30 アナザーホーム改装
「そんなワケでノア先輩様何卒よろしくお願いいたします」
王弟とそのボディガードであるノアに宛がわれた王宮の一室で、ベンはノアに深々と頭を下げていた。言葉の端々からわかるとおり、ちょっとしたおふざけパフォーマンスである。
「…その敬称なに。
別に…希望を叶えてくれたからワタシは構わないって言ってるじゃん。
王様に直々に頼まれちゃったしね」
先日の食事の席で、ノアは正式に王弟ベンジャミンの護衛として国に雇われた。一応対等な契約ということで、いつでもやめられるし、不満があれば伝えることもある。
国王がノアに依頼したのは、国内外を出張するベンの護衛だ。王は王宮で書類仕事だけをしていればいいわけではない。各領地に赴いたり、時には国外への挨拶回りなどもあるのだ。だが、ラルトリア王は体調を崩してからずっとそのような政務からは遠ざかっていた。今も体調が完全に回復したとは言いがたいので、移動の多い仕事はできれば遠慮したい。そこで王弟であるベンに白羽の矢がたったのだ。
普通であればそれなりの地位の人間を代理に立てて行う出張仕事を、王の弟が行うことで内外へのアピールにもなる、とのことだ。
そしてこれはあちこちを旅行したいノアにとっても利点になる。難点があるとすれば、旅の日程はベン任せになることくらいだろうか。
「まぁ気楽なお忍び旅ってことになるんだけどな」
「他に人がいないのはありがたいかも。やっぱり大勢と関わるのは疲れる」
この出張仕事はノアの要望もあって、基本二人旅になる。
二人は身軽で気楽だし、国の方も普通であればかかる護衛の人件費や莫大な宿代などの出費を抑えられて悪くはない。浮いたお金を別の公共事業につぎ込める。この国は困窮しているわけではないが、まだまだ発展する余地は多い。節約したお金の使いどころはまだまだあるのだ。
ただ、国の面子がかかっている外交などは、国家の威信のために軍と合流する必要があるが。
「俺も供を引き連れての旅とかめんどくさいからさ。
…あとお前さんの快適アナザーホーム知っちまうともうなぁ…」
旅先で、その土地にできる限りのもてなしをして貰うのも嬉しいが、やはり安眠という点では眠り慣れたベッドに適うものはない。その点、ノアのアナザーホームにベッドを収納して貰えばいつでも快適に眠れる。
「あ、そうそう。それで相談したかったんだ。
アナザーホームを拡張したから、ちょっと手に入れてほしいものがあるんだけど」
「お? なんだ?」
「鶏」
「は?」
言われれば大概のモノは用意するつもりであったが、ノアの要望は予想の斜め上だった。
「やっぱりお菓子作りには卵はかかせない。
色々王宮のお菓子レシピをもらったからこれは外せない」
「…お、おう。わかった」
どうやらノアはこの国のお菓子がエラく気に入ったらしい。それは王弟として大変喜ばしいが、それを旅先でも味わいたいようだ。
今は輸入に頼っている砂糖類もノアならアナザーホーム内で栽培しかねない。というか、する気がする。とりあえず、ベンは脳内の巡回ルートの中に砂糖の産地も追加しておいた。
が、その次に付け加えられた言葉にはちょっとツッコミをいれたくなってしまった。
「あと、お菓子作りはベンの担当だから」
「はぁ!?」
「だってそうでしょ? ワタシが走っている間、ベンはアナザーホーム内で暇じゃない」
「…いやまぁ…そうかもしれんけど」
「レシピ置いておくからよろしくね。あと鶏の世話も」
「うわぁ…おじさんこの歳で新しい仕事すると思ってなかったわぁ…」
流石ノアと言うべきか、王弟を王弟と思っていないし、おじさんをおじさんとも思っていない。ただ、ギブアンドテイクする仲ということだろう。
ただ、ベンはあまり王族らしくない王族である。その自覚もある。まぁ兄貴がアレなので当然かもしれない。この国の貴族であれば血管の二、三本をブチ切れさせながら怒っただろうが、ベンは数秒の順応した。
「まぁいいか。
あ、でもあれだぜ? 牛乳もほしいから牛飼うとかはナシな。
あのデカい動物を面倒見れるとは思えん」
「…むぅ。まぁ…仕方ない」
「予定にあったのかよ。それだけは断固反対だからな。
やるなら自分で面倒見てくれ。おじさんはまた腰を痛めたくないんだよ」
「それなら通るルート、最低三日に一度は町によれるようにしてほしい」
「当然。というか、別に今回は急いでないんだぞ。
お前さんの要望である観光もきちんと出来るようにしたいしなー。
それにお前さんの足なら三日町に行けないってことはそうそう起きないだろ」
「むぅ? それなら鶏もいらない?」
「その方がいいかねぇ。宿にお泊まりもいいが安全性ならアナザーホームの圧勝だろう?
