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・第四話

「……お願い?」

 友津は問いかける。

「はい」

 女性が言う。穏やかな声。不気味な外見とは裏腹な優しい口調。こんな風に自分に話しかけてくれる人間が、今の今までいただろうか? 友津は一瞬そんな事を考えた。

 だがすぐに頭を振ってその考えを追い払う。

「一体何の……」

「難しい事ではありませんよ」

 友津の言葉を遮るように女性が言う。『一体何の理由があって、自分がそんなものを聞かねばならないのか』と聞こうとしたのだが、どうやら彼女は自分が『お願い』の内容を聞いているのだと思い込んだらしい。

 女性は黙ったままで、背後に一瞬顔を向ける。

 すう……と。

 彼女の背後から、音も無く別な影が現れた。

「っ!?」

 友津は思わず悲鳴をあげそうになった。その人影は……今の今まで、そこにいなかったかのように、全くと言って良い程気配を感じなかったのだ。

 否。

 もしかしたら、本当に今まであの人影はそこに存在すらしていなかったのかも知れない。

 あの女性の言葉に従い、闇の中から姿を現した……そんな風にすら錯覚してしまう。

 友津が何も言えないでいると、女性はゆったりとした口調で続けた。

「この子を、ほんの数日……そうですね、多分三日くらいですか? そのくらい預かってくれれば良いだけです、ご挨拶を」

 女性が言うと、小柄な影はゆっくりとした足取りで友津に近づいて来る。そのシルエットからして、五、六歳くらいの……多分男の子だろう。だけど……

 だけど一体……

「……この子は、誰なんですか? それに貴方は……一体……」

 友津は震える口調で問いかける。

 そうだ。

 一体この子は何者で、それに……

 この女性は一体……誰だ?

 そもそもどうして自分に、こんな得体の知れない子供を預かってなどやる義理がある?

「……お断りです」

 友津は小さい声で言う。

 とにかく恐怖心だけがあった、ここでこの得体の知れない女を帰らせないと、絶対に……

 絶対に、後ほど良くない事が起きる。

 根拠も無いけれど、友津の……

 というよりは、生きている人間であれば誰もが持っている、生きる為の本能、とでも言うべきものが、そう告げていた。

 だが女性は、穏やかな口調のままで言う。

「ご安心下さい、この子は自分の事は自分で出来ますし、貴方を煩わせる事はしません」

 女性が言い終わるのとほとんど同時に、その男の子は明るい場所に出て来ていた。友津は恐る恐る目をやった。

「ひっ!?」

 今度こそ、喉の奥から悲鳴が漏れた。

 そこに佇んでいたのは、一人の男の子。

 やはり五歳か、六歳くらいの年齢だろう。痩せた身体付きに異様に白い肌。その口元には笑みが浮かんでいる、優しげな顔立ちだけれど何処か……

 何処か、印象に残らない顔立ちだった。

 男の子はそのままゆっくりと……

 ゆっくりと、ややうつむき加減だった顔をあげ、友津を見る。長い髪の向こう側に見える黒い瞳は、まるで吸い込まれそうなほどに深い。友津はごくり、と唾を飲み込んだ。

「よろしくお願いしますね」

 男の子が言う。

 そして。

「お母さん」

「……お……?」

 友津が呆然と呟いた時。

「では」

 女性が言う。

「私はこれで」

 そのままくるりと、彼女は長いコートをなびかせて身を翻した。

「ち ちょっと……」

 友津は慌てた口調で言い、彼女の肩に手を伸ばした。

 だが……

 ひゅうう、と……

 一際強い夜風が吹き付けた。

「……っ」

 思わず目を閉じ、風を避けるために腕で顔を覆う。

 ややあって。

 風が収まった時……

 目を開けた瞬間、そこにはもう……

 もう、誰もいなかった。


「ああ……」


 声が、響く。

 あの女性の声だ。何処から聞こえるのかは解らないけれど、目の前にいるかのように、彼女の声が響く。


「一つ、言うのを忘れていました」


 女性が言う。

 友津は身体を強張らせていた。


「その子の事、私の事、そして今夜の出来事……」


 友津は、まだ黙っていた。


「全て、誰にも言ってはいけませんし、知られてもなりません」

「……知られては、いけない?」

 友津は聞き返す。


「はい」


 声がする。

 背後から。恐らくはあの少年の声だ。


「僕も気をつけますが、誰にも僕の姿は見られないようにして下さいね」

 友津は振り返る。少年は既に家の中に入り、リビングの中心に立ってにこにこと笑っていた。

「もしも、誰かに知られたらどうなるの? 例えば私が児相とか、警察に駆け込んだら……」

 友津が言うと、少年は笑う。穏やかな笑顔だったけれど、その笑顔はやはり何処か……

 何処か、不気味な雰囲気を漂わせていた。

「その時には、お母さんにとって良くない事が起こる、とだけ伝えておきますよ」

 少年はそう言ってにっこりと笑う。

「僕としても、あまりお母さんに迷惑をかけたくないんです」

 少年はにこにこしたまま言う。

「だからここは言いつけを守るべきだ、と思いますよ? あの人の言う通りにしていれば、長くても三日後には、僕はいなくなりますし、その後はもう二度と、僕も彼女も貴方の前に現れる事はありません」

 その言葉に。

 友津は、ぎりり、と歯ぎしりするしか出来なかった。



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