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彼らに明日は来なかった。  作者: ヤブ
第二章「四回目の『今日』」
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思い出と変化

 四回目の『今日』が来た。


 六時半にセットしてある目覚まし時計よりも早く目が覚めた。俺にとってはとても珍しいことだ。目を覚まして壁にかかっている時計を見ると、六時十五分を差していた。いつもなら二度寝をするところだが、何故か目が冴えている。俺は目覚まし時計を切って、一階に下りた。


 まだ誰も起きてきていなかった。母はいつも六時半に起きて、父と俺の弁当を作る。


 俺には、一人の姉がいる。姉は結婚し、既に二児の母である。つまり、俺はもう叔父さんだ。俺と姉は八歳離れている。姉を産んですぐに父が単身赴任をし、七年間家に居なかったらしい。父が帰ってきた次の年に俺が生まれたため、俺と姉の間には大きな年の差がある。


 ソファに座り、テレビの電源を入れる。アナウンサーが真剣な顔でニュースを報じている。殺人事件を起こした犯人が未だ、逃走しているという。だが、この犯人は夕方には捕まる。死体となって。


 母が起きてきた。

「おはよう」

「おはよう。珍しいね」


 ふと、『昨日』の事を思い出す。文化祭が近いため朝を利用してもいい、という先生の言葉。俺の学校の文化祭では、どの学年も演劇をすることが決まっている。演劇は見ているのは楽しいから、別に嫌ではない。ちなみに俺は役者として出演する。おそらく、朝を利用するのは大道具の人だろう。背景を描かなくてはいけないため、時間がかかる。


 せっかく早く起きたんだ。手伝おうかな。

 俺はそう思い、早速朝食をとることにした。


 いつもは由子と登校しているが、今日は一人で登校する。由子と一緒でも特になにも話さないため、何だかいつもと同じような気がする。


 自転車小屋には数台の自転車が止まっている。今は七時二十分。これよりも早く来ているやつがいるのかと思うと、大道具の大変さがよく分かる。ちなみに俺は自転車通学ではなく、徒歩である。十分程で学校に着く。


 俺の学年の大道具は美術室を利用している。学年によって利用する場所は異なり、一年は音楽室、二年は理科室だ。つまり、文化祭が終わるまで音楽と美術はない。理科は教室でも出来るため、なくなることはない。正直にいうと無くなってほしかったが、五教科に入っているのだから、しょうがないことだろう。


 生徒の声が廊下を響いて聞こえてくる。俺は直で美術室を向かった。


 窓が開いていた。俺はそこから中の様子を見た。いたのは三人だけだった。大道具は六人いるが、半分しか来ていない。


「うおっ。西田かよ」


一人の男子生徒が俺にビックリして声をあげる。その声で、他の二人もこちらを見る。


「ほんまや」

「早いな」


 文化祭まであと二週間だが、半分も出来ていない。これでは、間に合いそうにない。


「あれ? 西田って役者じゃね?」

「ああ。手伝おうと思って」

「おお、まじで? それは助かる」

「入ってきてー」


 俺は美術室のドアを開け、中に入った。絵の具の臭いが鼻につく。

「じゃあ、ここを塗ってくれる?」


 俺はかばんを隅に置き、差し出された刷毛を受け取った。俺が塗るのは、森の中の絵。基本、この場面のため、あまり変なようにはできない。


「手伝ってくれて嬉しいよ」


そう言ってきたのは、女子生徒だった。確か、同じ班だ。


「来てない半分は文化祭に乗り気じゃなくてね。ちゃんとしてくれないんだ。だから、全然進まなくてね。間に合う気がしないんだよ」


 残りの三人の顔を思い出そうとするが、顔が出てこない。


「だからね。ありがとう、西田くん」


 俺は、初めてクラスの人に感謝された気がする。どちらかというと、俺も学校行事には参加しない方である。もちろん、任されたら責任をもってするが、自分から何かをしようということはない。だから、少し照れくさい。


