Act 2-2:マスター
カチュターシャが作ってくれたミート・スープで朝食を済ませた。
食後には、熱々のコーヒーが飲みたくなる。
人間でもないのにカフェイン中毒というわけもなかろうが、普段あるものがないというのは、まったく落ち着かない。
カチュターシャに訊いてみると、豆をひいた粉末から作る飲料なら、あるという。
試しに作ってもらったら、そいつは水色をしていた。
飲むにはかなりの勇気を要したが、のどに通してみると、かなりコーヒーに近い味であることがわかった。
あとからスースーしてくるものの、俺はミントタブレットをコーヒーに混ぜて飲むこともあったから(ミイに人外呼ばわりされて以来やらなくなったが)、そこまで違和感はない。
気に入ったので、カチュターシャから粉末を分けてもらった。
ほんとうは、とことん甘ったるい缶コーヒーの味がほしかったが、新生活というものは、いつだって妥協の連続だ。
何度も引っ越しを経験している俺やミイは、そのことを十全に理解している。
俺はミイを見る。
彼女は学生服にふたたび着替え、表面がささくれだった木のテーブルの上でノートパソコンを開き、ワーグナーを口笛で吹きながら、キーボードをたたいていた。
この世界で、グレーのアルミ製ラップトップは、はげしく違和感を醸し出している。
わずかに戸惑う。
彼女の問いを、俺は無視しようとしている。
彼女も、そのことには気づいているだろう。
そして、なにもなかったような顔をするにちがいない。
俺は視線をさまよわせ、古いパソコンの裏にマジックペンで書かれた文字を見つけて、思わず和んだ。
そこには皆城美衣、と彼女の名前が、おさない字で書かれている。
もう何度も目にしたものだが、そのたび、心が安らぐ。
小さいころ、ミイは自分の持ちものすべてに、油性ペンで名前を書いていた。
ある朝、俺が目覚めると、右手の甲に、つたない字で、彼女の名前が書いてあった。
夏の朝、湿気を多分にふくんだ蒸した空気が、インクの匂いをわずかに立ち上らせていたのを、おぼえている。
たしかに夜中、忍び足でモゾモゾと動く彼女の気配を感じてはいたが……。
俺は笑いをこらえきれず、ついでに涙をこぼしかけた。
俺とミイは、だいじょうぶだ。
思い出に後押しされるようにして俺は勇気をふりしぼり、パソコンに向かうミイを見た。
「……なにやってるんだ?」
声をかけると、ミイは文字の羅列で埋まった画面から顔を上げた。
「もとの世界に戻れたら、ここでのこと、タイムラインにアップしなきゃ。その下書き」
彼女は、ごくふつうに、そう言った。
俺はひそかに安堵する。
「そんなの、だれが信じる」
「フィクションってことでもいいんだよ。ほんとうは、自分のなかで整理してるだけなんだ。ただの日記。――あ、ところでユウ兄は最近、書いてないの?」
「書く?」
「小説」
「え」
「おぼえてるよー、あたし。ユウ兄、本を買う余裕がないからって、自分でお話を書いて、読み聞かせてくれたじゃない」
「や、やめろ。忘れてくれ、恥ずかしい」
「好きだったなー、とくに人と竜のヤツ」
「うわー、うわー」
しばらく悶絶することになった。
すべては黒歴史だ、闇に葬るしかない。
やがて、なんとか過去から立ち直った俺は、再度ミイに話しかけた。
「充電は、まだだいじょうぶか?」
「あ、スマホおねがい」
俺は彼女の携帯電話を受け取ると、充電ケーブルを差しこむ端子に指で触れた。
時間はあまりかからない。
バッテリーにムリのない程度で、急速充電していく。
「あ、そうだ。ねえねえ、ユウ兄」
「なんだ?」
「カチュターシャさんに、ひとつ頼みごとをしたいんだけど」
「へえ? なにを」
「魔法を、教えてくださいって!」
「……は?」




