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彼らに明日は来なかった。  作者: ヤブ
第一章「三回目の『今日』」
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人影

「名札がない」


 由子がそう言ったのは、帰ろうとしたときである。三回目の『今日』が終わり、また明日もこれが続くのか、と思っていたときである。


 しまった、忘れていた。


 二回目の『今日』もそうだった。その時は、由子が「予備の名札があるでいい」と言ったので、探さずにそのまま帰った。『今日』が繰り返されたのに困惑していたからだ。そう思えば、俺は慣れが結構早いのかもしれない。普通ならこんな事、三回目で慣れたりはしないだろう。


「じゃあ、探すか?」


 違う『今日』をおくってみるのも、楽しい。まるで、何度も何度も今日をやり直し、一番良い『今日』を作っているみたいだ。ゲーム感覚である。


「いや、いい。予備の名札があるし」


 やはり、そう来たか。


「探そうぜ。どうせ、家に帰っても暇だろ?」


 そう言うと由子は少し悩んだ後、頷いた。今は四時。まだ日の入りは遅いし、下校時間の五時半までに校門を出ればいい。一時間半もあれば見つかるだろうし、全てを探していても一時間半もはかからないだろう。


 俺と由子はさっき履いた下履きから、上履きに履き替えた。


 由子の名札は、もちろん俺と同じ黄色をしている。ちなみに、二年生は白で、一年生は青である。学年によって色が分かれ、名札を見ただけで何年生か分かる。俺は黄色で良かったと思う。白でも良かったと思うが、青だけは避けたいところだ。


 教室までの短い道のりも、名札が落ちていないか見て歩く。しかし、廊下には落ちていなかった。


 教室には誰もおらず、所々かばんが残っているだけである。他学年の教室にいるのだろうか、教室から廊下に漏れた声が響いて聞こえてくる。


 由子の席の周りを見るが、特になにも落ちていない。当たり前だ。俺らの班が掃除したばかりだからな。となると、教室にはないのか? 教室に落ちていたら掃除しているときに見つけるはずだし。


「無いな」

「そうだな。もしかすると、誰かが盗んだのかもしれないな。体育もあったし」

「まさか。この学校に小倉って名字は由子だけだし、大体、名札なんかを盗んで何になるんだ? ったく、物騒なこと言うなよな」


 ロッカーの中を探しながら言う。俺の言っていることは正論だ。由子の名札を盗んで得をする人物はいない。由子のストーカーなら、例外だが。


「とりあえず、他のところを探してみるか」


 ふと、由子の顔を見ると、視線は前のドアの方に向けられていた。俺もその方向を見る。


 誰かが、いた。

 しかし、その人はすぐにどこかへ行ってしまった。


 だが、はっきりと見ることは出来なかったため、誰なのか分からなかった。まあ、恐らく同じクラスのやつだろうとは思うけど。


 俺は廊下に近づき、開いていた窓から顔を出す。俺の目に入ってきたのは、国語教師の山崎先生だった。


「先生か」

「お、西田! 探してたんだぞ。お前、今日委員会があるの忘れてるだろ?」


 委員会?

 俺は黒板に目を向ける。確かに黒板の端に「今日放課後に委員会あり」と書かれていた。


 もしかして、二回目のとき忘れていたのか? いや、完全に忘れていた。俺は教室に探しに来て良かったと思う。


「忘れてました」

「やっぱりな。ちなみに先月の委員会も忘れていたからな。しっかりしろよ」

「そういえば先生。ここに来るとき、誰かにすれ違いませんでした?」

「ん? なら、滝沢とすれ違ったな。随分と急いでいた様だけど」


 滝沢は、掃除のときに話しかけてきた、ピアノが弾ける、あの女子だ。もしかして、かばんを取りに来ていたのか?


「ほら西田。みんな待っているから、早く図書室に来なさい」

「はい」


 そういうと、先生は早足で廊下を進んでいった。俺は由子に言う。


「由子ごめん。なんか今日、委員会があったらしい。由子は無いのか? 確か、美化委員だろ」

「先生がいないから、また別の日にするらしい」

「そうか。じゃあ、由子はどうする? 先に帰っていてもいいぞ。あ、名札まだ見つかってなかったな」

「名札はいい。予備があるから。私も図書室に行ってもいいか?」


 そうか、本が好きだったな。由子にとっては、最高の場所だな。


「ああ。いいぞ」


 俺と由子は、急いで図書室に向かった。


 既に話し合いは始まっていた。同じクラスの男子が委員長だ。由子が図書室にいることを先生に話し、俺も話し合いに参加した。隣に座っている一年生がこちらを見て何か反応していたが、無視しておく。


「『もうすぐ文化祭があり、図書委員会は前日に準備をしなければならない』。うわ、めんどくせー」

「準備って、何するんですか?」

「毎年あるのは、掃除だな」

「え、そんなの美化委員会がするんじゃないですか?」

「美化委員会じゃ、人数が足りないからな。委員会に入っているやつは基本、掃除しかすることはない」

「掃除だけでいいんですか?」

「多分な」


 俺は嫌だ。納得がいかない。掃除なんてしたくない。

 他の人は、掃除だけと聞いて良い雰囲気になってきた。


 由子の方は、本棚を順番にすみずみまで見ている。あまりにも必死に見ているから、傍から見れば変人である。


「図書委員会の掃除場所は、体育館回りの溝な。葉っぱがいっぱいあるから、綺麗にする。ここは案外楽しいぞ」

「へー」

「じゃあ、解散で。当日、忘れずに来いよ」


 委員長の一声で、全員席から立ち上がり、図書室を後にした。


「由子、終わったぞ。何か、借りたい本はあったか?」

「いや、特に」

「そうか」


 そして、俺と由子も図書室から出た。

 由子が言う。


「教室でみた人影、誰だったんだろうな」

「ああ。滝沢だってよ」

「滝沢?」

「ああ」

「……そうか」


 何故由子が少し間をあけたのか、よく分からなかった。

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