進路
七時にセットしてある目覚まし時計の音で目が覚めた。私は手を伸ばし、オンからオフにして音を止める。いつもならここでもう一度寝るところだが、一回で目が覚めたようで寝る気にはなれない。
私はのっそりと体を起こした。
「うー……」
両手を上げ、背筋を伸ばす。
窓を閉めていても少し肌寒い。布団を被りたくなったがそれを抑え、立ち上がる。
カーテンを開けると、淡い朝日が差し込んできた。窓の近くに来ると、少し寒くなる。
学校に行くのが憂鬱になってきた。
全ての用意を済ませ、いつもより少し遅めに家を出た。外に出た瞬間、両腕と顔に鳥肌が立った。ブレザーのしたにカーディガンを来たらよかったと思った。いまから取りに行こうかと思ったが、遅刻したらいけないので、そのまま行くことにした。
自転車で行くのは辛い。冷たい風が手に当たり、学校についた頃には冷たくなっている。
校門に入り、急いで自転車を小屋に置く。
寒さを我慢しながら教室に入るとき、誰かとぶつかりそうになる。
「おっと、ごめんね」
「ああ。大丈夫だ」
西田くんだった。
一ヶ月ほど前に幼馴染みでずっと一緒にいた小倉さんが亡くなってから、当然の事だが元気がない。いつも二人だったから他に話せる人はいないだろうし、目つきが悪いのか睨んでいるのか分からないが見た目が少し怖い。私は別にどうも思わないが、誰とも仲良くしたくないから睨んでいるのかと思うと、あまり話しかける気にはなれない。
西田くんは教室を出ると、どこかへ行った。確か、朝はいつもどこかへ行く。一応、検討はつくけど……。
「よう、古和田」
いつの間にか目の前には太田が立っていた。
私を見下ろすように睨んでいるような気がするが、実は見た目ほど悪いやつではない。文化祭のときの係決めのときだって、みんなが面倒だと言ってやりたがらない大道具係になって最後までさぼらずにしていたし、道で小さな子供が転けたときに手をさしのべていた。
はじめの方は、西田くんと同じくらい距離を置かれていたけど、中身を知ったのか、今ではみんなの仲が良い。
まさか、そんな太田に告白されるとは思わなかったけど。
「おはよ、太田」
それだけいうと、私は太田を掻い潜って教室に入った。
クラスの女子に軽く挨拶をしながら、自分の席に座る。
「おはよう、友菜」
そう言って私の席に近づいていたのは、滝沢みゆだ。
「おはよ」
みゆはクラスのなかで明るい存在で、女子とも男子とも仲が良い。基本、明るく軽い感じで話しかけてくるが、どうやら好きな人になるとそうにもいかないようなのは見てわかる。
自分で隠している気なのだろうが、西田くんのことが好きなのは目に見えてわかる。明らかに他の人と話し方が違うのだ。西田くんの前では挙動不審というか焦っているというか、とにかく落ち着きがないのだ。特に急に話しかけられたときとかは。西田くんも小倉さんの次にみゆに話しかけるくらいだ。
正直、見ているこちらがドキドキする。いつばれるのだろうと不安なのである。しかし、どうやら西田くんは結構な鈍感のようで、何も気づいていないようだ。
「あ、昨日のドラマ見た?」
「あー、見るの忘れちゃった。面白かった?」
「うん! 犯人がついに明かされたんだよ、顔だけだけどね! もう、トリックが気になるよ!」
「へー、そうなんだー」
私もみゆも推理系が好きで、同じドラマにはまっている。
「あ。そういえば友菜、高校は決まった?」
「ううん。まだ悩んでるんだ」
「えー、早くしたほうが良いよ。願書だってかかなくちゃいけないし。前期でしかいけない学科だってあるし、急がないとね」
「うーん……」
みゆはすでに推薦で受験することが決まっている。どういう内容かは分からないが、やはり色々良いことがあるようだ。
「滝沢」
その時、さっき聞いた声が耳に入った。
「んー? ……っあ、に、西田くん?」
相変わらずのしゃべり方。これでばれていないと思っているのだろうか。
「先生が呼んでた。今日、日直だろ?」
「あ、そうか。分かった、うん。ありがとう」
そう言うと、みゆは教室を出ていった。
ふと西田の手を見ると、何かを持っていた。よく見ると、それは高校のパンフレットだった。機械系の高校だ。
「西田くん、その高校に行くの?」
「え? あ、ああ」
「すごいね。専門系だから、難しいんじゃない?」
「そうだな。けど、親にここにしろって言われたから。姉にも言われたし」
「へえ、お姉ちゃんがいるんだ」
「結構上のな。口うるさいんだ」
この前、中西くんが話しかけたときに一度話したことがあるけど、西田くんも意外と話せる。どうやら、太田と似ているようだ。優しいかは分からないが、話そうとはしてくれている。
パンフレットは教室前に置いてある。まだ少し時間があるため、私はそれを見に行くことにした。
教室を出ると、太田がパンフレットを見ていた。
「どの高校みてんの?」
そう言うと、太田は「うおっ!」と声を上げた。
「何。そんなビビる?」
「いや、急だったから」
「いつも自分やってることじゃん」
私は保育学科のある高校のパンフレット手に取る。やはり、お金がかかる。専門学校にいくべきだろうか。
「その高校にいくのか?」
太田が言った。
「行きたいけど、お金がかかるから無理だろうな。うち家族多いし」
「そうか」
「太田は?」
「え?」
「太田は、どこの高校行くの? やっぱり、近くのスポーツ専攻のあるとこ?」
そういうと、太田は黙ってしまった。
「太田?」
「……さあな」
それだけ言って、どこかへ行ってしまった。
何なんだよ、あいつ。