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虚空の記憶  作者: 絵理須遥
第1章
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01.私を誘拐してください!


「ごめんなさいね」

「ほんとすまない」


 お母さんもお父さんもそう言って何度も謝ってきた。


「私の安全を守るためなんでしょ?なら、私も我慢するよ」



 その詳しい理由について、二人は教えてくれる事は無かった。でも少し前に、お父さんの仕事の成果を横取りしようとしている人がいる、なんて話を聞いたことがある。

 きっとそういう事なのだろう。

 もちろん外出禁止というのは嫌なものだけど、部屋でゴロゴロする時間も嫌いではない。

 あとは、早くこの状態が終わる事を祈るだけだ。


 お母さんもお父さんも、昼間は仕事に出かける。今は春休みで学校はお休み期間なので、朝ごはんを食べてから二人をリビングから見送るのが日課だ。

 本当は玄関で見送ろうとしたが、外の目が一瞬でも入る可能性があるという理由でリビングから……という訳だ。

 お昼ご飯はお母さんが用意してくれることもあるし、忙しくて用意が無い時は、冷蔵庫の野菜とかの材料を適当に使って自分で作る。


(案外料理って楽しいものかも……)

(でも、毎日は嫌だな……)


 お母さんは仕事もしてるし料理もしてるし、憧れの存在であった。

 お父さんは、……まぁ頑張っていると思っている。

 二人とも科学者だけど、正直私には難しすぎてよく分からない。

 私の名前、『莉亜』の由来も、脳科学から取ったと聞いたけど、よく覚えていない。

 二人は脳科学的にも相性が良かったとか、余計な話はたくさん聞かされた。

 特にお父さんは、こういう相手と莉亜が付き合った方がいいとか、そんな話ばかりでうんざりだ。

 私はそれよりも新しい担任の先生は誰なのかとか、新しいクラスに仲の良かった友達はいるのかとか、恋愛なんかよりそっちの方が重要に思える。

 そしてそもそも、無事に新学期を迎えられるのかと心配している所だ。


 軟禁生活が始まった三日目、お昼ご飯を済ませて、自分の部屋で休憩しながら読書をしている時に、最初の異変に気付く。

 ガタガタ……バタン。


(……物音?)


 二人が帰ってくるにはもちろん早過ぎる。時計を確認するが、何度見ても時計は昼の二時頃を指しているし、そもそも窓の外には太陽が昇っている。

 何かの理由があって、どちらかが帰ってきたのかもしれない。

 様子を見に行こうとするが、足を部屋の入り口へ一歩踏み出した時に、足音が微かに聞こえた。

 お母さんの物でも、お父さんの物でもない。

 だとしたら、いったい誰なのだろうか。

 莉亜は恐怖に襲われながらも、足音を立てないように急いで窓際まで向かう。窓を開けると、身体を外へと投げ出した。

 莉亜の部屋は二階だが、一階部分の屋根がある所なので、直接地面に飛び降りた訳ではない。

 隣の部屋の方へと横歩きで進んで行くと、物置が裏庭に置いてある所がある。ここまで来てしまえば、飛び降りても大丈夫な高さになる。


「おい、いないぞ!」

「なんだと?ちゃんと探したのか!?」


 男の声が聞こえた。

 状況がよく分からないが、不安と恐怖が更に押し寄せてくるのが分かった。

 物置の陰に隠れることはできたが、一歩も足が動かない。

 見つからない事をただただ祈っていた。

 あまりに突然の出来事だったので、靴も靴下も履いてない。持ち物も何も持っていない。唯一あるとすれば、日常的に首から下げていたネックレスくらいか。

 このネックレスはとても貴重な物なので、肌身離さず身につけているようにしていた。何がそんなに貴重なのかは正直分からないが、あの日、私にこれを託した者はそう言っていた。

 そうすると、部屋に戻ってお金を持ってくるか、携帯電話を持ってきて助けを求めるか、このままこの足で助けを求めに行くかだろうか。

 選択肢を考えていた所で、さらに声が聞こえる。


「隠れられそうな場所は全部探せ!」


 男の怒鳴ったような声が聞こえる。

 ここにいては、いずれ見つかってしまうのは明白だった。

 先程は動かなかった身体も、何をすべきかの選択肢を考えていると、案外動くものなのだろうか。

 家に戻る余裕は見出せそうにないため、最後の選択肢を選ぶ事にした。

 見通しの良い家の門から出ていくのは論外だ。隣の家との敷地の間には垣根があり、その中で一箇所だけ小さな抜け穴が空いているのを見つける。

 そう言われれば、部屋の窓から野良猫がよく通っていたのを思い出した。


(ここ……通れる?)


