29 ノゾミの願い
「よぉ、ノア。兄貴からメシの誘いだぜ」
粛正から数日。ベンはその後始末に大忙しだった。
そのボディガードであるノアは一応ベンの後をついて回ってはいたものの、粛正後に襲ってくる度胸のある人物がいるはずもない。若干暇を持て余していたのだが、そんな様子をマーガレット王妃に見られてしまい、着せ替え人形兼お茶会の準備手伝いという形で潰していた。
ちなみに、先日教えたアイスクリームは大好評だったらしい。作り方を教えてほしいという貴族もいたほどだったが、マーガレット王妃はニッコリ微笑んで躱したとかなんとか。今のところレシピを他に出す気はないらしい。とってももったいぶって他国にでも出すのかもしれないが、その辺りはノアの知ったことではない。
ノアは文献で読んだだけのレシピを再現できた時点で満足なのだ。
「…偉い人とごはんかぁ」
「いや、もう慣れただろ。夫婦水入らずもいいが、客人がいると良いとかなんとか言って兄貴何度も呼び出してるんだから」
「まぁごはん美味しいからいいんだけど」
「けど?」
「…なんかあるでしょ、絶対」
「はっはっは」
ベンが笑ってごまかしたということは、絶対何かある。しかも、その何かをもうベンは知っている。
とてもめんどくさい。
まだ契約満期の一年まで時間はあるので、よっぽどのことがない限りは頷くつもりではあるけれど。
「アレク王子の嫁になれとか言われたら流石に逃げるからね」
「そういえば、アレクと文通友達になったんだって?」
「…友達かどうかは知らないけど文通はしてる」
「どうだ?」
「どうって?」
「友達にはなれそうか?」
「…友達の概念がわからない。
無礼失礼勘違い野郎なだけではないことはわかった」
「ははは、あの出会いじゃあやっぱりそう簡単に好印象にはなれないか。
ま、そんなこともあるわな」
ただ、少なくとも手紙のやり取りを続けてもいいとは思ってくれているらしい。まだまだ思ったことをすぐに口に出してしまいがちなアレク王子からすれば、文通はとても良い手段なのだろう。
「不可解。ベンはワタシとアレク王子にどうしてほしいの?」
「いや? 別にどうも?
しいて言うなら、ノアもアレクも得意じゃないだろ、人付き合い。
一つの経験としてやってみるのはありなんじゃないかと思う。付き合ってみて相性が良い悪いってのはあるからなぁ。
あー…でもそうだな。国のことを考えるなら、アレクの練習に付き合ってくれると嬉しいとは思う。でも、ノアの心理的負担がでかいならやめたって全然いいんだぜ?」
「…心理的負担は目測できない、難しい」
「さしあたって嫌か?」
「…疲れる。けど、どうしても嫌というではない。
それこそ、ワタシは人と付き合うことにおいて経験値が圧倒的に少ない。
ベンとは契約があるから、ある程度いうことを聞く。契約は嫌なら破棄もできるけど、今のところベンに無理強いされたことはない。…仕組まれたなってことはあるけど。
でもそれはベンだから」
「俺だからってなんだよ」
苦笑しながら問うと、ノアは少し悩んでから答えた。
「ベンは人との間合い…心理的距離? の、取り方がうまい、と思う。
少なくともワタシは一緒に過ごして嫌な気持ちになってない。観察してる限り、大体みんなそんな感じ。
『しょうがないなぁ』で、ベンの言い分が通ってる。通らないのは相手がよっぽどおかしい場合」
「んなこともないと思うがなぁ」
「そういうのは少し羨ましい。
ワタシは対人戦闘におけるあらゆる知識を詰め込まれた反面、対話スキルは全く重要視されずないに等しい。命令が理解できて過不足なく遂行出来さえすればよかったから」
「なるほどねぇ。
だから、今アレクと文通してるのも勉強のうち?」
「ん…それもある。あとはノゾミが…」
そこでノアは少し言いよどんだ。
言いづらい話題なのかもしれない。会話はそこで不自然に途切れたが、ベンは気にすることなく話題を変えた。言いたくないのならば言いたくなるまで待てばいいのだ。たとえ、この言葉の続きを聞くことがなくてもそれはそれ。
「とりあえず兄貴が待ってるから飯に行こうぜ。
最近はお前さんが色んなレシピ提供してくれてるから飯にも幅がでたよなー」
先に歩き出すが、ノアがついてくる気配がない。
振り返れば、困惑した表情のノアがいた。
「聞かないの?」
「聞かれたいのか?」
「…わからない。聞かれたいのかもしれない」
「じゃあ、聞いたら答えてくれる?」
「うまく説明できる自信がない」
「んじゃ、まずは言ってみればいいんじゃないか?
