相性のいい相手
女は何かが変だと思っていた。
目の前の少女には野心というものが感じられない。
その目にあるものはむしろ覚悟。だが、それ自体は別におかしくない。もともとこの少女の望みなどではなく、少女の周りの人間の野心に振り回された結果かもしれない。それもよくあることだ。
ぎこちない笑みを浮かべる少女を女は振り返った。
「では、ごきげんよう、期日を忘れないように」
それだけ言って女は前に進んでいく。
少女、アメリアは小さく息を吐いた。ここで芝居は終わりではない、もしかしたらまだ見張っている誰かがいるかもしれない。だとすればどういう演技をすればいいのか。
そう思いつつアメリアは周囲をそっとうかがう。
アメリアにわかるようなわかりやすい潜み方などするわけがない。
しばらくためらったのち、アメリアは普通に帰ることにした。
変な芝居をして却って怪しまれたらまずい。
あの女の素性は気になるが、そのあたりはユーフェミアがすでに調べ済みだろう。
そう思いつつ、歩き出すと意外な人物にぶつかった。
婚約者のスティーブンだ。
何やら探るようなまなざしをアメリアにぶつけてきた。
アメリアにとって、やましいことがあるような内容な話なので、アメリアは言いよどむ。
「アメリア、ちょっとあちらで話をしましょうか」
「あの、違うの」
アメリアはフルフルと首を横に振った。
「話を聞いてからです」
スティーブンは強引にアメリアの腕をつかんだ。
アメリアはうなだれてスティーブンに引きずられていく。
何とか人目のない場所まで連れてこられるとアメリアは大きく息を吐いた。
「人目はない?」
「何がありました?」
スティーブンは探るようなまなざしをアメリアに向けた。
実際のところアメリアの不貞を本気で信じたわけではない。アメリアは火遊びをするような性格ではないし、それなりに誠実なほうだと信じていた。
「ユーフェミア様の命令で人に会えと」
そういいながらアメリアは周辺を探っている。うっかり相手にこの会話を聞かれたら何もかもが台無しになるから。
「つまりユーフェミア様が貴女に密偵のまねごとをせよと命じたわけですか」
先ほどあっていた女がどういう人種か知らないが、その伝手をとるのに手ごまを使えずアメリアを使ったというわけだ。
「私がユーフェミア様に逆らえるわけがないでしょう」
上位貴族の命令は、命令という形ではなくお願いという形であったとしても断るという選択肢はない。
スティーブンはため息をついた。
「それでも私に相談の一つもしてもらえたらと思いましたが」
そういわれてアメリアは言いよどむ。
さすがに暗殺者の的になれと言われたなど言いにくいにもほどがある。
「ごめんなさい、どう説明していいかわからなかったものだから」
これ以上話すことはできない。
「後日ユーフェミア様にお話を伺わねばなりませんね。確かにユーフェミア様に逆らうことはできませんが、のけ者は困ります、あなたは私の婚約者なのですから」
言われてアメリアは苦笑した。
「でもここは喧嘩別れしたふりをしてくれませんか? 芝居は最後までやり遂げなくては」
「なるほど、私は憤然と肩を怒らせて表に出ればいいのですね、あなたはせいぜい泣きまねをしてください」
ノリのいい婚約者にアメリアはその手を取って頬に当てる。
「来年からずっと一緒よね」
「そうですね」
そういってスティーブンは手を離させ、いかにも憤慨といった風に肩を怒らせた。