夏のイベント2
公園前の剣聖アルカンジェル像の前は今日もごった返していた。
昨日ほどでもないが、やはり芸人はいたし、軽食を売っている屋台もある。
「今日もにぎやかねえマリー」
人いきれにうんざりしながらアメリアは傍らのマリーに呟く。そして今日は別の庭師見習いもついてきているがこちらは無言だ。
人が多すぎて、待ち合わせには向かなかった。ふとハチ公前を思い出す。しかし、この公園には他に目立つポイントがないのだが。
芸人に交じってバイオリンのようなものを弾いている楽師もいる。しかし傍にいるフルートが全く別の曲を弾いているので不協和音になっている。
「離れて演奏すればいいのに」
アメリアは愚痴りつつ剣聖の像を見上げる。
大剣を掲げて仁王立ちしている剣聖像は今日も灰色だ。
今日は日差しが強いので、日陰に人が集中しているため余計にごった返している。
「アメリア様、アメリア様、キャロル様が到着なさいました、アメリア様はいずこ」
大声を出しているのはキャロルのメイドだ、キャロルはその後ろで扇を手に立っている。
「キャロル様、こちらでございます。アメリア様は像のすぐ前におられます。」
そして答えるのはマリーだった。貴婦人たるもの人前で大声で叫んではいけない。そのためあえてメイドが声掛けをするのだ。
「お待たせ、ちょっと遅れたね」
「仕方ないよ、キャロルの家のほうがうちよりここから遠いんだもの」
二人が顔を合わせるとメイドたちは口をつぐむ。
「じゃ、ちょっと神殿まで行こうか」
これから神殿で、神話を神官が語るのだ。それなりの教訓話になりそうだが、なんとなくドラマCDを聞いているような感じで鑑賞している。
それが終われば、別の公園で野外コンサートが行われる。
二人は連れ立って歩き始めた。
移動の合間にはおしゃべりが定番だ。歩きながら定期報告のように近辺で起こったことをしゃべり倒す。
「実はね、サックス公爵家から侍女にならないかって言われてるのよ」
「え、でも侍女になったら」
この国は兼業主婦など存在しない。専業主婦か独身の職業婦人の二択だ。
公爵家の侍女となると大変な高給取りで、その辺の男と結婚するより老後の資金をため込むことができるが。とにかく仕事がきつい。
常に主の傍に張り付いて居なければならない。ちょっと靴を履かせてなどと自分でやれとちゃぶ台返しをしたくなるようなことも笑顔で遂行しなければならない。
当然自由時間など存在しない。ついでに休日もない。
「で、どう返したの?」
「跡取り娘で婿を取らなければなりませんの」
「でも妹はいたよね」
キャロルはギっと音がしそうなくらいの眼差しでアメリアを睨み据える。
「とにかく、一刻も早く婿を探さないと、親が喜んで私を差し出そうとする前に」
公爵家には逆らえない。それに公爵家の侍女となったら下手な婿よりいいコネになる。どうもこちらが強そうだ。
「まあ、頑張って」
アメリアは励ますしかなかった。
この世界に専業主婦しかいない理由は、とにかく文明化されていないからとしか言いようがない。井戸を利用すれば、水道がどれほどありがたいかすぐわかる。
薪は男に割ってもらうとしても窯で煮炊きをするのは重労働だ。
「何とか主婦の苦労を軽減する方法はないものかしらね」
「確かに、首都だと洗濯は業者に任せられるけど、田舎はそういかないものね」
二人はこの国の文明をどうにか押し上げられないかと壮大なことを相談しあっていた。