 所詮はただの獣道、人間が無事に通れる大きさではない。

 しかし今は、家に押し入ってきた男に捕まるよりは、はるかにこちらの方がマシだと確信し、莉亜は突き進む。

 

「いっ……」


 木の枝が服を裂き、皮膚を傷つける。

 声が漏れるほどには痛い。

 やはり所詮は猫が入れる程度の大きさの道と言うべきか。

 それでもなんとか通り抜けて、隣の家の陰まで来れた。莉亜の家からは完全に死角だ。ひとまず安全な場所にたどり着けたと思うと、力が一気に抜けてしまった。

 どのくらい時間が経っただろうか。人の声はあったが、何を話しているかは分からない。しばらくして車の発進音が聞こえてきた。

 ようやく、いなくなってくれたのだろうか。

 しかし、莉亜にそれを確かめに戻る勇気はなかった。




=======================================




「悠司、今日は誘ってくれてありがとう」

「いいってことよ! こっちも勉強ばっかじゃ非効率的だから、たまにはこういう所に出かけたいと思ってたんだ。 隆也だってずっとバイトだったんだろ?」


 こうやって気を使ってくれるのが、悠司という人なのだ。

本当は自分の目標のために突き進んで欲しいのだが、それを以前伝えた時に、少し不機嫌になってしまった事があった。

 それ以降は、隆也はその善意をありがたく受け取るようにしていた。


「それにしても、ここは何でも揃ってるんだね」


 後ろを振り返ってそびえ立つのは、この町にある唯一のショッピングモール。春休みという事もあって、昼間は親子連れがや子供達がたくさんいた。

 さすがに夕方になると人もまばらになってくるけど、それでもこの大きな建物には、町の人のほとんどがありがたみを感じていると思う。


「店がたくさんあるのもそうだけど、ゲームセンターとかカラオケとか、遊べる所があるのは大きいかな?」


 ちょうど小学生位の子供達が、自転車乗り場のスペースでカードの見せ合いっこをしていた。

 悠司の言う通り、子供達の遊び場になってるのは間違いない。

 大きな建物の隣には公園も広がっており、さらに小さな子供も遊べるようになっている。

 建物の外周にはいくつかのぼり旗が置いてあり、『春物大売り出し』とか『最大70%OFFキャンペーン』とか色々な内容が書いてある。中には『あなたの邪念はアクセサリーに蓄積します』などという不気味な旗もあった。

 

「そういえば、前話した宝石だけど」


 同じ旗を見ていたのか、悠司が話を切り出す。この中に入っている貴金属店で、宝石を壊してもらうことで徳を呼び込む、そんな事をしているらしく、メディアにも紹介されていたらしい。悠司はレプリカの宝石を壊してもらって試してみようと、そう隆也に持ちかけていた。


「一つ隆也に渡すから、ちゃんと邪念を込めるんだ」

「別に試してみるなら、このまま普通に店で壊してもらっちゃダメなの?」

「そうしたら実際に徳を呼び込めるか実験にならないだろう?ちゃんと邪念を込めないと」


 そんなオカルト話が好きな悠司だが、なんでもやってみようとする所は本当に尊敬する。勉強にもその熱量があったから、こうやって良い成績を残せているのだろう。


「そもそも邪念を込めるって何?」

「うーーん、宝石に過去の懺悔を聞いて貰えばいいんじゃないかな?」


 なんだそりゃとは思ったが、過去の懺悔で思い当たるものは正直ある。積極的では無かったが、こういった所で自分の行動を見つめ直すのは有りなのかもしれない。


「分かった。やっておくよ」

「おぅ、頼んだぞ」


 そんな中、その公園から挙動不審な人影が、ショッピングモールの方へと近付いてくるのが見えた。


「おい、隆也! どうしたんだ?」

「いや、そこに女の子が……」


 高校を卒業したばかりの隆也よりはかなり幼く見えた。中学生か、もしかしたら……。

 肩までありそうな髪を後ろでまとめていて、辺りを警戒するように鋭い目付きで見回している。

 靴は履いておらず、服は所々汚れたり切れたりしているように見えた。


「なんだ隆也、あんな幼いのが好みだったっけ?」

「俺のタイプは大人びた人だ! ……って、そうじゃない」


(とりあえず、迷子とか家出だとしたら保護してあげよう。

交番までは少し離れてるけど、連れてってあげるのがこの場で一番の選択のはず)


