先(約18メートル先)にある(やぶ)の中を跳び出してくるだろう。その光景を想像した。


 この狩りでは、新吾(しんご)甚介(じんすけ)も、玄蕃(げんば)から借りた肥田(ひだ)家の小者たちと一緒に勢子(せこ)(※)をやっている。勢子たちの喊声、鉦を乱打する音が近づいてくる。(※ 狩りのとき、獲物を追い立てる役目をもった者。)


 隣に立つ光秀が正面を見たまま静かに声を掛けてきた。

「その先目当(さきめあて)前目当(まえめあて)(※)から見える標的だけを狙っては、必ず手元は、ぶれる。点のみを撃とうと思うな。意識は、前方の空間すべてに張っておき、その面の中において、標的という一点を狙うという心構えが肝要だ。」(※ 火縄銃の射手が照準を合わせるために覗くところ)


「わかりました。砲術は、剣術と似ているところがありますな。」

 利三は、右眼で先目当て・前目当を覗いたまま言った。左眼は閉じている。利三が、剣術と似ていると思ったのは、剣術も打ち込む箇所ばかり狙おうと気持ちがそればかりに縛られれば、隙もでき、姿勢も崩れるからだ。


「獲物が大物である場合は、(こうべ)を一撃で仕留めることだ。頭以外の箇所を撃ってしまえば、獲物は荒れ狂い、その後、仕留めるのが難儀だぞ。頭のみ、その一点を撃て。」

 光秀が言葉を言い終えるか終えないかというところで、藪の中から巨大な黒い(かたまり)が跳びだしてきた。高さ、幅、共に4尺(約120センチメートル)は、あろうかという巨大な猪だ。猪は、利三の方へ突進してくる。文字通りの猪突猛進(ちょとつもうしん)である。


 利三は、焦ることなく気を静め、息を吸い込んだ。利三と猪との距離が縮まってくる。距離が3間(約5.4メートル)まで縮まったとき、利三には前方の空間という面の中に猪の頭という一点を見いだした。引き金を素速く引く。轟然(ごうぜん)と火縄銃は煙と共に、弾丸を(はじ)き出した。弾丸が猪の頭に吸い込まれていく。猪は、一瞬動きが止まったように見え、次の瞬間、ゆっくりと横倒しに倒れた。少しの間、手足を痙攣(けいれん)させていたが、それも()んだ。頭にできた穴からは血が流れ出し、地を赤く染めている。


「見事。」

 光秀が利三の方に笑顔を向けた。


「このひと月の間、光秀殿に砲術の稽古(けいこ)をつけてもらったおかげです。種子島(※)など見たことはあっても、自分で撃ったことなどありませんでしたから。」(※ 火縄銃、鉄砲の別名。)

 利三がそう言ったとき、周りの藪や竹林から勢子たちが集まってきた。撃たれた猪を見て、興奮している者もいる。甚介が猪を米田城(よねだじょう)に持ち帰る支度を始めていた。


「利三の上達は、まことに早いな。剣術によって会得(えとく)したことは、砲術にも応用できるのかもしれんな。」

 光秀は嬉しそうだ。


 米田城で仮寓(かぐう)するようになって、ひと月が経った。このひと月の間、利三、新吾、甚介は、光秀から砲術を学んだ。稽古中に何度も光秀の射撃の精妙さを()の当たりにさせられ、驚いたものだった。だが、稽古を重ねる中、もちろん光秀の腕にはまだ及ばないが、ある程度は自信がついてきた。新吾も甚介も、それなりに扱えるようになっている。


 剣術は、利三が教える役だった。

 木刀を用いての稽古だが、光秀と立ち会ってみて、なかなかの腕であることがわかった。光秀は、40に近い年齢ということもあり、息が切れることはあるが、利三も、ひやっとするような打ち込みを見せた。

 新吾は、構えに隙があり、打ち込みの動き出しも遅い。利三は、新吾が打ち込んで来るたびに何度でも籠手(こて)の部位を(したた)かに打った。打たれるということは、動き出しが遅いということである。また、構えに隙があれば、その隙へ打ち込んで教えた。剣術の未熟な者には、口で説明して直させるよりも、その身で立ち会いながら身体(からだ)にしみこませていった方が上達が早い。新吾も持ち前の忍耐力で、この稽古に耐え、徐々に成長してきていると感じられた。

 甚介の腕は、新吾はもちろん、光秀よりも上をいっていると言えた。お互いに構えた瞬間に感じる気がその2人とは違った。利三が見込んだとおりの遣い手だ。立ち会っても隙がなく、難敵であった。ただ、まだ16歳ということもあり、利三と比べ、膂力(りょりょく)が足りない。接戦になり、体と体とがぶつかるときなどに発揮される力は利三が優位だった。そのぶつかりのときに甚介の体を崩して打ち込み、勝ちを収めた。ただ、4、5回に1回は、甚介に打ち込まれて勝ちを与えることもあり、さらに成長すれば、相当の剣術遣いになる素質を十分にもっている。


 このひと月は、剣術や砲術の稽古に明け暮れた。この狩りも、砲術の稽古として行おうと光秀が提案したものだ。米田山の隣にある権現山(ごんげんやま)で行っている。


 新吾が利三のところへ駆けてきた。

「利三殿、すばらしい腕前です。これで、いつもお世話になっている玄蕃殿にも、よい土産(みやげ)ができましたね。」


「あまり持ち上げるな。上には上がいる。光秀殿には遠く及ばん。それよりも、お前の言うとおり玄蕃殿に持って帰るのだ。甚介ばかりに持ち帰る用意をさせてはならん。お前は、今日は勢子としてここに来ている。早く手伝ってやれ。」


「分かりました。この斎藤新吾、勢子にだって何にだってなれますからな。」

 新吾は元気よく言うと、猪の前足と後ろ足を棒きれに縄でくくりつけている甚介の方へ駆けていった。


 利三と光秀は、勢子として来ていた肥田家の小者たちに少々の銭を与え、礼を言って米田城へ先に帰した。小者が大勢抜けたままだと、米田城の雑務に支障が出て玄蕃に迷惑がかかると考えたからだ。


 新吾と甚介が猪を棒きれに縛りつけ終わったので、光秀が先導となり、米田城へ帰ることにした。


 先頭を光秀が歩き、その後を利三、その後ろを猪を(かつ)いだ新吾と甚介が行く。権現山の新緑、その隙間からこぼれてくる陽光がまぶしい。利三は歩きながら、満山(まんざん)を彩る若葉の、生命力に満ちた香りを胸いっぱいに吸い込んでいると、清新な気分になった。


 と、ぶなが林立する林で、光秀が立ち止まった。どうしたのかと尋ねようとした刹那(せつな)、利三は、光秀の身体(からだ)の向こう5間(約12メートル)ばかり先のぶなの木から黒光りする筒状のものがこちらに向いているのが見えた。


 次の瞬間、轟音(ごうおん)が山に鳴り響き、多くの鳥が騒がしく飛び立った。


(種子島!)


 ふり向くと、後ろで地面に伏せた新吾の頭の上に若葉が数枚ひらひらと舞い落ちてきている。新吾は無事のようだが、その上を見ると、木の枝が半分残って、残り半分は吹き飛んでいた。


(義龍の刺客!)

 利三は、向き直ると太刀に手を当てた。

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