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第三百五話 決まり手──櫓投げ


 ランガは厄獣暴走スタンピート(未遂)で暴れていた女帝鎌兜よりも遥かに手強い。巨体に似合わぬ巧みな身の無しに、軽い調子で打ち込まれる打撃──掌底が兎にも角にも重かった。一発一発に十分以上の体重が乗っているのだと分かる。ミカゲに鍛えて貰っていなかったら、こういうのも分からなかっただろう。


 打撃戦の応酬の末に、俺たちは互いの廻しを掴んでガッツリ組み合いになった。


 組んだ瞬間、まさしくランガは地に深く根を張る大樹を彷彿とさせた。シンプルな力比べであれば俺の方が上であろうが、力の扱い方についてはランガの方が圧倒的に上であった。並大抵ではびくともしない。 


 ただ残念ながら、地面の下に根を張っているような相手とは、以前にやり合ったことがある。


 その時の感覚を呼び覚まし、踏み締める足先から生じた勢いを全身に伝える。


 ランガが目を見開くがもう遅い。


 地面に根を張っているなら、埋まっている根ごと引っこ抜く!


「よっこいしょぉぉぉ!!」


 気迫を燃焼させ、廻しを掴んだままランガの巨体を一気に持ち上げる。咄嗟にランガは身を捩って逃れようとするが、ここに至ってはもう遅い。


「からのぉぉ──っせいやうぉらぁっっ!!」

「────ッッ」 


 豪傑ランガの体を俺はそのまま地面に投げ飛ばした。地響きを立てる勢いで倒れた彼を見て、ゲツヤが手を挙げる。


「勝負あり!」

「勝ったぞおらぁぁぁぁぁ!!」


 俺はそのまま叫びながら拳を振り上げていたのだった。



 舞い上がってこびり着いた土埃や汗を拭き、いつもの様相に戻った俺は軒先に腰を下ろして深く息を吐いた。戦っていた時間は短くはあったが、相撲というなれないルールの中での闘いでごっそりと体力を削られていたからだ。


「はい、お疲れ様」

「おう、ありがと」


 キュネイが渡してくれたお茶をゆっくりと飲み込んでいく。冷たすぎずぬるすぎず程よい温度で、一口を喉が通り過ぎていく都度に体に染み渡っていく。滋養のある成分を調合し特製のお茶だ。


「ご苦労だったな。おかげで、家臣達の態度も多少は軟化しよう」


 ロウザが労いの声を掛けてから辺りを見渡す。俺とランガの相撲が終わってから、庭先には料理や酒、菓子の類が運び込まれて会食に移っていた。


 集った当初はランガ陣営もロウザ陣営も互いに剣呑な雰囲気を纏っていたが、俺が身なりを整えて帰ってくるとその気配もかなり薄れていた。


 見れば、ちらほらと陣営違いだった者たちが穏やかな顔で談笑している。もちろん、腹に一物や二物も抱えて入るだろうが、表立ってに不平不満を表すような感じは無くなっていた。


「大将が負けたってのに、案外平和だな。もっとややこしくなかなって思ってたけど」

「兄上を信奉しているが故に、力を有するものには敬意を払う傾向が強い。兄上相手にあれだけの相撲を見せつければこうもなろうよ」


 また、ランガ陣営の家臣たちは相撲を好むものが多い。戦が無くなって久しいサンモトにおいて、武人たちの嗜みとして広まっているのだという。


「とっかかりとしちゃ上出来ってわけか」

「お陰様でな。あとは儂の領分よ」


 俺が出来るのはこのくらいで、あとはロウザの采配次第。どうせ上手くやるのだろう。


「長男の方は目処がついたとして、次男の方はどうすんだい? 条件は満たしたっつっても、結局はあっちもどうにかしねぇとにっちもさっちもいかねぇだろ」


 手に料理を乗せたリードがこちらにやってくる。少し酒も入っているのか頬も赤いが、真面目な話ができるくらいには留めていた。


「それがちと問題でなぁ。残念ながら此度ほどにはすんなり行かないのは確実だ」


 このままロウザが将軍になってもとりあえずは権力の維持は可能だ。だが、それを黙って見過ごすシンザであろうか。コウゴ城内での勢力図は、ロウザ派が過半数を上回り最大になったのは確か。だが、シンザ派の数は過半数を下回りつつもまだ相当な数だ。軍政と内政を分担していた訳であり、ランガを取り込んだところでシンザが従わなければ国政全体がままならないのである。


「シンザ兄上を納得させる方法をずっと考えてはいるが、どうあろうとも時間がかかりそうでな。ランガ兄上は単純に力を示せばどうにかなると踏んでいたが」

「単純な兄でよかったな、ロウザよ」


「うげ──」と、顔を引き攣らせる末弟。見れば、身なりを整えたランガも屋敷の奥から出てきた。

「愚弟に小言を向ける前に……ユキナよ」


 ジロリと、重圧と切れ味のある視線でロウザを一瞥してから、ランガは俺の方を向く。


「あれほどに本気を出した相撲は久方ぶりだ。しかもその上で完膚なきまでに負かされるとは思わなんだ。悔しくはあるがそれ以上に爽快な気分を味合わせてもらった」

「俺も楽しかったよ。人間相手に真っ向から力勝負って、俺も久しぶりだからな」


 傭兵家業の一環で人間を相手にすると大体は物騒な案件に直面していたし、ほとんどが技量達者や搦手の相手がほとんどだ。命の取り合いではなく純粋な力での勝負というのはいつぶりだろうか。疲労感は凄まじいが、それ以上に俺もランガと同じく爽快(スッキリ)していた。


「楽しい相撲を取らせてもらった。こちらの我儘を聞いてもらえた事も含めて、改めて礼を言わせて貰おう」 


 と、ランガは手を差し出してきた。反射的に俺も手を出したところで思い留まった。初対面で手を握りつぶされそうになったからな。


「……ただの握手だ。そう警戒されると、俺も少し傷つく」

「分かってるよ。冗談だ」


 あの時の仕返しではないが、このくらいは許されるだろう。耳と尻尾が垂れ下がるランガに、俺は笑った。もしかして、感情が顔に出にくいだけで、感情は案外豊かなのかもしれない。


「ロウザが馬鹿をして迷惑を掛けた時はいつでも言ってくれ。俺が直々に叱ってくれよう」

「そいつぁ助かる。是非にでもお願いするぜ」


「マジかっ!?」と軽く絶望するロウザを尻目に、出された手を握り返した。


 やはり伝わってくる力は凄まじかったが、今はどこか頼り甲斐すら感じるものであった。



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