ジョゼフの道のり
能天気にお菓子を堪能する二人の少女を見ながら彼はこれまでの苦難の道筋をつらつらと思い返していた。
どこでどう誤解が生じたものか、婚約破棄を受け入れますという返事を見て、彼がやったのは無理やり休暇をもぎ取ることだった。
本当に無理やり、本来彼に休暇を入れるような余地はなかったのだ。
どれほど頭を下げてこの休暇をもぎ取ったことか。
そして、帰った後の地獄はどれほど過酷だろうとおぞけをふるうほどの仕事が代償として積み上げられることとなった。
そして、キャロルのいる田舎の領地。そこへと向かった。
男爵家の領地は首都から物凄く遠いというわけでもなかったが、かなり近いというわけでもなかった。首都近郊の土地は大体大貴族の領地になっているからだ。そのため結構な長旅となった。
キャロルは秋に出発した。なぜなら雪が降れば旅などできないからだ。
そう、雪が降れば馬車など使えない。そして貨物移動用のふきっさらしの橇しか移動手段が取れなかったのだ。
外套を何枚重ね着しても身体の芯を襲う寒気は去らなかった。
歯の根の会わない思いを何日重ねたことか。
そしてようやく領地にたどり着き、マナーハウスに到着したときは涙があふれそうになった。
彼の来訪を驚いたものの、カーマイン男爵は彼の誠意をそれはそれは喜んでくれた。そして、豚の塊肉の入った煮込みで歓待しつつ、キャロルなら隣のアガサ領に遊びに行ってしまったといわれたとき膝から崩れ落ちた。
カーマイン男爵に一泊させてもらってさらに半日、ようやくアガサ領でキャロルを見つけた。
しかし、彼女はいったい何をしているのだろう。
ハンドルのついた樽。それを必死で回している。
そして、見てみて初めてこれが本当に料理だと納得できたのだった。
ねっとりと固まったミルク色のもの、それは本当にミルクをねっとりと固めたものだった。
かき混ぜながら凍らせることにより、ミルクをこのような状態で固めることができるのだそうだが、今一つ釈然としない。
彼はそんな話は初めて聞いた。
「新商売かね、アメリア嬢」
「保存がきかないから無理ですわ、これはここだけのお楽しみ」
「ならばぜひ、その情報を売ってもらいたい」
彼は切実に訴えた。彼の上司たちの奥方のご機嫌取りのために。
「それはそれとして、どうしてここにいるんでしょう」
アメリアが核心を突きすぎる質問をした。
「どうも誤解があったようなので、それを何とか解消しようと思ってね」
ジョゼフはそう言ってスプーンを口に運ぶ。
「キャロル、私は君と婚約を破棄するつもりはない。そのことはカーマイン男爵ともすでに話し合った」
ようやく言えた。
そのことに彼は深い感慨を覚えた。どれほど遠い道のりだったろう。
「でも、男爵家から侯爵家に嫁入りって無理があるし、それならほかの伯爵家や侯爵家から嫁を募ったほうがよくない?」
もじもじとキャロルがそう申し出た。謙虚そのままだが、目が面倒くさいの嫌だと言っていた。
「そのことなら、君の後ろ盾はサックス公爵家だ、男爵令嬢のままが不利なら適当な伯爵家あたりと養子縁組の準備もある」
「てことは侯爵夫人確定?」
キャロルの顔が引きつっている。
アメリアがキャロルの肩をつかんだ。
「冥福は祈ってやる」
「マジか」
キャロルはずるずると床に崩れ落ちた。
これからまた忙しくなるなとキャロルを強制連行する予定をジョゼフは立てていた。