Act 2-3:魔法訓練
宿屋の庭先で、ミイが緊張した面持ちで立っている。
「自分の内側に流れるマナの力を感じて、制御します。手をかざしてください。最初は、両手のほうがやりやすいと思います。その両手の指先に、マナをあつめるイメージで」
向かいに、カチュターシャが立ち、説明する。
俺は、その横で通訳している。
「そうしましたら、目の前の空間、指先の向いている対象に、自身のイメージを集中させます。初歩的なのは炎ですね。比較的、発生させやすいです」
カチュターシャが片手をかざし、実演してみせた。
空中に、突然、火のかたまりが発生する。
火柱になったり、竜巻状になったり。
「イメージ次第で、現象を変化させることができます」
俺は、カチュターシャが魔法を使う様子を、注意深く観察した。
もしこのさき、魔法を使う相手と戦うことになったなら、俺に対抗できるだろうか。
魔法を使う人間の身体的変化、周囲の環境変化。
魔法そのものの攻撃性。
魔法を使われるまえに倒してしまえるなら、それがいちばん、いいのだが。
後日、カチュターシャに頼んで、対魔法の戦闘訓練をしてみるべきかもしれない。
ミイはといえば、いまや、ふんばって腰を落とし、両手をいっぱいにかざした状態で、うんうんうなりながら――変顔大会を始めていた。
「ち、力を抜いたほうが、御しやすいですよ」
「う、うす」
アドバイスを受け、顔だけ真顔になる。
なんだそりゃ。
俺は笑いをこらえるのに必死だ。
「むむくくく、うー、なあー、いーっ」
両手がわなわなとふるえだす。
お、くるか?
「ほのおほのおほのーほのー」
あらゆる手段を試しつくさんとするミイ。
しかし。
「へなへなー」
突如、全身から力が抜け、地面に手をついた。
こいつ、いま、口で「へなへな」って言わなかったか。
「くそう!」
女の子が、くそうとか言っちゃダメだ。
「ううー! ムリムリ! ぜんっぜん、わかんない! だって、たぶん、あたしの内側にマナなんて流れてないよ! 血液だけだよ、人体模型にもマナの項目なんてなかったもん! これが人間の限界かあ!」
両手を地面にたたきつけ、くやしがる。
「だ、だいじょうぶです! わたしだって、すぐ使えるようになったわけじゃないですから! これからですよ、これから!」
カチュターシャがフォローを入れてくれる。
「なあ、なんで急に、魔法を使えるようになりたい、なんて言いだしたんだ?」
「だって、それは――」
俺の問いに顔を上げたミイは、わずかに逡巡した。
「それは?」
「えっと……だってだって、使いたいじゃん! 異世界にきてるんだよ? あたしたち。こんな機会、そうそうないよ!」
「まあ、ないな」
「でしょでしょ!? 魔法のひとつも使えず、なにが異世界か!」
どことなくごまかされたような印象があったが、つっこむ必要もないだろう。
ミイにはミイの考えや思いがあるだろうし、それは尊重すべきだ。
「なあ、ちょっと出かけてこようと思うんだ」
俺は言った。
「あまり遠くまで行くつもりはない。俺が戻ってくるまで、カチュターシャといっしょに、ここで特訓して待っていてくれ。彼女は信用できる。いまさらだけど、心拍数から見て俺たちにウソは言っていないし、戦闘面でも頼りになる」
「え、いっしょに行く」
「ダメだ。このあたりが安全という保証はない」
ミイは、なにか言い返そうとしてか、しばらく黙りこんでいたが、やがて。
「……わかった」
シュンとなって、そうつぶやいた。
彼女の安全が第一だ。
ここで折れてはいけない。
「えいやあ!」
「あ痛っ!?」
殴られた!
グーで!
「無事に戻らなかったら、この倍の力で殴るよ?」
「いやいや、戻ってこなかった場合、この場にいないわけだから、殴れないだろ」
「殴られたかったら、ちゃんと戻ってくるように」
「いつ俺が殴られたがってるなんて前提が成り立ったんだ」
「わかったよ……じゃあコンビニ見つけたら、百円サラダ買ってきてよ」
「あるわけないだろう、コンビニなんて」
「わかってるよ異世界ンジョークだよ」
「なんだよ異世界ンって」
俺は腰に手を当て、ため息をついた。
「……ちゃんと戻ってくるから。誓うよ」
「え? や、誓うだなんて……ちょっと、おおげさだな。余計に死亡フラグ立てちゃってる感じがするよ?」
「お前の前から、いなくなったりなんてしない」
はっとした表情で、ミイが顔を上げる。
俺は、できるだけ人間らしく、笑みを浮かべてみせた。