32 鋼の翼をもつ天使
「…ごめん」
「いやぁ…まあ結果オーライ」
二人の目線の先にはデカイ穴の空いた大きな屋敷。二人の足元にはカーテンや絨毯やらで簀巻きにされ無力化した人間が多数転がっている。
国内旅行兼国王代理の国内巡視に来ただけなのだが、どうしてこうなったか。
事の発端はこの町の孤児院訪問だ。ノアと共に立ち寄った孤児院で出会った少女が、いきなりベンの手を取って「買ってください」と言い始めたのだ。面食らったベンが、何故そんなことを言うのかと聞くと、孤児院の内情が次々に明らかになった。
あまりまとまりのない少女の訴えを要約すると、孤児を保護するための施設で、実は人身売買が行われていることが発覚した。この国には奴隷制度がないにも関わらず、だ。一応奴隷という言葉は使っていなかったが、少女の言から奴隷制度そのものであるとわかる。
そんなことを外部の人間に漏らしたと聞けば、孤児院の職員が黙っていない。この会話を聞いた職員がベン達の目の前で少女に仕置きをした。それだけでこの孤児院での孤児達の扱いがわかるというものだ。ベン達がいることに気付き、我に返った職員はどうにか取り繕った笑みを浮かべて、追い返そうとしていた。
「ベン、これ、この国で普通なの?」
「いや、そんなわけない。誤解だからそんな目で見ないで」
訂正するベンの言葉を聞いた途端、ノアが暴れた。
職員を吹っ飛ばし、殺気をダダ漏れにする。正直とても怖かった。
殺気にあてられた職員は気絶してしまったので、そのまま放置して孤児院の奥まで入り込んでいく。ちなみに少女はそのままにしておくこともできないので、職員の代わりに案内してもらった。
押し入った先はとても衛生状態がとても悪かった。それだけで指導対象である。こんな状態では疫病が流行りかねない。そんな建物の状態の中で、無駄に綺麗な一室があった。この孤児院に派遣される職員の部屋だ。
中にいた人間が「何者だ」とかうるさく騒いでいたが、ノアの殺気が未だダダ漏れ状態のため、実力行使には出てこない。動くと殺されそうだったもんな。わかるわかる。
ベンは暢気にそんなことを考えながら、部屋の中を無遠慮に探し回った。
「こういう輩は大体この辺りに大事なもの隠すんだよなあ…。
ほらビンゴだ」
そう言ってベンが探し当てたのは、この孤児院の裏帳簿だ。そこにはどの子がどれくらいの値段で売れたかという情報も記載されている。人身売買の証拠としてこれ以上のものはない。
「あとはこれを然るべき場所にだしてー。
ってか、ここ叩いたら叩くだけ埃でるんでねーの?」
そうやってベンが証拠を探している間に、なんと孤児院に火が放たれてしまったのだ。
「なるほどね。
俺らと一緒に孤児たちも焼き殺しちゃえば証拠も全部なくなるって事かー。
頭いいね」
「そんな感心している場合じゃないでしょ…。
火を放ったってことは、孤児院の中にもう詳しい事情を知ってる人はいないかな?」
「どうかな? まぁ首謀者みたいなのはいないだろ。
いるのはトカゲの尻尾切りで切られる側のやつだろうな」
「わかった。間違って首謀者を殺さないですむのはいいこと。
ちょっと消火してくる」
「ほどほどになー。罪のない子供達もいるからさ。
あとこの辺一帯証拠の山だからこっちも被害こないようによろしく」
「それくらい何とかして…?