「……ああ」


 女子生徒はにっこり笑うと、作業に戻った。


俺の中のクラスの印象がどんどんと変わっている。それが、何故か少し怖かった。


 しばらくした後、誰かが言った。

「あ、絵の具が無くなった」

「後ろの棚にない?」

「多分ない。昨日、サボり組が準備室に持っていってたから」

「はあ? 何でそんなところ持っていくわけ? ほんと使えないなあ」


 確かに、何故準備室に持っていくのか不思議だ。

「あの」

 俺は言った。


「俺がとってくる。皆は塗ってて」

「そうか? 自分で取りに行くけど」

「俺よりも皆の方が塗るの上手いし。俺が取りに行くよ」

「……そうか。じゃあ頼んだ。茶色と、ついでに白も頼む」

「あ、もうダンボールごと持ってきたら? 取りに行く手間が省けるし」

「分かった」


 俺は美術室を出て、準備室に向かった。

 準備室は図書室の目の前にある。美術室を出て真っ直ぐに行き、右に曲がっていけば着く。


 ドアをスライドさせると、埃っぽい空気が鼻に入る。鼻がむずむずする。手で鼻を押さえながら、中に入る。ドアを閉めると、カタッという音がした。


 中にはたくさんのものがある。文化祭のものだけでなく、体育祭や入学式などに使うものもある。


 二回ほど、くしゃみが出た。

 さっさとこんなところ出よう。


 ダンボールは一番奥の小さな机のうえにあった。たくさんの絵の具が入っているため、結構重い。


「ん?」

 ドアを開けようとしたが、開かなかった。


 鍵が閉まった音はしなかったから、何かが挟まっているのだろう。見てみようとするが、ものがたくさんあり、暗くてよく見えない。仕方なくダンボールを床に置き、覗きこむ。すると、長い棒がドアの隙間にぴったりはまっていた。早速、手を伸ばして取ろうとするが、ギリギリ手が届かない。何度か挑戦してみるが、あと一寸のところで届かない。


 俺はドアにもたれ掛かるようにして座った。

 ふと、昔の事を思い出す。由子と二人で遊んでいるとき、近所に住んでいた同い年のガキ大将に使われていない小屋に閉じ込められたことがあった。急にここに隠れろ、と言われてかくれんぼかと思って隠れたら、ドアに木を引っ掛けて開かなくされた。そんな状態でも冷静でいれた俺と由子は、小屋のなかで遊んでいた。夜になると、親が心配して助けに来てくれた。その分、ガキ大将はこっぴどく怒られていた。その後、ガキ大将は中学校に上がる前に引っ越した。


 また、くしゃみが出た。今度は五回もだ。



 背中に振動が来る。それと共に、聞き覚えのある声。俺は、ゆっくりと目をあけた。


「西田くん! 西田くん!」

 この声は、美術室で俺にありがとう、と言った女子生徒の声だ。俺は返事をする。


「ん?」

「大丈夫? 二十分経っても帰ってこないから心配したんだよ?」


 どうやら俺は、準備室で寝てしまっていたようだ。俺は急いでドアに引っ掛かっている長い棒を近くにあった棒で取り除き、ダンボールを持って準備室を出た。


「ほんとに大丈夫? しんどいの?」

「ううん。寝てしまっていただけだ」

「そう、良かった。それにしても、準備室で寝るって西田くんは変わってるね」


 そんなことはないと思う。今日は偶然早起きしたし、準備室のドアが開かなかったし、偶然が重なって起こったことである。

途中、登校してきた由子に出会った。


「由子」

「西田」

「ごめんな。今日一緒に行けなくて」

「別に大丈夫だ」

「あ、今日の体育のバドミントン、一緒にペア組むか?」

「いや、いい」

 え?

「別の人と組む約束をした」


 三回目の『今日』と違う。俺が由子と登校しなかったから、変わってしまったのか?


「そ、そうか。じゃあ別の人と組むわ」

「ああ」

 そう言うと、由子は教室に向かった。

 ……こんなにも変化するものなのか?

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