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 夜が明けた。昨日の美しい朝焼けは影もなく、代わりに訪れたのは恐ろしいほどの晴天だった。


「ミカエル! 我が双子の弟ミカエルよ、今一度我と剣を交えるが良い! その思い上がったはなばしら、昨日示した『肉親の情』を捨て去りし我が剣で叩き折ってくれようぞ!」


 よくもまあ、台本もなしにこんな台詞が出るものだ。

 自分で自分にあきれつつ、ルシファーが弟をあおる言葉を吐き立てる。『敵軍』の内から、声もなくミカエルが現れた。そのこんじきの目が一瞬赤く輝いたのは、こちらの目の錯覚なのか。


 不思議に思ってまばたいて――はっと思うと眼前に! とっさに構えた刃と刃がぶつかり合う、青い火花と硬い音!


「……っ!? ミ、ミカエル……っ!?」


 信じられぬ、殺意に満ちたこの動き! 思わず見開く瞳をかすり、ミカエルの剣先が背の凍るほどうなりを上げる。


『滅びよ、ルシファー。憎むべき神への反逆者』


 低くつぶやくミカエルの剣が火を放ち、ごうごうと音立てて燃えさかる。とっさに掲げたルシファーの剣は一瞬まばゆく光を放ち、みるみる内に黒々とした闇へと変じる。


 そうか、そうだ、わたしはもう『光』ではない……、


 思考が沈みかけた瞬間、熱の塊が視界を奔る、はっとするこちらの五体全てを弟の剣が()()()()襲う。あまりに迷いのない動き、意思のない金の瞳が刃と刃のすきまに見える!


 ああ、ミカエル! ()をかけられているのだな! やはりお前は迷っていた、わたしを地獄へ追いやることを――その迷いを見抜かれて、芝居を演じきれるように神かイエスかにこの術を!


 そう内心で念じつつ、こちらもがむしゃらに剣を振るう。少しでも力を抜けば、刻みに刻まれ魂までも滅されかねない! 飛び散る刃の火花の向こう、美しい鎧をまとったイエスがすっと進み出る。


「……神の御子イエス・クリス・テ、おんかみより聖なるいかずちを賜わりし……」


 ささやくほどの声の高さが、不思議に敵味方、全軍の耳へ突き通る。


「神のいかりの雷により、悪しき天使を天より地獄へ追い堕とさん……」

 歌うように言葉を奏で、イエスがしなやかな腕を天へと伸べる。


 夜だ、一瞬で夜が来た。

 そう思うほど青空は、暗く黒くその表情を変えていた。

 ゴロゴロゴロ、ゴロロロロ……ッ!

 腹の底まで響くとどろき、よどんだ空に満ちみちる。次の瞬間、天空が白く大きくひび割れて――、


 白く灼ける目潰れる耳、足もとからびりびり衝撃、鮮やかなむらさきに光る空。


 雷だ、イエスの宣言通りに大雷が暴れ出したのだ。

『羽根なしの非力な乙女』は、白い腕をひらひらなめらかにふるうだけ。ただそれだけで、空はこの世の終わりさながらに荒れ狂い、悪しき天使の群れをさんざんに打ち砕いてゆく。


 ガララララ、ガシャアアアアンーーッッ!

 耳をつんざく爆音と共に雷が、大地に切り傷をこしらえる。ばっくりと裂けた割れ目はあまりに深く、ひたすら暗く底も分からぬ。体じゅうから血を噴き出し、ルシファーたちは地に開いた亀裂へ追い立てられてゆく。


 そこが地獄への入り口と、とうの昔に分かっている。堕ちる、堕ちよう、堕ちるべきだ、全てそのための芝居なのだ。ただ……!


(神様、最後にひとつだけ、祈ることをお許しください。どうか最後の一瞬だけでも、ミカエルが正気に戻りますよう――!)


 わたしの堕天を目にしたら、ミカエルはひどく嘆くだろう。

 けれど、術にかかって何も分からない内に、兄とのの別れを終えたと後で知ったら、お前はどれだけ悲しむか……!


「――ミカエル!」

 思わず口をついた叫びに、ミカエルは応えてくれなかった。あけに染まった剣を手にして、嘲るように笑ってみせる。


 また呼ぼうとした瞬間に、電撃に身を射抜かれる、激しい痛みが両目を襲う。


(いけない、目だ、目をやられた!)

 ぬらりと絡む熱い感触、赤く黒い血染めの視界。

 その足もとに、地獄へと続く漆黒の闇が大きく口を開いていた。

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