いってきます」
そう言うとノアは窓から飛翔した。
「…あいついつの間に飛べる様になったんだか。
風魔法か?」
暢気なベンの言葉が辺りに響く前に、ノアの水魔法が雨のように降り注いできた。
その後、騒ぎを聞き付けた国の警邏隊が集まり、速やかにこの孤児院での人身売買に関わっていた連中が捕縛された。
何かがノアの琴線に触れたらしく、終始ノアはご立腹だった。その分その怒りを相手方に思いきりぶつけている。その結果が、今目の前にある半壊した領主の屋敷だ。
この人身売買の首謀者はあろうことか、この領地の主だったという顛末である。
そして、冒頭のやりとりに戻る。
「…ごめん」
「構わんさ。元々キナ臭い噂があったからこそ俺が立ち寄ったんだしな。
こんだけ電光石火で調べられちゃ証拠を隠す暇もなかっただろう。
まぁその分こっちも代わりの領主とか諸々の準備してなかったけど…。でもやっぱり不幸になる人間は少ない方がいいからな」
しかしどうやって責任をとらせたものか、とベンが頭を悩ませていると、ノアが心配そうに呟いた。
「…売られた子たち、どうにかなるかな」
「うちの国では、人身売買ってのは買ったほうも罪に問える。
なんとかなるとは思うが全員無事ってのは確約できんなぁ」
「そっか…」
ベンは気休めの嘘は言わない。
ずいぶん前に売られてしまった子であれば、もう死んでしまっているかもしれないのだ。そうなれば、今動いたとしても助けられない。
ノアの心の中にムカムカしたものが溜まっていく。
「…ちょっと暴れてきていい?」
「ダメじゃないが、どうせならその辺に転がってる身なりのいい奴から事情聞いてくれ。
いい感じに情報引き出してくれれば助けられる率もあがる」
「まかせて」
そんな感じで事後処理をすること小一時間。
問題は山積みではあるが、どうにかこれ以上の人身売買は阻止できた。
「しかし、面倒なことになったなぁ」
「ご、ごめん。
なんか、ノゾミと重ねちゃって頭に血がのぼった。
こんなこと初めて…バグったのかと」
自分のキレっぷりが信じられないのか、ノアがとても複雑そうな顔をしている。
「俺個人としちゃ全然いいんだがね。
唐突に皆殺しモードに入って、俺も被害者も関係なく襲いかかってきたわけでもあるまいし」
「今後ないとも限らない。気を付けなければ」
「いやまぁそれもあるんだけど…。
おじさんが困ってるのそれじゃないのよ」
「なに?」
「お前さん、消火活動したときブチ切れてて、翼しまい忘れて飛んだんだよな」
「あっ…」
孤児院を訪問した時間帯は人通りの多い昼間だった。
そのお陰で消火活動やら警邏隊が集まってくれた。それはいいことだ。きちんとそういう公共事業が動けているのは国としては誇らしい部分である。それはいい。
問題は、多くの人が鋼の片翼を広げ空を飛んでいるノアを見ていたのだ。
「いやぁ、めっちゃあれは誰? って聞かれちゃったよ俺。
なんて答えたもんかなー? と思ってさぁ。
とりあえず『恥ずかしがり屋さんだからあんまり噂にしないであげて。下手したら自分の国に帰っちゃうかもしれないからさ』とか言ってたらいつのまにか『恥ずかしがり屋の天使様が孤児院を救ってくれた』って話になっちまってさぁ」
「はぁ!?」
「でもぶっちゃけそのお陰でお前さん囲まれてないんだぜ?
普通なら孤児院を救った一般人なんてヒーロー扱いされておかしくないもん。
俺はほら、一応身分を明かしたからそれなりの態度で接して貰ってるけどさ」
「でも…なんで天使…」
「そりゃ翼生えて空飛んでたらそうなるだろうさ。
遠目なら鋼だってわからんだろうし」
と、ベンはのたまっているが、そういう風に誘導したのはベン自身だったりする。
今後、ノアが翼を出しっぱなしの状態、素のままでも外を出歩けるように。
それとこちらは国の都合で『空も飛べる片翼の天使の加護がこの国にはある』と諸外国に示すためだ。
どちらもノア本人に言うつもりはない。が、彼女は聡いのでいつかはバレると思ってはいる。
今のところは自分に付けられた『天使』という称号で頭を悩ますのでいっぱいいっぱいのようだ。
「天使…天使……この国の宗教はどうなってるのか、そういえば調べてなかった」
「んじゃ暫くこの町に滞在になるだろうから、本でも借りればいいさ。
ボディガードさえしてくれたら俺は文句ないし…」
「そうする…。
天使…天使とは…???」
世界を壊したという少女が、この国を守ってくれるというのもなかなか悪くないのではないか、とベンはひっそり笑みを漏らした。
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