 隆也はその子に近付く。その少女は上品なお嬢様のような顔立ちに、首から下げている宝石のような物がとても映えて見えた。

 隆也の視線に気付いた少女は、ビクッとすると隆也を鋭い目付きで睨みつける。


「あんた達、何者なのよ!」


 その声は明らかに怯えて聞こえた。

 すこし驚いたが、こういう時はまずこちら側が笑顔になる事が大切だ。


「俺は隆也。驚かせちゃってごめんね。近くを友達と歩いてて君を見かけた所なんだ。君は靴も履いてないし、保護者の人も見当たらなかったから、何か困った事でもあったのかな?って思って」


 少女は少し安堵の表情を浮かべたように見えた。


「そう……、大きな声を出してごめんなさい」


 彼女は一度深呼吸すると、鋭い目付きになる。


「こ……この後、予定はありますか!?」


 この質問は予想外だった。


「ええと、悠司はこの後は塾なんだよな?」

「ああ、うん。ごめんな隆也……クスッ」

「いいさ、大学でも一番目指すんだろ? ……でもそのにやけ顔はムカつくぞ」


 ごめんごめん、と悠司は風のように去っていった。


「俺一人で良ければ、……まぁ、とりあえず交番にでも」

「お願いします!私を誘拐してください!」

「はぁぁぁぁっ!?」



=======================================



 コンコン


「入れ!」


 部屋の中に入ってきたのは三名の男達。


「ガキはどうした!?」

「それが、部屋には誰もいませんでした」

「タンスの中やベッドの下、あらゆる場所を探したんですけど……」

「なら、現地から電話なりで報告すればいいだろう!なぜしなかった!?」

「お言葉ですがリーダー、連絡取ろうとしても繋がらなかったんですよ。また電源の入れ忘れでは……」

「週に一回はありますよね……。なんとかなりませんか?」

「電源は今日は間違いなく入れた!すぐ責任転嫁するんじゃない!」

「じゃあリーダー、端末貸してくださいよ」


 男のうちの一人がリーダーと呼ばれた男から端末を受け取ると、呆れた表情で苦笑した。


「何がおかしい!」

「リーダー。これ、充電切れてます」


 無言の状態がしばらく続いた。


「……とにかくだ、ちゃんと対策はある」


 リーダーと呼ばれた男はパソコンを操作すると、三人の男の方へと画面を向ける。そこには地図が表示されており、中心には赤い点が点滅している。


「リーダー、これは?」

「ガキの持ってる宝石にGPSが仕込んであるんだ」

「すごいじゃないですか!この地図は、うちらの端末からも見れるんですか?」

「分からん」

「「「…………」」」

「……ではとりあえず、ここに向かいましょう」

「リーダー、充電しておいて下さいね!?また連絡入れるんで、そうしたら移動場所を教えて下さい」

「ちょっと待て、お前はここに残ってくれ」


 リーダーと呼ばれた男は、先程端末を見てくれた男にそう伝える。


「またこの端末が突如壊れるかもしれないだろう?」

「リーダー、その端末は一度も壊れてないですよ」

「うるさい!いいから二人で行ってこい!」


 しぶしぶ部屋から出て行く二人。

 残った男はリーダーとパソコンの地図を眺めている。


「でも、リーダー。少し難しいかもしれませんね……」

「なにがだ?」

「今は春休みですよ。ここには人の目がたくさんありますよ?連れて行こうとしても、周囲に怪しまれてしまうのでは……」

「それは、あいつらの力量によるところだな」


 二人はパソコンの画面に表示されている地図を見ながら話していた。

 その地図の中の赤い点滅は、この町のショッピングモールを示していた。

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