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彼らに明日は来なかった。  作者: ヤブ
第二章「四回目の『今日』」
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もやもや

 絵の具を美術室に持っていった後、俺と残りの三人は軽く片付けをして美術室を出た。俺が寝ている間に既に予鈴が鳴っていたようで、時間ギリギリに教室に入った。次の時間が体育のため、ほとんどの生徒は体操服だ。


 SHRの後、素早く体操服に着替え、急いで体育館に向かった。遅くなるので、由子には先に行くように伝えておいた。


 体育では、バドミントンをする。シングルではなくダブルスで行う。そのため、ペアを組まなければならない。由子は既に他の誰かとペアを組んでいると聞いた。俺は他の人とペアを組まなければならない。しかし、周りがどんどんペアを組んでいく中、俺は一人取り残されていくばかりであった。


 俺はサボるのを覚悟で壁際に腰をおろした。ペアを組んだ人たちは羽とラケットを取りに行き、練習を始める。由子の姿を見つけたが、ペアが誰なのかは分からなかった。いや、分かりたくなかったのかもしれない。


 俺は顔を伏せる。別に由子がとられて……みたいな、独占したいと思っているわけではない。むしろ、由子がクラスの中に溶け込むということは俺にとっては嬉しいことだ。ただ……。


「あの、西田?」


 頭上から声がした。聞き覚えのある声だ。俺は顔をあげた。それは、朝美術室にいた「絵の具がなくなった」と言った男子、確か名前は中西。


「もしかして、一人? 良かったら、俺と組まない?」


 俺は嬉しかった。まさか、今日の朝少し話したくらいの人に誘われるとは思っていなかった。ただ同じ境遇であっただけであるが、声をかけてくれたのは喜ばしい。俺は頷いた。


 俺と中西は羽とラケットを取りに行き、練習を始める。俺は自分でいうもの何だが、運動神経は良い方である。今は引退して部活には入っていないが、元野球部のキャプテンだ。最後の大会では三回もホームランを打った。負けてしまったが。足の速さも学年の中では五本指に入るほどの実力である。


 中西は元吹奏楽部。運動が苦手であることはよく知っている。時々、かけている黒縁眼鏡を落としながら、羽を必死に追いかける。足がよろめき、中西は大きな音をたてて転けた。俺は驚き、すぐに中西のもとに駆け寄った。


「大丈夫か?」

「ああ。転ぶのは慣れてるし。ごめんね、下手くそで」

「いや、全然大丈夫だ」


 中西の姿を見ていたのか、どこからか笑い声がした。中西はすぐに誰か分かったようで「太田! 笑うなよ!」と、俺の後ろの方を見ながら言った。俺は後ろを見る。そこには、中西と同じ大道具の太田と古和田がいた。既に朝、顔は合わせた。


「がははは! まーた転けてんのかよ!」


 太田は無様な中西を見てさっきよりも大きな声で笑った。そんな太田とはよそに、古和田が声をかける。


「中西くん、大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」


 中西に声をかけた後、古和田は未だ笑っている太田に言う。


「ちょっと太田! 笑いすぎ!」

「しょ、しょうがねーだろ? 中西がどんくせえのが悪いんだよ!」

「だからってそんな笑うことはないでしょ! もう何回も見てきてるんだから!」


 こんな言い争いをしているが、二人は付き合っているらしい。確か、二年の頃から。どういう経緯で付き合ったのかは知らないが、俺が知ったのは半年くらい経った頃だった。


 古和田はショートカットで少し肌が黒い。運動神経が良さそうなのは一目瞭然である。もちろん、その通りであるが。太田は顔つきと服装からよく不良と思われるが、実は人懐っこく優しい。今回大道具になったもの、余り物を選んだからである。


 笑い疲れた太田はワックスで光る床に寝転がった。


「こら太田。早く練習するよ」


 太田はそう言うと古和田を無視して中西に言う。


「なあ、中西。四人で一緒にしようぜ。ちょうどネットも立ててあるしさ」


 中西は俺の顔を見た。

 太田の提案により、俺は中西と太田と古和田の四人で練習することになった。俺が由子以外の人とこんな風になるとは、思っても見なかった。


 相変わらず中西は必死に羽を追いかけている。それを見て中西は笑う。しかし、笑いながらも羽をとらえ、俺のもとに飛ばす。

由子はどうしているのだろうか。俺は気になり、少し目を逸らす。


 体育館には三つのネットが立てられており、俺らはステージから一番遠いネットを使っている。俺が見たとき、由子は一番奥のネットを使っていた。由子はあまり激しく動こうとしないため、動きが遅く、あまりラリーが続かない。だから、まわりの生徒に教えてもらっている。自然と由子の回りには人が集まっている。その後、由子はペアの人と二人で練習を始める。相手は、滝沢だった。俺は内心、何故かほっとした。


「……西田!」


 俺はハッとして顔を前に向けた。その時は既に遅く、羽が俺の頭上を通過していきそうだった。俺は急いでラケット振り上げるも、羽をとらえることはできなかった。そして、俺はバランスを崩し、尻餅をついた。


「ってて……」

「西田大丈夫か?」


 心配する中西にかわって、相手コートの太田は笑っている。


「ごめん、よそ見してた」

「西田。お前、小倉のこと見てたろ?」


 太田の言葉に俺は反応した。何故分かったのだろうか。そんなにじろじろと見ていただろうか。


「お、図星か? さては俺の由子がとられて嫉妬しているってところか?」


 太田はにやにやしながら俺を見てくる。


「別に、嫉妬なんかしていない。ただ……少しもやもやしただけだ。それに、もうなんともない」


 太田はすぐに由子の方を見て、何かに納得した様だった。

 隣で中西が笑う。


「何で笑うんだ?」

「いや……。西田がな……」

「西田くん、純情だねー」


 古和田にも笑われた。

 俺は三人に理由を問うが、最後まで何も教えてくれずただ笑うだけだった。

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