寝泊まりする場所が鶏くさいのはちょっとなぁ…」
「確かに。なら、料理器具とベッドを充実させたい」
「あいよ。ベッドは王宮から許可得てるからそれ持って行けるぜ。
料理器具は…うん、お前さんに任せた。欲しいもの一切合切料理長に伝えといてくれ。そっから手配させるわ。ただ、無理なもんもあるかもしれんから、そこだけ覚えておいてくれ」
「わかった。いざとなったら作るから…。
ベンは火魔法の練習とレシピ読んでおいてね」
ノアはどうやら本気でベンにお菓子作りをさせるつもりらしい。
「…それは了解したが…期待したモンが出来るとは限らねぇぞ?」
「お菓子はレシピに忠実に作れば失敗はしないもの。
変に目分量にしたり、テキトーにするから失敗する。
勿論技術が必要なお菓子もあるけど、技術のいらないやつだけ厳選しておくから安心して」
「お前さんの菓子への情熱には頭が下がるな。
地方に行ったら郷土料理みたいなレシピ探しするのも面白いかもなぁ…。
っと、そうだ。他にも行きたい場所とかの相談もしたいんだわ。今日の夕飯食ったあとにでも相談しようぜ」
「了解。それまでにレシピと…あと厨房でおねだりしなきゃ」
「俺はそれまでまーた兄貴と顔付き合わせて会議だの書類整理だぜ…。
あとは各町に先触れも出しておかなきゃかぁ」
「そうなの?」
「そりゃそうさ。こんな冴えないおじさんと親子ではなさそうな女の子が唐突にやってきて『国王の代わりに来ました。市長や町長に会いたいでーす』って言って会えると思うか?」
「無理だね」
ノアはなるほど、と納得する。
そもそもこの世界には写真とかはないようだし、普通の人は国王や王弟の顔など知らないまま一生を過ごすことになる。
先触れを出し、こういう人間がくるので準備をしておいてください、というやりとりが大事になる。ノアたちは基本的に二人で行動するのだからなおさらさ。大勢引き連れていれば一目でわかるのだが、それではノアの希望である観光も、ベンの実地調査も出来なくなってしまう。
「そゆことー。
なのでおじさんは先触れと、王弟である証明を何にするかーとか色々やらなきゃなわけよ」
「王弟の証明はアイテムボックスでいいんじゃないの?」
「あ、それもありだな。荷物もたくさん持ってけるし…てことは、今度は正式に借りなきゃかー…まぁいけるか。
……もしかして、お前アイテムボックスに生鮮食品入れまくるつもりか?」
「バレたか」
アイテムボックス内は時間が止まっているから食品が傷むことはない。
鶏を諦めたと思ったら、こういうところで抜け目なくねだってくるノアだった。
閲覧ありがとうございます。
良ければ評価やブクマをよろしくお願いいたします。




