間違い続き
夕日が落ちてから外出するのは久しぶりだ。そして絢爛たる交響曲の響きを聞くのも。
久しぶりに王宮舞踏会にアメリアは出席した。
結婚相手が見つかったら舞踏会に出席することはほとんどない。舞踏会はあくまで婚活の場なのだ。
アメリアは久しぶりにそでを通した余所行きのドレスの裾をつまみつつ、壁の花になっていた。
物欲しげな顔をしている男性が声をかけようとしてくるが、視線をあくまで合わせない。
適当に時間を潰す。
要求された時間までどのくらいだろう。シャンデリアの灯りがまぶしすぎて、空の星を見ることができない。
星を見て時間を合わせる。最初は無理だと思っていたが、やればできるものだと思う。
昔、時計がない時代は太陽と月と星が時計代わりだった。
煌煌と輝いている蝋燭。この広間をこれくらい明るくするためにはどれだけ大きな蝋燭がたくさんいるだろうか。
それだけでも結構なお値段がするのだ。
一般庶民の月給の数倍の金が照明で消費される。身分というものは恐ろしいものだ。
こんな場所には不似合いなアメリアの母親世代の女性が、アメリアに近づいてきた。
着ているドレスは柔らかな光沢の薄茶の絹。胸元にたっぷりと這わせたフリルがキラキラと輝いている。
首をぴっちりと覆う幅広のチョーカーをつけていた。ぴっちりとしたその表面は小粒のダイヤで埋め尽くされている。
パヴェっていうんだっけ。ああいうアクセサリー。
意味は石畳、隙間なく宝石を埋め込むさまが似ているから。そんなことを思い出しながらアメリアは壁に寄りかかり酒精の入っていない飲み物を飲んでいた。
「アメリア・アガサ男爵令嬢ですの」
その女性はアメリアの横に立つと、アメリアにだけ聞こえる声で囁きかけた。
アメリアはとっさに横を向いてみたが、女性はあくまで前方を見てアメリアに見向きもしない。
アメリアはとっさに前を向きなおした。
たまたま二人でいただけの赤の他人を装うこと。それが相手の求めていることらしいと察したのだ。
アメリアは手の中の飲み物をなめながら極限まで横目を使って相手の様子をうかがう。
向こうは全くアメリアを見ていない。
アメリアは正面を向きなおした。
目の前には笑いさざめく男女の駆け引きが相も変わらず行われている。つい最近まで自分もその一人だった。
それだけを気にしていた時間はどれほど幸せだっただろう。
「わかっていますよ、貴女の望みは」
女性は囁く、アメリアを見もせずに、そしてそれが間違っていることをアメリアはよく知っていた。
スティーブンは日誌をつけていた。仕事終わりの日課だ。日々なにがしかの異常があるかないかを書きつけるだけのものだが、これがなかなか面倒くさい。
最後の署名を済ませると日誌を所定の場所に返す。
これから帰り支度をしようとしていると、同僚がにやにやと笑う。
「お前の婚約者を見たぞ、どうやら男探しの舞踏会に参加している」
他人の不幸が楽しくて仕方のないという顔をしている男の言葉にスティーブンは目を丸くした。
そんな話は聞いていない。
それにアメリアのことは信じているが、それ以上にアメリアはトラブルに巻き込まれている。そのため行動を自粛せざるを得ない立場だ。舞踏会などにチャラチャラ顔を出すなどありえない。
「どこで見たんです」
舞踏会をしている会場は一つだ、何事が起きているか確かめねば。
にやにや笑っている同僚の横をすり抜けてスティーブンは会場に急いだ。