10 改めて自己紹介
「改めまして。
ベンジャミン・ルートワード。36歳独身、この国の王様の弟やってます。よろしくお願いします」
カルヴァニの町のちょっとお高い宿の一室にて。
男が一人の少女に自己紹介をしていた。
昼間に気がすむまでお買い物をして、ついでに美味しいものを食べてノアはご満悦だった。そのままギルドでの一件を忘れてくれないかな、とも期待したがそうは問屋がおろさないらしい。
「ノアです。前の世界を滅ぼしてからこっちに来たAIです。体はノゾミのもので、ワタシの本体はこの翼です、よろしくお願いします」
お高い宿はセキュリティが万全だ。少なくともこの程度の会話が隣の部屋に聞こえてしまうようならば高級宿の名折れだ。
「前も聞いたけどそれどういう状態なの?
前の世界滅ぼすってどういう…」
「先にそっちの話」
「ソウデシタ」
きちんと事情を説明していなかったことで、少々ノアはお冠らしい。この先もできれば彼女に協力してもらいたいので、ここで機嫌を損ねるわけにはいかない。
「えーとだな。実はこの国は今とってもピンチなんだ。
これは極秘情報なんだが、国王が病気でなんだ」
「ベンのお兄さんが、病気」
「そゆこと。で、万が一国王が死ぬとなると、だ。
次の王さまは誰だ~! って話になる」
「…ベンになるの?」
「王弟が継ぐって国もあるかもしれないな。
うちの国では王さまが続けられない場合、弟じゃなくてその子供に優先権がある。俺にとっては甥っこなんだけどな。
それがまたえっらいヤンチャでなあ…」
ヤンチャというのは表現を大分マイルドにした。
実際は粗野横暴・俺様気質・我儘放題、などなど。そういった単語が羅列されるだろう。
現国王は弟であるベンにも甘いが、息子にはもっと甘かったのである。
「ヤンチャを矯正するために色々やってる最中に病に倒れちまったもんで…。
しかもヤンチャ坊主をそそのかすバカもいる始末でな。
で、そういった奴らに対抗しようと、俺を次の国王にしようっていう奴もいてだな」
「ヤンチャ坊主とベン…どっちがマシなの?」
「現時点ではまぁ俺だわな」
こんなではあるが、一応王弟としての実務はしてきた方だ。めんどくさがって大半をサボッたが、サボッてはいけない業務の区別はキチンとつけていたし。
そもそも、王弟が優秀な必要はない。下手をしたら優秀な王弟を旗印に謀反とかいいだすバカがいるのだ。そういうのは歴史の授業で何度も見てきた。
ベンは突出して優秀ではない昼行灯として日夜絶妙なサボりに命をかけてきたのである。権力になんて興味はない。けれど、生まれてこのかた贅沢させてもらった身として、恩を返さないほど恥知らずじゃない。そんな感じだ。
そういう弟の気持ちを理解していた兄王は、それでいいと笑っていた。つくづく甘いと思う。甘えていたのはベンなのだが。
一方、兄王の子供である甥っこはまだ11歳。妹はいるが弟はおらず、生まれたときからずっと何かに脅かされることなく「いずれは王の座を継ぐことになる」と言われ続けてきた少年だ。そうするとどうなるか。何もしなくても様々なものが手に入る環境が当たり前になってしまうのだ。こればかりは兄王が甘かったと言わざるを得ない。
実務経験がほとんどないお子さまと、最低限を見極めながらも仕事をしていた王弟。
これなら後者に傾く者も多いだろう。
ただ、それが気にくわないものがいるわけで。
「甥っ子派のノータリンが、王弟さえいなくなれば甥っ子の治世は磐石、とか言い出してなぁ。殺されかけた。だから、俺は死に物狂いで逃げて、逃げ回って、気づけば国境付近」
「それで、あんなところにいたんだ」
「そゆこと」
甥っ子自身が王弟を殺せと命じたわけではない。はずだ。むしろそう信じたい。
万が一という可能性は考えておかねばならないけれど。
「で、ここから本題なんだが。
ノア、俺に力を貸してくれないか?」
もう身分や事情はバラしてしまった。
真剣な表情で、それこそ、王弟として頼み込む。
「俺は全然王の器なんかじゃない。けれど、むざむざ殺されてやるほどお人好しでもない。
そして、何より俺が死んだら、俺を殺せば甥っ子を操って国を自分のモノにできるとか考えてるバカ野郎に国を渡すことになる。
それだけはできないんだ」
「…何をすればいい?」
「とりあえず、1年。俺のボディガードをたのみたい。
報酬は王宮料理食べ放題でどうだ」
「いいよ」
あっさり。
決死の覚悟で、頭を下げて。
その答えは秒で帰ってきた。
あまりの決断の早さに、逆にベンが焦ってしまう。
「いやいやいや、いいのか!? そんなあっさり…」
「別に…?
ベンは悪い人じゃない、知ってる。
王さまの器かは…わかんないけど。甘いから」
「ぐぅ…いや、俺もちゃんと王の器ではないって自覚はしてる。
だからこそ仕事も最低限にしてたんだしさぁ…」
精々それなりに補佐ができます、くらいのものだ。甥っ子陣営が正々堂々補佐になってくださいと言ってくれればそれなりに頑張ったのに。
あちらの陣営は幼い王子を傀儡にすることしか考えていないのだろう。
「ワタシはたぶん負けない。ベンの命は保証する。
けれど、それだけでなんとかなるわけじゃないでしょう?」
「それな。んでも、俺が死んだらいろんなことがその時点で終わっちまう。
そこから考えれば、お前さんが協力してくれるってのは大いなる前進だ」
ありがとうな、とベンは笑う。
正直逃げ出して来たときから、一つも光明が見えなかったのは事実だ。
けれど、ノアがいればなんとかなることもある。
「そう…。
とりあえずこれからどうするの?」
「うん、そうだな…。とりあえず名医か、万能薬でも探すしかないかな。
あとは人脈作り」
「あぁ、なるほど。さっきわざわざ身分を明かしたのはそのため」
ノアの頭の回転の早さに舌を巻きながら、コクリとうなずいて見せる。
ボディガードだけでなく、参謀役もお願いするべきだっただろうか。
「王都周辺はあっちの息がかかっていそうだからなぁ。あまり権力になびかないところから味方を増やしていきたいと思って」
「わかった。
…ところで、王さまはどんな病気?」
「それが…よくわからねぇんだよな。
そもそも王宮にいるから伝染病はない。周囲の人間はピンピンしてる。毒見役も何人もいるから毒もありえないはずなんだ。
だから病気とは言ってるが…なんていうか呪いみたいでさ。
古傷がひらいたりして、血が止まらないとか。あとは食欲がないから痩せてったり」
最後に会った兄の姿を思い出す。
どちらかといえばヒョロいベンとは違い、筋肉質な大男だった兄王。それが一回りしぼみ、ぐっと老け込んだように見えた。肉を食わねば力が出ない、といい弟であるベンから肉を奪って野菜を押し付けてたお茶目なところがあった彼が弱っている姿は胸に来るものがあった。
「……もしかして」
「ん? なんだ」
ちょっとばかり饒舌に兄王との思い出を語るベンをよそに、ノアがポツリと呟いた。
「王さま、口臭くない?」
「はぁ!?」
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