考えすぎかもしれんしなぁ」
「ノゾミは…『私の代わりに美味しいものを食べて、きれいな景色を見て、いっぱいいっぱい楽しんでほしい。本当はいろんな人と関わって、大事な人とかも作って欲しかったんだけど…対人はダメなんだもんね』って言ってた。
その真意が今も良くわからない」
「はぁ~…なるほどなぁ」
今から死ぬ、体を乗っ取られるっていうことがわかっていたノゾミ。
その子が何を考えていたかまではわからないけれど、想像することはできる。
「お前さん、ノゾミって子と会話したこと結構あるのか?」
「あまり…。ジョウがわくと困るって、そもそも人と話していなかったから」
「多分だけど、その頃のお前さんって今よりも感情前に出てなかったよな?」
「…多分。
というより、ワタシに感情、ある? 出てる?」
「そりゃあもう。
アレクに言い寄られたときのお前さんなんか傑作だったし、甘いもの食ってるときは嬉しそうだし…これで感情がないとかあり得んわ~」
「そっか…。
それは、AIとしてどうなんだろう」
「そりゃおじさんにはわからんよ。だって、お前さんが生まれた経緯? 技術? そういうのさっぱりわからんもん。
ただ、俺に言えることは、ノゾミって子の分までしっかり生きてやれってことだ。それが多分彼女の願いでもある。ただ、怠惰に生きるんじゃなく、時には困難にぶち当たったり悩んだり、何かに熱中したり…まぁ色々だ。
そんでついでに人付き合いってのもしてみると、めっちゃ困るし面倒だけど、悪くないって思える場面も出てくるもんだぜ」
ノアは多分、この世界でも一人で生きられる。
小銭がほしくなったら冒険者ギルドに行って依頼を受けるなり、素材を売るなりすればいい。ご飯は料理も出来るし、お金があれば町で食べることだって出来る。安全な寝床はアナザーホームで確保出来るし、驚異の移動速度を持っているのだから何処まででも行ける。
本当に人と関わりたくなければ自給自足だって可能だ。
でも、それだとノゾミが願ったことを叶えられないことを、ノアもわかっている。
「人は、そういう面倒なことをして生きてるのね」
「そりゃあな。だって、誰も彼もお前さんより弱いもの。
探せばお前さんみたくホーンドボアを一撃で葬るやつだっているかもしれない。でもそいつは多分アナザーホーム使えないから、寝るときは誰かに守って貰うか比較的安全な宿に行くしかない。どんなに足が速くたってモノ食わなきゃ死ぬし、寝なきゃ死ぬ。
だから、死なないために他人を利用するわけだ。その利用するなかで信頼とかが生まれたりもするしな」
「弱いからこその利点…っぽい。
でも…そっか。なんとなく、納得した」
「そりゃ良かった」
ベンはノアの結論は聞かなかった。
ただ、ノアが少し吹っ切れたような、そんな表情をしていたが印象的だった。
「うん、とりあえず王様に呼ばれてるんだよね。ご飯いこ」
「だなー。メシメシ…でもなんか押しつけられるような気もするんだよなぁ」
「頑張れ」
「助けてくれねぇの?」
「ボディガードの範疇であれば助ける。お仕事だしね」
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