第三百六話 歳を食うと唐突にくるらしい
俺とランガが闘いの後の友情を育んでいると。
「それでロウザ様。真面目な話、シンザ様についてはどのように計らうおつもりで?」
「おいおいミカゲよ、そう高く見積もってくれるな。親父殿のようにいくらでも秘策奇策を溜め込めるほど、儂の腹はまだ出ておらん」
ミカゲの問いかけに対して、ロウザは諦観を漏らしながら自身の腹をポンポンと叩いた。確かに将軍様のお腹は立派であったが、さすがにロウザの腹からは策が出尽くしているらしい。
「まぁシンザ兄上とて、無駄に国を荒らすような愚は犯さんだろう。胸の内に不満を抱えたとて、それを表に出さず笑顔を浮かべる胆力は持ち合わせているはずだ」
「その不満が噴き出す前に、少しずつ説き伏せていくしかないってわけね」
「先生の仰る通り。こればかりは時間をかけるしか無いであろう」
己の未熟に思うところはありながらも、ロウザはそれらの感情を酒と一緒に喉奥へと流し込む。投げ出した訳ではなく、今はまだ無理だと割り切った。悩んだところで即座に解決できる問題ではないのだと。
「彼奴は知恵が回る男だ。俺がロウザに付いている限りでは、下手な策は打たんだろう。俺が愛想を尽かさなければ、の話だがな」
ランガ派がロウザ派と合流している今の明らかに不利な状況では、派手に対立するようなことはない、ということらしい。
『勢力で劣る立場からの中途半端な手出しは、つけ込まれる口実を作るからな。賢い次男様がそいつを理解してないはずがないからなぁ』
やるなら水面下での画策。ロウザとしてはその策が形を帯びる前にシンザを説き伏せられるかが勘所というわけだ。
「誠心誠意、愛想を尽かされぬよう努めさせて頂きますよ。……多少の手助けはいただけるのですよね?」
「多少の範囲で、だがな。俺の上に座るのであれば相応の器量を見せてもらわんとな」
腕を組んで悠然と構えるランガに、ロウザは乾いた笑い声を口から漏らした。下したとはいえ相手は将軍家の長男。やはり一筋縄ではいかないという事だろう。
いつもはどんな時でも余裕の構えを保つロウザも、ランガの前では形無しだ。そんな様子が妙に面白くて、俺たちは揃って笑ってしまった。
ふと、俺はそこでランガが発した言葉が少しばかり引っかかった。
「ユキナさん。何か気掛かりでも?」
俺の表情から何かを読み取ったアイナが声を掛けてくる。
『出たよ相棒の心配性が。これがまた、やたらと的確だから始末に負えねぇのよ』
嘆息とも諦観とも取れるグラムのボヤきだが、ロウザは眉を顰めている。しばらくの間は大丈夫だと語りながらも、やはり不安は拭えないのか。あるいはすでに何かしらの大きな懸念を抱いているのか。
ランガは言った。
──俺がロウザに付いている限りでは下手な策は打たんだろう、と。
であれば、下手ではない策があれば、迷わずに打ってくるのではないだろうか。
ただの言葉遊びに過ぎないかもしれないが、頭に浮かんできてしまった以上は無視を決め込むのは難しかった。
そんな時だ。
「ロウザ様……ッ」
俺と同じく装いを直していつもの姿になったゲツヤがやってくる。ただどうしてか、珍しいほどに焦りの表情を浮かべていた。
「どうしたゲツヤ。親父殿が腰でもやらかしたか」
「あっ──いえ……それがその」
主君の軽口に対して、ゲツヤはまたしても珍しく言葉を濁した。
何やらただならぬ様子であったが、彼のそんな焦りの理由はすぐに分かった。
「我の腰はまだまだ健全よ。あまり侮ってくれるな、ロウザよ」
「お、親父殿ぉ!?」
ゲツヤの背後から現れたのは、側仕えたちを伴ったソウザ将軍であった。
陰で軽口を叩くのであればまだしも、当人の目の前で嘯いたとあってはロウザも仰天してしまう。彼の叫び声によって将軍の存在に家臣たちが一様に気がつくと、それまでの穏やかな雰囲気は一変、例外なくその場に正座すると深々と首を垂れた。
瞬く間に厳かな空気に変容する中、若干気まずげなロウザを余所にランガは一礼の後に問いかける。
「将軍様。本日はご多忙と聞き及んでおりましたが、如何なる御用で?」
「お前が久々に相撲を取ると聞き及んでな。大事な場面は見逃したようだが」
からからと、将軍様の笑い声が庭先に木霊する。
「その様子だと、派手に負けたらしい。いや、その場面を見れなくて残念だ。お前が相撲を取るのも久々ではあるが、敗北を喫したのはいつぶりだ」
「……いえ、ここしばらくは負けが込んでおります。コウゴ城──あるいはサンモト一の武人と持て囃されてこのザマ。我が身の未熟を痛感するばかりでございます」
「──にしては、清々しく実に良い顔をしておるものよ」
「己が井の中の蛙に過ぎぬと思い知らされた次第です。より一層の精進を誓った次第です」
将軍の言葉を受けて、ランガは小さく口角を綻ばせる。間接的に誉められているようで、若干のむず痒さを覚えた。
ランガから一度視線を切ると、将軍は辺りを見渡した。
「ところで、アークスからの勇者一行の姿が見えないようだが?」
「跡目争いについては部外の者であるからして、参加するのは失礼に当たるだろうと断られてな。別にそんな事、誰も気にせんだろうに。ランガ兄上と同じく律儀というか真面目というか……」
憮然とした態度のまま、ロウザは質問に答えた。
レリクス達は城下にでて、相変わらず情報収集である。
なんだか最近では、持ち前の正義感で街の困りごとを解決する便利屋みたいなことをして回っているようで、これがまた評判が良いらしい。異国の地でもさすがは勇者様である。
将軍を前に顎肘を突いていたロウザは、胡乱な眼差しを向ける。
「兄上の相撲取りは口実の二、三割程度。そろそろ本題に入ったらどうだ、親父殿」
「何事にも前置きや順序は大事だであろう。そう急くな」
当然、その程度で将軍が気を害するはずもなく、むしろロウザの跳ね返り具合を楽しんでいるようである。




