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第三百四話 怠け者の覚悟


「かっかっか。あやつら、面白いほどに泡を食っているなぁ」


 固唾を飲んでいる家臣団を愉快げに眺めながら、ロウザは盃を傾けて酒を煽っていた。


「やはり、ユキナさんの存在感を示すのがこの催しの狙いだったのですね」

「おお、アイナ嬢もこちらにきていたのか。どうだ、一杯」


「いえ、結構です」と、すげなく断られたロウザは肩を小さく落とすが、その事すらも楽しむようにくつくつと喉奥を震わせた。


「儂と兄上の陣営が一堂に介する場を設けたかったのは確かよ。その上で、黒刃の力を見せつける事で、兄上の家臣たちに『あれを(ほう)するのであれば』と納得させる」


 ロウザに勝負で負けて傘下に下った旨は、ランガが家臣たちへ下知されている。ただ、直々に伝えられたとて、やはり懐疑的な者は多い。相手がシンザなら対抗馬であっために、納得はともかく理解は及んだはずだろう。まさか相手が大穴のロウザとくれば素直に受け入れるのは無理とくる。


 それゆえに、大勢の前でランガとの勝負に勝ちうる『力』を示すことにしたのだ。


 実際にその目論見は叶ったと見て良い。


 既に多くの者たちが相撲を取る二人に目を奪われていた。


「いささか、人の褌を使い回しているようで気が引けるがな」

「ユキナさんであれば、笑って引き受けそうですけどね」

「目処が付けば去っていく者を何時(いつ)(まで)も頼っているようでは、君主失格もいいところよ。が、その前の地盤固めとしては、悪いが存分に使わせてもらう。儂個人の沽券はこの際目を瞑るとしよう」


 ロウザとしては恥ずべきではあるが、将軍となるからにはその程度の羞恥は胸の奥にしまいこむくらいはやってのけねばならない。王たるもの、使えるモノは親でも使え、とは誰かが言った君主の心構えだ。


 頃合いを見計らって、アイナの元に香り立つお茶が置かれる。


「アイナ嬢はサンモトの文化についてどう思われるか?」

「……忌憚なく言わせていただければ、独特──と言えるでしょうね」


 海に囲まれた環境がゆえに、他国からの影響をほとんど受けず独自の進化を遂げたサンモトの文化。肥沃なれど山脈が多く開墾に適さない風土ゆえ、人が住める狭い土地を巡っての争いが長年繰り広げられていた一方で、逆に限られた土地を最大限に活かす形での発展が各所で続いていた。


 アイナからしても、食文化や作法においても、サンモトに来てから驚かされる点が多い。そうした礼儀礼節が一般市井にまで浸透しているのが伺える。王侯貴族としての教育を受け、諸国について学ぶ機会が多かったがゆえに他の面々よりも衝撃は一入(ひとしお)だった。


「この器一つにしてもそうです。サンモトの品はどれもこれも素晴らしいものばかり」


 湯気立つお茶が注がれている器は、一見すれば不恰好な作りだ。土を固めて焼いた物であるらしいが、この歪な形状のはずが不思議な気品を醸し出している。ここに茶が注がれれば、一級の芸術品に感じられるのだ。


「やはり、お目が高いな。そいつは新興の陶芸家が仕立て上げた品よ。市場(イチ)で投げ売りしていたところで妙に気に入ってな。名が売れ出した今でも、儂の所にちょくちょく茶器を融通してくれる」


 ロウザが馴染みの商人に流通を任せた所、瞬く間にその陶芸家の作品は人気を博すようになった。当然、ロウザからの手回しというのは伏せてだ。つまりはその陶芸家が『本物』であったことの証左に他ならない。


「サンモトにはそうした『文化』が山ほどある。箸の一本から履き物。建物に至るまでな。これこそ我が国の誇りよ」


 海を囲まれた立地ゆえに、これまで他所の文化が入り込まなかったが故の伝統である。


 少し熱の入った語りを終えてから、ロウザは盃に浸した酒をぼんやりと眺める。


「色々と面倒な部分があるのは確かだが、だからこその美しさや尊さがある。海の外に出たからこそ、儂はより一層に思ったよ」


 ランガの危惧についても、ロウザとて痛いほど理解しているのだ。外国(よそ)との交流は、こうしたサンモトの伝統を破壊しうる可能性を秘めていると。いや、確実に失われるものが出てくる。


 サンモトに限った話ではない。


 今ほどに厄獣の被害が出ていなかった頃。世界各地ではかつてのサンモトと同じく領土を巡っての戦争が各所で起こっていた。幾多の国が起こって文化が生まれ、数多の国が滅びては文化は失われていった。あるいは滅亡までいかず戦勝国に取り込まれる国もあっただろうが、その国に伝わる独自文化の幾つもが消え去っていった。


「だからと言って、恐れて拒絶し殻に篭っていては、真に守りたいものは守れんさ。ならばせめて、異なる流れを受け入れ、失う以上の新たな文化を生むしかあるまいよ」


 サンモトが独立独歩でいられる時期は過ぎ去ったのだ。扉を開けて迎え入れるか、閉じた扉を外部からこじ開けられるかの違いだ。結果が変わらないのであれば、己の血を流し相手の血を取り込むまでだ。


 王としての覚悟を静かに示したロウザを前に、アイナは残念そうに。


「そうしたところを皆さまの前でもっと出していれば、ユキナさんも含めてこんな回りくどいことをしないで済んだのでしょうね」

「罷り間違ってこいつ(・・・)を表に出そうものなら、忙しくなってかなわんよ。知っての通り、儂は怠け者の道楽で通っていてな」


 その時だった。


 庭の中央で白熱した相撲をとっていたユキナとロウザが、互いの廻しを掴み合い組み合ったのだ。先ほどまでは激しく打ち合っていたところから一転し、どちらもぴくりとも動かなくなる。


 けれども、相撲を経験したものであれば分かったであろう。全神経を集中し足腰から両手にまで巡る力の駆け引きが行われていることを。僅かな切っ掛けさえあれば勝負が決まるという確信があった。


「兄上の奴。柄にもなく楽しそうに相撲を取っている。張り合いのある相手が出てきて嬉しいのだろう。体が出来上がってからというもの、城内では負け知らずであったからな」

「でも、勝つのはユキナさんです」


 アイナの自信に満ちた言葉に応じるかのように、ユキナが動いた。


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